琵琶湖文化館 the Museum Of Shiga Pref
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浮城モノ語り

第38話 中江藤樹坐像

 中江藤樹(1608~48)は、日本陽明学の祖とされる江戸時代初期の儒学者です。名は原、字は惟命(これなが)、通称与右衛門と言いました。

 近江高島郡小川村(現:高島市安曇川町)に生まれ、数え年9歳の時に米子藩(現:鳥取県米子市)に仕えていた祖父の元へ移り、初めて文字を習いますが、そのほとんどを一年で習得したと伝えられています。その後、祖父とともに10歳で伊予国大洲(現:愛媛県大洲市)に移住し、昼間は武士としての勤務に励み、毎夜おそくなるまで学習しましたが、27歳の時、持病の喘息と故郷に残した母に孝養を尽くすことを理由に、藩に辞職を申し出るものの許されず、脱藩して帰郷しています。
 以後41歳で没するまで、門弟の指導にあたりつつ学問に励みました。中江藤樹ははじめ、朱子学に傾倒しましたが、「王龍溪語録」「陽明全集」などに接してからは陽明学に転じ、「近江聖人(せいじん)」と称えられました。

 安曇川町の藤樹書院には、中江藤樹の没後まもなく描かれたと伝えられる画像があります。本像はこの図を参考にして、森大造が製作したものです。森大造は、明治34年醒井村上丹生(現:米原市)に生まれた彫刻家で、その作風には伝統の醒井木彫を身につけた経歴が活かされています。全体的に人形・置物的に仕上げられた本像からも、そのことがよく窺えます。
 やや小ぶりな像ですが、凛々しく表現されたその容貌は、人として生きるべき真実の道を求めて実践し、藤樹先生と慕われ多くの弟子を擁した先達としての一面と、すべてを包み込むような人柄が、よく表現されています。

 地元高島市では毎年、中江藤樹の誕生日の前後に小学3年生を対象にした「立志祭」の行事が行われています。子どもたちはそこで中江藤樹の生き方を学び、人を敬い思いやることの大切さや、心豊かにたくましく生きていくことを学びます。また、中江藤樹が藤の花をこよなく愛したことから、安曇川町では「藤」を町の花として親しんでいます。4月末から5月にかけては、淡い薄紫の花房が町を彩ります。


   木造(像高36.5cm 最大幅31.0cm 奥行24.0cm)
   昭和29年作