琵琶湖文化館 the Museum Of Shiga Pref
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第9話 塑造寂室元光像(模造)

 寂室元光(1290~1367)は、臨済宗永源寺派本山永源寺(東近江市)の開山です。美作国(岡山県)出身で、鎌倉禅宗の基礎を築いた蘭渓道隆の弟子・約翁徳倹や金沢称名寺(横浜市)の慧雲律師、南禅寺(京都)の一山一寧らのもとで修業に励んだのち、元応2年(1320)、中国元に渡りました。室町幕府二代将軍足利義詮(1330~67)は鎌倉長勝寺の住持を命じましたが、寂室はこれを拒み、その後も豊後国萬壽寺、天龍寺や建長寺の住持に任命されたが断りつづけました。
 延文5年(1360)、寂室は六角氏頼から雷渓(東近江市永源寺高野町)を寄進され、翌年 寺を建立しました。これが永源寺です。貞治6年、寂室は78歳で遷化。遺誡では氏頼から寄進された土地は返却して、建物はこの地の長老らに与え、皆この地を去るように命じています。しかし、寂室を慕って集まった人々は、寂室の禅風を伝えることにしたのです。
康暦元年(1379)、寂室の13回忌にあたり塑造寂室和尚坐像(重要文化財)が制作されました。額や目尻、口元には深い皺が刻まれており、その表情は厳しくも優しくもあり、寂室の人柄をよく伝えています。昭和58年(1983)に美術院にて修理が行われ、胎内から弟子たちが書写した経典や印仏、陀羅尼などの納入品が発見されました。
 今回紹介する塑造寂室元光像は、この重文寂室和尚坐像(永源寺所蔵)の模造品です。修理時に内部の構造や技法について詳しく調査されていますが、同様の素材・構造により美術院によって制作されました。
 博物館では、模造品を収蔵する場合も少なくありません。重文の寂室像のように構造的にも技法的にも大変もろく移動が困難な文化財、あるいは長期展示に適しない文化財等を公開するための手段として、代替品である模造品公開は有効だと考えられてきました。過去には写真印刷や型取りによる強化プラスチック製等、形を似せ模造品が多かったのですが、近年では素材や構造を同じくする模造が増えてきました。姿形を似せることに主眼が置かれていた模造品制作が、素材や技法を同じにすることで、文化財的、研究的価値も伝えられるようになってきているのです。
 模造品の制作過程における研究、試行錯誤は、未知の技術や文化を知る貴重な機会となってわれわれに大きな実りを与えてくれるのであり、これが更なる文化財の研究、保存、活用へとつながるのです。模造寂室像は、こうした考え方に基づいて制作された模造品の早い時期の例であり、れっきとした博物館資料なのだといえます。

(主任 井上 ひろ美)