琵琶湖文化館 the Museum Of Shiga Pref
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近江の文化財

浮城モノ語り

第62話 雲文軒丸瓦

 琵琶湖文化館には、数多くの館蔵品がありますが、その中には、来歴不明といわれるものがあります。誰が、いつ、寄贈したものなのか正確な事情がわからないものです。 さて、今回、紹介する軒丸瓦も、来歴不明のうちの一つで、日本では絶対に出土しないものです。館蔵品としては珍品中の珍品で、何故文化館にあるのか分からない謎の一品です。裏面に「朝鮮瓦」の墨書注記とシールが貼ってあるのみですが、注記の字体などから昭和36年の文化館オープン以前、前身の県立産業文化館時代から収蔵されていた可能性が高いと思われます。


 瓦は、軒丸瓦の「瓦当(がとう)」といわれる文様がある部分で、丸瓦部分は欠損しています。瓦当の直径は15.5cm、厚さは2.8cm、使用された粘土は非常に目の細かい砂粒を含まない稠密なもので、灰色に堅く焼きあがっているものです。中心に半球形の中房が配置され、幅広の二重圏線の中にX字文が施され、二重区画線によって内区全体を4分割し、4つの区画内に巻雲文が抱き合わせのように上下に飾られ、中房に近い方の雲文の端部が両側に伸びて、二重区画線の周縁側端部に連なっています。雲文の両側と上方に三角形文が一つずつ飾られています。丸瓦との接続部分は明瞭でないことから、「一本作り」といわれる瓦当部と丸瓦の筒部を一体で作り、丸瓦部の半分をカットした可能性があります。瓦当部裏面には、米粒大の粗い目の縄目叩きの跡があり、周縁部分は撫で消しています。


 ところで、この文様は、韓半島の平壌市土城里の楽浪郡楽浪土城跡で出土する「蕨手(わらびて)文瓦(蕨の新芽の巻き具合に似ていることから)」に一見すると似ています。寄贈者もしくは、県の担当者は、この文様から「朝鮮瓦」と判定したのかもしれません。楽浪土城瓦は、蕨手の巻きが、館蔵品の瓦とはちょっと違っています。そこで、さらに調査をしましたところ、1997年から2001年に中国社会科学院考古研究所と奈良文化財研究所の日中連合考古隊が発掘調査した漢長安城桂宮跡から出土した瓦に同じ型式のものがあることが分かりました。詳しくは、奈良文化財研究所学報第85冊『漢長安城桂宮-論考編-』「桂宮出土瓦当の研究」で李毓芳(り いくほう)申雲艶(しん うんえん)氏により、D型雲文瓦当のDiⅡ式として報告されています。報告書では「蕨手文」ではなく「雲文」もしくは「巻雲文」と表記されており、正しくは「雲文」であるということです。ちなみに、漢の長安城桂宮跡は中国陜西省西安市未央区にあり、前漢(紀元前206~23)中期の第7代皇帝武帝期(紀元前141~前87)により造営された宮殿遺構です。楽浪土城も紀元前108年に武帝が設置して朝鮮四郡の一つ、楽浪郡の政庁として築城されたもので、いずれにしても紀元前(日本では弥生時代中期にあたる頃)の瓦であることに間違いありません。


 文化館蔵の「朝鮮瓦」は漢長安城桂宮跡の瓦の可能性が高くなりました。戦前期にどこかの骨董市で手に入れたものが寄贈されたのかもしれません。いつ、誰が寄贈したか分からない、謎の一品であることには、変わりません。

(仲川 靖)