琵琶湖文化館 the Museum Of Shiga Pref
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第33話 琵琶湖文化館の足跡-誕生から現在にいたるまで-編

 滋賀県立琵琶湖文化館は、昭和36年(1961)3月20日、大津市上平蔵町(現:大津市打出浜)に開館しました。 鉄筋コンクリート造りの和城連立様式で本館と別館からなる建物には、展望閣、水族館、博物館、美術館、文化財受託庫、プールなどがある総合レジャー施設として、多くの人でにぎわいました。

 事業の要であったのが、前身である滋賀県立産業文化館の機能を引き継いだ文化財の公開と保護に努める博物部門と、水族部門からなる展覧会事業です。
 博物部門では、特に特別展や企画展、小企画展、テーマ展、館蔵品展などの展覧会を開催し、先人が守り伝えてきた滋賀県所在の文化財を中心に公開活用することで、多くの方々に滋賀の歴史と文化への造詣を深めていただき、文化財保護の啓発につとめました。その活動の中心となったのは、仏教美術であり、特別展や企画展でも多く取り上げました。テーマ展では収蔵品の中から、近世絵画や近代書跡、陶器などを紹介しました。
 水族部門では、琵琶湖の水族(魚類、貝類、甲殻類、両生・爬虫類)を中心として、国内外の淡水水族を展示し、その関係や類縁の深さを考慮して展示をしていました。展示を通して来館者に琵琶湖の自然を紹介し、自然保護や動物愛護の精神を啓発しました。
 博物部門・水族部門を合わせて、開催された特別展、特別陳列、企画展、小企画展、ギャラリー展(自主事業)は236回を数え、そのほかのテーマ展示や館蔵品展等は優に100回を超えています。

 琵琶湖文化館では、このような展覧会をはじめ、博物館活動の充実を図るため、専門の学芸員が多くの調査・研究を行ってきました。これまでに知られていなかった貴重な文化財が発見されたり、新たな事実が判明することもあり、その成果は、特別展等の展示や講座等の教育普及活動に活かすとともに、本館発行の「研究紀要」や情報誌に適宜掲載して情報を公開してきました。

 開館中、650万人余りの入館者数を得てさまざまな活動を行ってきた琵琶湖文化館ですが、平成20年4月1日、施設の老朽化等の理由により休館となります。開館から47年、その間には、昭和59年に滋賀県立近代美術館の開館に伴い館蔵近代絵画など109点を移管、平成4年滋賀県立安土城考古博物館の開館に伴い県内各地の出土品・考古資料を移管、そして平成8年滋賀県立琵琶湖博物館の開館によって淡水水族部門が移管されています。移管されたのは博物館資料ばかりでなく、琵琶湖文化館で積み重ねられた研究成果と、それらの取り扱いを熟知した学芸員が知識と技術をもって新設館へ巣立ち、新たな職場で活躍されることとなりました。滋賀県の博物館史においても、琵琶湖文化館が果たしてきた役割は大きなものであったと言えるでしょう。

 休館となってからも、琵琶湖文化館では、社寺等からお預かりする文化財の寄託など収蔵機能は維持されており、他館で開催される展覧会への出陳・転出陳なども、継続して行っています。 寄託・館蔵品を含む収蔵品の数々は、安土城考古博物館において開催される特別陳列の企画展や、九州や東京などの県外展、さらには海外での展覧会など、多くの方々に滋賀の文化財の豊かさを知っていただく機会となりました。


 なお、休館となった平成20年4月時点での収蔵品の数は、館蔵・寄託品含め約5,000点でしたが、平成27年3月末には約8,000点に増加しています。増加の理由は、主に社寺からお預かりする経典などの寄託が増えたことによりますが、それは防犯対策のためであったり、過疎化による文化財の継承が困難となったこと、本堂の建替えのあいだ一時的に仏像を保管する施設が必要となったなど、その理由はさまざまです。琵琶湖文化館が、文化財収蔵庫として、文化財の緊急避難先である「駆け込み寺」となっていることも、琵琶湖文化館が果たしてきた大きな役割のひとつです。このことは、産業文化館以来、滋賀県の文化財の大きな特色である仏教美術を中心として活動してきた琵琶湖文化館が、県教育委員会文化財保護課の美術工芸部門と協同し、文化財保護の活動に努めてきたからにほかなりません。






 琵琶湖文化館が所蔵する収蔵品と、これまでに果たしてきた機能・役割は、現在の滋賀県立近代美術館を再整備した、新たな美術館(平成32年3月にオープン予定)に引き継がれます。