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柴田勝家も近江の武将、なにゆえに?

 NHK 大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、いよいよ舞台に近江が登場してきましたね!

 小谷城の浅井長政に嫁いだ市(演:宮崎あおい)に「いっそお前と一緒になる方がマシであったな」と戯れごとを言われてドギマギする柴田勝家(演:山口馬木也)が『カワイイ♡』とネット上で話題を呼びました。
 愛すべき武辺者(ぶへんしゃ:勇敢な武士)のイメージがある織田家の宿老・柴田勝家(1522?~1583)は尾張国(愛知県)出身ですが、やはり近江ゆかりの武将です。

 元亀元年(1570)、浅井長政離反と六角義賢の攻勢に対して信長は近江南部に4人の武将を配置します。

柴田勝家 花押

 柴田勝家はそのうち長光寺城(近江八幡市:別名瓶割山城)に居城し、城主として六角勢と戦いました。江戸時代成立の『常山紀談』には、勝家は城の水の手を絶たれて水不足に窮しながら、あえて自ら水瓶を叩き割って決死の戦いを挑んだというエピソードを伝えています。「瓶(かめ)割り柴田」の二つ名の由来です。

 勝家はのちに越前国北ノ庄城49 万石を与えられて長光寺城を手放しますが、近江の城主・領主として活躍した時期があるのです。写真は蒲生郡の領主として、勝家が地域の水争いの裁許を行った古文書です。かつて当館の井上副館長が調査した結果を受けて、竜王町の指定文化財に指定されています。武辺者としてだけではなく、有能な政治家でもあった勝家の面影を伝える貴重な史料です。

中津井文書のうち天正3 年6 月26 日付け「柴田勝家裁許条々」
(竜王町 川上区・川守区・綾戸区・駕輿丁区・弓削区 所有)


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