日別アーカイブ: 2020年1月16日

もうすぐ麒麟がやってくる!

放送開始が予定より2週間遅くなったNHK大河ドラマ。今年の「麒麟がくる」は、あの明智光秀が主人公の戦国ものということで、19日(日)の第1回目の放送をまだかまだかとお待ちの方が、数多くいらっしゃることでしょう。そんな中、昨日飛び込んできた光秀関連のニュース。ご覧になりましたか?京都新聞の1面を飾り、インターネットのニュースにも取り上げられたので、ご存知の方も多いと思いますが、「光秀の出生地に関して新たな古文書が滋賀県で確認された」という、ドラマ開始直前に滋賀県民にとっては、とっても興味深いニュースです。

ドラマに関して、今一番気になるのは、(おそらく)第1回目で放送される(であろう)光秀生誕の場面でしょう。光秀の生誕地については、岐阜県内とする説がいくつかあるのですが、近年新たに滋賀県の”多賀出生説”が浮上してきているのは、皆さまご存知でしょうか?昨年8月の文化館の講座「花湖さんの打出のコヅチ」に参加された方などは、井上優氏(県教委・文化館)の唱える「光秀・多賀出生説」をお聞きになっておられるでしょうし、その後、新聞などでも何度か取り上げられましたので、「知ってるよ!」という方も少しずつ増えているかも知れませんね。

「光秀・多賀出生説」というのは、井上氏によると、江戸時代、貞享年間(1684~88)に描かれた『淡海温故録(おうみおんころく)』(琵琶湖文化館所蔵)の中の記述に加え、地元に残る伝承などから、滋賀県多賀町の佐目で生まれた可能性があるということでした(詳しくはコチラ)(写真は、多賀町佐目の「十兵衛屋敷跡」=伝光秀住居跡)。今回のニュースは、その『淡海温故録』を遡る、1672(寛文12)年編さんの古文書『江侍聞伝録(ごうじもんでんろく)』(県立図書館所蔵)に、「明智十左衛門という侍が美濃から佐目へ逃れて来て、2・3代のちに光秀が生まれた」と書かれていることが確認されたということです。

いや~、オドロキましたね。本能寺の変、山崎の戦いのあった1582(天正10)年からまだ90年しか経っていない時に書かれたものですよ。ひょっとすると地元の古老から直に聞いた話だったりして!こんな大事なことを書き残してくれた筆者の木村重要もスゴイ人ですが、そんな記録を丹念に拾い上げた井上氏の努力にも脱帽です!

さあ、このように光秀研究は、地道ながらも着実に深化している訳ですが、大河ドラマの中でこの「多賀出生説」は取り上げてもらえるのでしょうか?『淡海温故録』を長く大切に保管してまいりました琵琶湖文化館としては、人一倍ハラハラしながら、キリンのように首を長くして (笑)、放映を待ちわびているところです。

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