琵琶湖文化館 the Museum Of Shiga Pref
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浮城モノ語り

第17話 両界曼荼羅図
 平安時代、空海(くうかい・774~835)が新しい仏法を求めて唐に渡り、当時の日本仏教界では最先端であった密教を学んで帰国しました。その際に数多くの最新の文物を持ち帰りましたが、その中の一つに両界曼荼羅があります。曼荼羅とは、サンスクリット語「mandala」の漢音訳で、「本質をもてるもの」を意味します。空海の持ち込んだ両界曼荼羅は、密教の修法には不可欠なもので、日本では真言宗・天台宗ともに、これを手本に多くの両界曼荼羅が制作されました。
 この両界曼荼羅は、密教の根本原理を図示したものです。『大日経』に基づく胎蔵界と、『金剛頂経』に基づく金剛界の二つで構成されています。
 胎蔵界曼荼羅は、密教の理の世界をあらわしたものです。画面中央の区画に八葉蓮華(はちようれんげ)を描き、その中心に本尊の大日如来を、八枚の蓮弁には四仏・四菩薩を配して中台八葉院(ちゅうだいはちよういん)を置き、それを囲むように十二の院を配します。それは、あたかも母親の胎内に宿る胎児がやがて成長していくように、大日如来の慈悲が開花して四方に広がりゆく境地をあらわしています。
 もう一方の金剛界曼荼羅は密教の智の世界をあらわしたものです。画面は三列三段の九つに区切られて、九つの曼荼羅から構成されています。各曼荼羅を「会(え)」とも言い、この中心に位置するのが、金剛界曼荼羅の教理のすべてをあらわす羯磨会(かつまえ)です。
 金剛界曼荼羅の見方には二つあり、一つは中心の羯磨会から下に進み、そこから右回りに進んで右下の降三世三昧耶会(ごうさんぜさまやえ)へと進む見方で、仏の悟りが広く衆生を教化することを意味します。
 もう一つの見方は、右下の降三世三昧耶会から上へと上がり、順次左回りに中心に至る見方で、衆生から仏になる様を意味します。
  胎蔵界と金剛界の世界を言葉で説明すると大変難しく感じるのではないでしょうか。言葉で理解するのが難しい密教の奥義を、視覚的・感覚的に「感じ」て理解するために両界曼荼羅が大きな役割を果たしたのです。

  さて、琵琶湖文化館蔵の両界曼荼羅を見ると、各々の大きさが縦143.0㎝、横123.0㎝となり、両界曼荼羅としては小品です。諸尊は的確に描かれており、大変厳格な印象の二幅です。また、尊像の顔が面長に描かれている点などに、時代の特徴をうかがうことができ、鎌倉時代末期頃の制作と考えられます。

(学芸員 稲田 素子)