カテゴリー別アーカイブ: 学芸業務
地元のお宝
先日、湖西にお住いの方からお問い合わせの電話をいただきました。「地元の上開田遺跡から出た“壺”を知らはりませんか~?30年位前に地元の資料館に展示してあったんですけど、今は分からしませんのやて。その後、県が引き取らはったと聞いたんやけど、私らももう高齢ですし、一度皆で見せて貰って知らん人らにも『地元からこんなん出た』って知っといて貰いたいんですわ。どこ行けば見せて貰えますかなぁ?」というような内容でした。
壺、つぼ、ツボ・・・はて?館蔵品の中にありましたかね?一番お勤めの長い学芸員さんに聞いてみても、ン?壺はいろいろあるけど・・・ン?どれかな???
唯一手がかりは「地元の町史に写真が出てる」とのことでした。
館の蔵書の中から言っておられる町史を探すのですが、何故かそれだけが見当たらず。。。ならば!と当時の発掘調査報告書(1980年)を開いてみると、あった!多分コレ!きっとコレ!!絶対コレ!!!
でも、万が一、問い合わせのモノと違ったら・・・なのであきつ、地元の図書館へ走りました。図書館へはよく行くのですが、「地元市史」関連コーナーは残念ながらいつもスルー・・・お恥ずかしながら初めてあのブ厚い本を手に取りました。おかげで見つかりましたよ!やっぱりコレ!こ丸い形のかわいい壺!確かにツボ!
でも残念ながら当館ではお預かりしてないな~と・・・そこで!県内の発掘調査のことならと、滋賀県文化財保護協会の当時を知っていそうなベテラン職員さんに電話して聞いていただくことに。すると「確かに保管している。見て貰うことも出来る」との回答が!見事な連携プレーで解決です~良かったです~。
早速お問い合わせいただいた方に連絡すると「どこにあるのか分かっただけでも有り難い。地元のみんなとまた相談しますわ」とホッとしていただいたご様子でした。本当に良かった。
ちなみにこれは約1400年前の須恵器の壺で、本来は三方透かしの脚部が付いていたそうですよ。
ワタクシ、今回の事でひとつ勉強させていただきました。「人は歴史なり」「歴史は人なり」・・・う~ん、伝わりにくいのがあきつ語録のビミョーなところ。。。皆さんお察し下さい。それと今回のことがきっかけで手にした町史、これ、意外と面白い!住んでいながら知らないこといっぱいありました!・・・あ、小学校の時の校長先生が執筆してはる・・・とか(笑)
皆さんも一度地元の歴史を紐解いてみてはいかがですか?
筆:あきつ
感謝状贈呈式
先日、資料を寄贈いただいた方への感謝状贈呈式が行われました。
今回、ご寄贈いただいたのは阿弥陀三尊形式の本尊・木造阿弥陀如来坐像1躯と脇侍の観音菩薩坐像1躯、勢至菩薩坐像1躯の計3躯の仏さまです。
こちらの仏さまの作者は滋賀県出身の彫刻家・森大造の作品で、本尊の阿弥陀如来坐像の光背に「大造謹刀」との陰刻銘があります。
森大造は坂田郡(現米原市)に生まれ、東京美術学校(現東京芸術大学)彫刻科を卒業、文展・帝展において幾度も入選し、新文展では無鑑査になるなど近代日本を代表する彫刻家として活躍しました。
寄贈者は滋賀県出身の方で「是非、公共の博物館で保存・活用してほしい」との強い希望で、既に森大造の作品を収蔵する文化館において受け入れさせていただくこととなりました。感謝状贈呈の際は、目に涙を浮かべながら「感謝、感謝。これで安心です。」と仰っていただきました。
当館に求められる役割を改めて認識するとともに、寄贈者の方にあらためて深く感謝申し上げます。
事件です。
皆さん5月11日って何の日か知っておられますか?正確には何が起こった日か・・・?
時は明治24年(1891)。ロシア皇太子ニコライ(のちの皇帝ニコライ2世)が、私的な遊覧旅行で訪日中、滋賀にも立ち寄り三井寺や唐崎などの景勝地を観光しています。
そして昼過ぎに滋賀県庁を出発、ニコライが人力車で京都へ向かう途中の滋賀県滋賀郡大津町で、警備にあたっていた巡査・津田三蔵にサーベルで斬りかかられ、右のこめかみ2ヶ所に傷を負った・・・世に言う「大津事件」が起こったのが5月11日です。事件は津田の極刑を望んだ政府の圧力に対して司法権の独立を守ったことでも有名です。
文化館では平成19年度に開催した「浮城特別鑑賞講座 湖国“モノ”語り」で事件勃発からその後までを詳しく解説したことがあります。気になる方はその時のブログを是非チェックしていただきたい!(ここをクリック)この頃の講座は『実物を生で見られる』というのがウリで、運よくご覧いただいた方達は、あの時の興奮を思い出していただけることと思います。
残念ながら見逃したッ!という方のために、特別サービスで用意したのがコチラ!以前に発行した当館の情報誌『浮城』に詳しく解説してありますので、是非ご一読いただければな、と。
休館中の現在では一般に公開はしていませんが、今でも警察、司法、報道等関連方々、折々にお問い合わせがあります。歴史の生き証人として平成16年に滋賀県指定文化財となり『県民の宝』となった「大津事件関連資料」。今も文化館で大切に保管しています。
余談ですが、今年は日露戦争終結から110年。昨今では外交記録の公開を一層推進する動きがあるなど、歴史上秘密にされてきた謎がオープンになりつつあります。「歴史の生き証人」たちが動き出しています。
ならば我々も!とはいきませんが、先ずは歴史を身近に感じるところから!事件が起きた大津町は現在の大津市京町二丁目辺り、辻には「此附近露国皇太子遭難之地」の碑が建っています。その近くには東海道大津宿の宿場町「大津百町」があり、地元の賑わいを取り戻そうと商店街にこの春新たに11店舗がオープンしたそうです。。その中には僕の大好きなスイーツのお店も!!・・・あれ?歴史から遠く???
えへへ。花より団子のあきつです。
筆:あきつ
お祭りと琵琶湖文化館
琵琶湖文化館のお祭りについて……ではなく、先日、神社の祭礼行事のため寄託品の面(おもて)を一時返却させていただきました。以前、仏事のために浅井長政像(滋賀県指定文化財)を一時返却させていただいたことをお伝えしましたが、文化館では神事の際にも、お預かりしている収蔵品をお返ししています。
今回、一時返却したのは東近江市のとある神社ご所蔵の鬼面二面で、毎年4月に執り行われる3日間の大祭にあわせてお返ししています。この大祭のなかに「御面渡御」という儀礼があり、行事の方がこの鬼面二面を大切にお持ちなって、集落内を渡り歩きます。その際にお迎えになる方々は、この鬼面に深く頭を下げて拝礼します。桃山時代の優れた美術工芸品であると同時に、受け継がれゆく信仰の対象でもあります。
また、集落には「宮座」という神社を支える制度と組織が残っており、面という有形の文化財と地域のつながりという無形の文化財が相互に連関して郷土文化を守り、育んでいます。文化館はそのお手伝いをさせていただいているのです。
研究紀要第31号
皆さ~ん!ワタクシ、3月の出来事でまだ皆さんにお知らせ出来てないことを思い出してしまいました。それがコレ!
『研究紀要 第31号』の発行です。
内容をちょこっとご紹介しますと、
『展覧会の可能性-「休館」と展覧会の開催-』
:これは今の文化館でないと書けない内容!逆境をチカラに!
『カリフォルニア大学バークレー校C.V.スター東アジア図書館所蔵「崇永版」大般若経について』
:バークレーに近江ゆかりの大般若経?!滋賀県内にある大般若経の調査に関わった県文化財保護課OBの先輩が、単身アメリカに乗り込んで5日間の強行突破で挑んだ調査の結果がココに!特別寄稿によります。
『<資料紹介>絹本著色養蚕図 呉春筆』
:江戸時代四条派の始祖として活躍した絵師:呉春。晩年に描かれた貴重な作品(館蔵品)を紹介!
『<資料紹介>滋賀県立琵琶湖文化館蔵「活版印刷資料」』
:1970年代まで印刷の主流であった鋳造活字を用いた活版印刷に関わる資料群。館蔵品の中でも随一の資料点数を誇るその希少な価値とは!
ちょこっとどころではありませんでしたね(笑)その他26年度に行った館蔵品修理報告や活動報告も掲載しています。県内の図書館はもとより国会図書館や市町教育関係機関、博物館などにも送付しておりますので、気になる方は是非手に取ってご覧ください。
筆:あきつ
文化館の存在意義
改めましてこんにちは。日頃忘れがちな「休館中」の文化館がどんなお仕事をしているのか、それが分かる出来事がございましたので、皆さんにご紹介したく・・・
4月に入って寒の戻り、冷たい雨が降る中、文化館の学芸員さんは甲賀市の仏さまをお迎えに行って来られました。
寺のお堂を改修するということで、文化館に一時的にお預かりし、秋まで館に仮住まいしていただくとのことです。
全て撤収するのに3日間!毎日ダイの大人が8人掛かりで行われた大移動。お寺さまの規模もさることながら、移ってこられた仏さま達の大きさ、重さ、数、それはそれは並大抵のものではアリマセン!
お堂からトラックまで仏さまを運ぶ時には
「コラー!しっかり踏ん張れーッツ!」
「もっとチカラ入れてーッツ!」
と、いつもは静かな境内に、男衆の怒号の『喝!』が飛び交ったもようです(笑)
お疲れ様でした(笑笑)
おかげで無事文化館にお迎えすることができました。
そんなこんなで遠路はるばる、ようこそお越し下さいました仏さま。
咲いた桜が見事な紅葉に変わるまで、ゆっくり文化館でおくつろぎ下さい
ませね~文化館がしっかりお守り致します。。。 筆:あきつ
「浅井長政像」の里帰り
先日、お預かりしている寄託品の一時返還のため、長浜市に行ってきました。長浜市小谷山の麓に位置する小谷寺では、毎年、浅井三代の追善法要が営まれ、その際に当館でお預かりしている「絹本著色浅井長政像」(県指定文化財)が里帰りし、法要の主役となります。
今回も一日限りの里帰りでしたが、法要中には地域の方々が遺徳を偲び、順次、浅井長政像を前にしてご焼香をされていました。
このような姿を目にすると、文化財は決して過去の遺産ではなく、今も脈々と受け継がれている信仰や崇敬の象徴であり、地域の大切な宝物であることを実感いたします。
道中は天気にも恵まれ、湖南から湖北まで見頃の桜を観ることができました。