作成者別アーカイブ: あきつ
師走恒例の
本日、滋賀の山々にも雪が積もりました。文化館からの眺めでは、西は比良山から比叡山にかけて、北はひと際白い伊吹山まで見えております。いよいよ冬本番ですね~。(写真:比良山系)
そうです・・・師匠も走る12月。文化館ではこの時期恒例、寄託更新の依頼のために、県内各地の社寺さまをお訪ねしております。文化館では12月25日から翌年の12月24日までの1年間を寄託期間としており、今年一年お世話になったお礼と、来年も引き続いて大切な文化財をご寄託いただけるよう、お願いにうかがわせていただいているのです。
訪問先によってはご住職が兼務となられたり、総代さんが代替わりをされたりと、寄託者の皆さまの状況も移り変わりがある中で、お顔を見て直接お話させていただく貴重な機会となっています。こうして毎年寄託更新をし、長期に渡ってお付き合いくださっているのも、文化館の学芸員を信頼していただいているからこそ・・・の事だと思います。
「文化館なら大丈夫」と言っていただけるようハンドル持つ手にも力を込めて、今日も学芸員さんは出張されます。
筆:あきつ
ちょっと早めの大掃除
このほどいいお天気が続きました。暖かい気温の内に文化館では大掃除を実施!日中は汗ばむ程の陽気で、特に太陽があたる南面は良かったのですが、日陰となる北面はやはり風が冷たく、早いうちにお掃除が出来て良かったなぁと思います。
こちらは2階正面入口。開館していた頃には、入館者をお迎えしていた大切な場所です。「ここは文化館の顔やから」と、この日助っ人に来ていただいた作業の方々の手にも力が入ります。僕が何も言わずとも、気持ちが通じる有り難さ・・・泣いてもいいですか。。。
僕もタマラズお手伝い・・・5階展望閣の窓を外から拭いていると、何やら背中にアツイ視線を感じます。
何かな~と歩道の方を見てみると、こちらを指差してお話されているご婦人の姿が・・・「休館中でも大掃除?」とでも言っていただいてたのでしょうかね?そう、休館中でもお掃除は大切なのです。毎日とはいきませんが、要所要所でのお掃除は、文化財の保存環境を保つため大変重要なコトなのです。特に湖岸に建つの建物の外壁は、どこともクモの巣に悩まされがち。寒くて活動が鈍るこの時季に、クモの隠れ家を一掃!おかげで窓もピカピカです。ホラッ!お向かいの県警さんにも負けてないこの美しさと透明感!?!あぁ自画自賛・・・
「お願いどうかお正月までキレイなままで・・・」と願わずにはいられませんでした。今ならどんな神様もお迎え出来ます(笑)。
スッキリサッパリ大掃除が終わった後は、あまりの達成感に、自分たちの仕事を褒め称え合う私たち(笑)。改めて・・・キレイな職場っていいですね。
筆:あきつ
フランスからお戻りの
先日、滋賀県教育委員会文化財保護課の方たちが、このような小荷物を持って来館されました。「無事、おフランスからお戻りで~す」・・・?何のコトでしょ??
話を聞けば、僕が知らぬ間にこの小荷物さまが、フランスのパリで開催された文化庁主催の「日本遺産展」に出張されていたそうなんです!むきぃーッ!いつの間に!!
いえいえ本当の驚きはそこではありません。日本遺産展の開催が11月10日~14日、場所はフランスのパリ日本文化会館・・・気付かれた方いらっしゃいます?そう、あのパリ同時多発テロが起こったまさにその時に、この小荷物さまはパリにいらっしゃったのです!14日は臨時休館となったものの、期間中1,045人の入館があったとのこと。・・・「無事お戻りで~す」。ホントそうだ!無事で何よりだ!戻ってきてくれて有り難う!
それにしても若干ご無体な荷姿で・・・文化財が海外で展示される場合って段ボール箱で空輸?・・・ノンノン有り得な~い。海外展を経験したあきつの眼は誤魔化されませんヨ?
実はこの小荷物、中身は「仏像の構造模型」(2014年制)。文化財保護課さんが、多くの方に仏像のいろはを知っていただこうと、お作りになったモノだったのです~。それを文化館でお預かりしておるのですよ。おフランスでこの東洋の神秘:匠の技、ご理解いただけました?(笑)。なので送り出した時は、きっちり梱包されていたハズなのですが・・・中身を確認してみましょう。
そうそうコレコレ、このお姿。文化館でよく見る荷姿です。しかし現地で梱包して下さった方は、慣れない作業を頑張っていただいたのでしょう。いつもより頭部の保護がキツめで、螺髪の跡が薄紙に見事に残っていました。頑丈にしていただいて有り難うございます。
聞くところによるとヨーロッパなどでは、この様なL字型の「木枠」を使って固定するやり方に、慣れていらっしゃらないそうなんですね。あちらでは「型抜き」が主流で、物に緩衝材を巻いて紐で固定するとビックリされる、と海外展の経験豊富な梱包のプロの方が言っておられました。あぁ何となく想像出来ます。このL字型木枠も展示すれば良かったですね(笑) とれびや~ん!
この仏像は薬師如来さまの構造模型。「手に持ってる薬壺(やっこ)さんは無事か?」『きちんとあります』「香水のビンになってないか?」『シャネルではないですね』・・・「たくさんの人に感動して貰えたかな?」『仏国なのでこの素晴らしさ理解し合えたものと信じます』・・・無事戻ってきた安心感からか、急に“おやじギャグ”が連発する点検作業。。声には出されませんがこのお薬師さまも、戻ってきた時には「ぼんじゅ~る」と言っておられた・・・かもしれません?ね(笑)。
筆:あきつ
工房お訪ね日記③
さてさて、不定期に継続中の工房お訪ね日記。今回は文化財の修理工房で見せていただいた「紙の貼り付けの様子」についてご紹介です。
コチラの作業は、本紙(絵を描いている紙)の裏から裏打紙を貼っておられるところです。本紙に密着する肌裏(はだうら)を美濃【みの】紙で、増裏(ましうら)を美栖【みす】紙で、総裏(そううら)を宇陀【うだ】紙で、三度ないし四度重ねて裏打ちするのだそうです。裏打紙は本紙を守ったり補強する意味があり、それぞれ特徴の異なる紙を重ねることで、表装としてのバランスや巻いた時のしなやかさなどを調節されるそうです。
こちらで使われる手漉き和紙は、奈良で特別に「ゴフンを混ぜて作っていただいたもの」と、うかがいました。ここでワタクシ、またもや聞き間違えをしてしまい・・・「え?古墳を混ぜる??それは奈良だから?!」何ノ事ダカ分カリマセン・・・その後の説明で、「胡粉」は貝殻の微粉末から作られ、混ぜる割合によって微妙に紙の風合いが変わるのだと教えていただきました。ほっ。。内心冷や汗~古墳では無理です(笑)。
使っておられた宇陀紙については、もうこの絶妙な風合いで作れる職人さんがいらっしゃらないとのこと。和紙の原料となる楮(こうぞ)が少なくなっているとは聞いてましたが、技術を持った職人さんまで・・・なんてコトでしょ!あきつ、修行の旅に出てもイイデスカ?
工程では、霧吹きで水を吹き、刷毛で古糊をうっすらと伸ばし、湿らした裏打紙を重ねた上から更に乾いた刷毛でシャッシャッと撫でておられました。皺が寄らないように慎重かつ繊細に・・・と、ここで疑問。使われている糊は、接着力が弱い糊でしたね?そんなに優しく撫でただけでちゃんとくっつくものですか?剥がれてきませんか?ポイントはこの何種類もある刷毛たちです。これらを駆使し使い分けることが重要となります。また手漉きの和紙は、裏から専用の刷毛で叩くと、紙同士が毛羽立って、うまい具合に絡み合い、それで「くっつく」のだそうです。裏打ちの最終段階:総裏ともなりますと、宇陀紙の上からこの見た目にも逞しい極太の刷毛で、シャッシャッどころか、バンバン、ダンダン、ドンドン、と強く叩いて、紙と紙を絡ませるそうです。どうですか、このでっぷりとした専用の刷毛。風格充分!いいお仕事してくれそうです。ということで、糊は、仲介・仲立ち・助っ人的なお役目だけ!なのでまた何年か後に修理が必要となった場合には、裏から水を吹くだけで、うま~く剥がすことが出来るのですね。これに気付いた昔の人はエライ!尊敬します。
ですがここでも問題が。。。この極太の刷毛も、もう作り手さんがいらっしゃらないそうなんです・・・なんてコトでしょ!あきつ、分身を飛ばして後継者となるべく修行をしてきてもイイデスカ?
さて、次回の工房お訪ね日記はいよいよ最終回となります。
筆:あきつ
ホームページ11月のアクセス数
皆さんご存知ですか?。この秋から滋賀県では「虹予報」なるものが登場しました。滋賀県は、琵琶湖が山に囲まれる地形と、にわか雨が多いことなどで、虹が出現しやすいとも言われており、観光資源の一つとして全国で初めて虹の発生率を予報することとなったのだそうです。
なにを隠そう文化館、虹と蜃気楼の発見率はかなり高い!と自慢のネタにしております。琵琶湖に面しておりますからね(笑)。それでもまだ出現率が低いかな~。朝晩の冷え込みで、琵琶湖大橋の蜃気楼はよく見られるようになりましたが、今年は虹の出が少ない!お楽しみが少ない!!せっかくの虹予報が・・・見つけると誰かに言いたくなりません?ちょっと癒されません?顔がニヤケちゃいません?
この乾ききった日々の生活に潤いを(泣)!
さて、今日も元気にホームページのアクセス数についてのご報告です。11月は1,671件のアクセスを頂戴しました!皆さまいつも熟読いただいて感謝感謝でございます~(笑)!
気になる検索ワードでは、ブログでも紹介しました「雲根志」が上位入賞を果たしております。平均滞在時間も長めに、正しく『熟読』いただいたご様子、、、お役に立てましたか?展示、見に行かれましたか?興味の幅は広がりましたか?
気になる話題と言えば、僕も少し・・・「五郎丸仏」を皆さんご存知ですか?ラグビーワールドカップで活躍されたあの五郎丸歩選手がキック前にとる独特のポーズ、あの「五郎丸ポーズ」に似ていると話題の仏さまがいらっしゃるそうですね。報道では「日本唯一の仏像」と言われてましたが・・・実際には日本唯一でもなさそう?な?豆知識を紹介します。
仏さまによっては、手を様々な形に組んでいらっしゃいますがこれを「印相」と言います。印相には仏さまの悟りの内容や性格、御利益や仏さまの意志などが象徴的に表されています。あの「五郎丸ポーズ」に似ていると噂の仏さまは大日如来さまで、手の組み方が日本では珍しいとされていました。がしかし、滋賀県のとある文化財行政の担当の方が、ざっと県内の仏さまをお調べになったところ、千手観音さまや馬頭観音さまに「五郎丸ポーズ」に近い印相をお持ちの仏さまがいらっしゃる・・・とのことでした!残念ながら公開はされていないそうなので、我々が見させていただくことは出来ませんが、意外と身近に五郎丸・・・いらっしゃるかもしれませんね。
そんな人気にあやかりたく・・・今日も僕は体を鍛えるのデスヨ。。。
筆:あきつ
工房お訪ね日記②
さて、不定期に継続中の工房お訪ね日記。今回は文化財の修理工房で見せていただいた「ノリ」についてご紹介です。
行った時は、掛軸の解体修理をされていましたので、ここでは「古糊(ふるのり)」についての豆知識をご紹介します。古糊は小麦粉のでんぷんから作った糊(新糊)を10年ほど寝かせて熟成させたものが「古糊」と言われます。壷に保管されていた古糊は、まるでバターの様でしたが、匂いでみると酸っぱくなってしまった甘酒?の様な発酵が進んだ独特の匂いがしました。でもこれが重要な役割をはたします。
古糊は、時間をかけて寝かすことで粘り気が弱くなり、乾燥後の強張りが少なくなるという特性があります。掛軸や巻物などはクルクルと巻いて保管するので、貼った後もしなやかでないと、折れが入ったり絵の具がひび割れたりしてしまうので、肌裏打ち以外は敢えて古糊を使うのだそうです。
古糊に対して作り立ての糊は「新糊(しんのり)」と呼ばれますが、新糊は主に屏風など、パリッとピシッとスキッとハキッと貼る作業の時に使われます。同じノリでも使い分けが必要なのですね。なるほどでございます。
作業の中で実はこの糊、私たちが日常使うノリとしての使い方とはまるで使い方が違うとうかがいました。概念が違うとでも申しましょうか。合成糊は、あくまでくっつける「接着剤」としての機能を求めますが、こちらの糊はそれ自体の接着力は弱いのだそうです。だから裏から水を吹いただけできれいに剥がせるのですね~。
ちなみに、糊は自前で「ダイカンの頃に作る」そうです。「エッ?体感で作る?!」もうテンション上がっちゃって日本語がうまく聞き取れてマセン。要するに二十四節気の大寒(この時期の水は、雑菌が少なく長期保存に向いているとされる)の頃に作るということです。聞き間違いにご用心。。。煮詰める作業はとても大変らしく、体力も使うとのこと。そこで尋ねてしまったのが「アンコ作るより大変ですか?」・・・質問が所帯じみているのがタマにキズ・・・。曰く、「餡子作るより大変」なのだそうです。。。そうして職人さん自らの手で作り上げた糊はまさしく「秘伝」の糊となり、きっとよい「お仕事」をしてくれる相棒となるのでしょうね。これがないと仕事にならないとも言っておられました。
では次回はこのノリを使った紙の貼り付けの様子をご紹介します~。
筆:あきつ
秋の一般公開
滋賀のお山も紅葉がグッと進みましたね~皆さんはどこかへお出かけされました?県内の社寺さんでは秋の特別公開が真っ盛りですよ~。
さて、先ずご紹介したいのが湖東三山の一つ、西明寺さま。11月30日まで特別に国宝である三重塔内に描かれた壁画「法華経曼荼羅図」(重要文化財)が一般公開されています。雨天の場合は、文化財保護のため拝観中止となるようですから要注意ですね。12月13日までは「玄武刀八(げんぶとうばつ)毘沙門天三尊像」も特別公開されていますので、そちらもお見逃しなく。
そして今日の新聞テレビ欄:番組紹介で気付かれた方いらっしゃいます?MBSテレビ夕方の「ちちんぷいぷい」で、「昔の人は・・・今週末に見頃を迎える紅葉の名所滋賀湖東三山に咲く満開のサクラ?」と載ってましたね~。紅葉が美しいことで有名な西明寺さまですが、なんとこの時季にサクラ??必見です!見たら行きたくなるカモですよ~(笑)。
それからもう一つ。草津市の芦浦観音寺さまでは、秋の一般公開が23日(勤労感謝の日)1日限定で行われます。普段の拝観は予約制となっていますが、この日は観光ボランティアさんが境内を案内して下さったり、お茶席が用意されたりするそうです。実はこの地元ボランティアさん、とても勉強熱心で先日も25名の方が文化館へ研修に来られました。文化館では芦浦観音寺さまご所蔵の文化財を、多数お預かりしていますからね。それらの見ドコロ褒めドコロ、しっかり伝授させていただきました(笑)。当日の解説に活かして下さる?かな?
この一般公開では、当館がお預かりしている芦浦観音寺文書(県指定文化財)の中から、織田信長判物含む7点の文書類や焼印(船印・鑑札印)なども展示されます。行かれた方はこの機会に是非、しっかりと目に焼き付けて来てください。
筆:あきつ
奇石マニア
最近、ちょっと気になる展示があります。それは、草津市立草津宿街道交流館で開催されている企画展「石亭を継ぐもの」(12月6日まで開催)。当館にも出陳依頼がありました。
木内石亭は、江戸時代、近江国滋賀郡下坂本村(現:大津市下阪本)の生まれで、後に母の生家である栗太郡北山田村(現:草津市)の木内家の養子となります。小さいころから「石」に興味を持ち、珍石、奇石、鉱石、化石などを収集、弄石家(石の愛好家)の間で指導的役割を果した人物です。その石亭が今年生誕290年、今回そのご縁で草津市での企画展が開催される運びとなりました。
奇石(変わった石)収集家として有名な石亭は、「石の長者」とも呼ばれており、かの有名な平賀源内とも交流があったそうです。でも僕がこの「奇石マニア」さんのコトを知ったのは、文化館の収蔵品紹介で「雲根志(うんこんし)」を紹介した時でした。江戸時代になんともマニアックで変わった人がいたものだと、ビックリだったことを覚えています。お山へザルを持ってトパーズを探しに行った僕にとっては師匠と呼べる人かも・・・学芸員さんの話では、石亭が集めた貴重な石たちは残念ながら散逸していまい、コレクションの全容を知ることは出来ないということですが、見たかったなぁ~という思いとともに、僕の記憶に石亭の名が刻まれたのでした。
今回の展示では、「伝木内石亭収集奇石類」(栗東歴史民俗博物館蔵)が、彼が集めたであろうその一部が、展示されるそうです。・・・やっぱりちょっと気になります。。。
文化館へは、木内石亭書蹟「石」の出品依頼がありました。学芸員ではない僕は、個人さまから寄託されているこの書蹟がどのようなモノか知りませんでした。ですが今回!こちらのチラシの表紙に使っていただいたみたいです!コレですッ!
究極の石マニアが「石」と書いたその想い・・・是非会場で見てみたいと思います。皆さんも足を運んでみてはいかがですか?
筆:あきつ
工房お訪ね日記①
先日、文化財の修理を依頼している業者さんのところへ、学芸員さんと一緒に事務方代表として行って参りました。初めて見る修理工房にテンションが上がってしまい、自分でも「イチイチ素人の質問やな~」と分かってはいるのですが・・・いろいろと質問してしまいました。お仕事中、さぞ煩わしかった事と思います。今思えば大変申し訳なく・・・でもここは気を取り直して!工房で仕入れてきた「あきつ豆知識」を皆さんにしっかりご紹介!させていただきます。。。
先ず目にしたのが、あろうことか霧吹きで濡らした和紙の上に、掛軸の表面が置かれて・・・(あきつ心の声)「ぎゃぁ!そんな事をしたら墨や絵の具がにじむじゃないですかーッ!」。(あまりの衝撃に絶句・・・写真を撮るのを忘れました・・・)その後も裏側から霧吹きで水をぷしゅぷしゅと・・・「マジですか。あかんでしょ・・・」と心の声はどこまでも疑心暗鬼だったのですが、専門家曰く、「ニカワが墨や絵の具に使われていて接着剤の役目をしているから大丈夫」なのだそうです。ホッ。なるほどです。だって小学校で絵を描いた時には、そんな秘密兵器なかったですもの。。。そうでした。絵の具からして違うのデシタ。。。
さてここで、「ニカワ」についてお勉強です。漢字で書くと「膠」。こちらの工房で使われていたのは「鹿膠」で、状態を見ながら今回の場合は水に約2%の濃度で溶かして絵の具の剥落止めなどに使うとのことでした。重要な役目を担う膠も実はこんな魅惑の物体。琥珀のような色合いですが、動物の骨や皮、腱などを煮詰めて作られるとのこと。コラーゲンデスカ?会話の途中、頭の中では『ニカワ=煮皮』の漢字を思い浮かべてしまい・・・気持ち的に手を合わせてな~む~。。。ちなみに牛から作った「三千本膠」や「兎膠」というのもあるそうで、「シカ」より「ウサギ」の方が軟らかく、水に溶かす濃度も違うそうです・・・な~む~。。。
修理工程では、裏からたっぷり水を吹きかけた後、裏打紙(肌裏紙)をピンセットと指先で器用に剥がしておられました(解装)。きれいに剥がれるものなのですね~イチイチ驚きです。実はこれには秘密があります。。。
あぁ!もっとご紹介したいのに、書くスペースに制限が・・・残念!ということで、こちらのお訪ね日記は、不定期に継続される予定デス。かなりもったいぶった連載となるかもです~(笑)。
筆:あきつ
仏さまのご帰還
皆さん覚えておいでですか?本年4月9日のブログ「文化館の存在意義」に書かせていただきました甲賀市からお預かりしている仏さま。無事、お寺の本堂の改修が完了したということで、お預かりしていた仏さまをお納めさせていただきました。
今回はお預かりしていた仏さまも付随する持物も多く、2日間に分けて搬出するので、先ずはその選別から始まります。どの仏さまから運ぶのか、トラックに乗せる順、お堂に納める順、各仏さまの持物の確認、段取りが命の「指令」が飛び交います。
文化財を移動させる際には実はとても天気が気になります。作業をした2日間はお陰様で秋晴れの良い天気。さすが「私は晴れ女」と豪語する日頃の行いのヨロシイ学芸員さんが付いておられましたからね(笑)、晴れて良かったです。お寺の駐車場から本堂まで距離があるので、天気が悪いと運ぶのが大変だと聞いていましたし、何より文化館のこの階段が・・・晴れていればこの正面玄関から運ぶのが一番!・・・「重いぞーチカラ入れろー!」「階段!前上げるぞー!」「斜めにするなー!」・・・なんだか文化館ならではの掛け声が混じっていますが・・・抜群のチームワークで難なくクリア。無事お寺さまに到着です。
お預かりして約7ケ月、咲いた桜が見事な紅葉に変わるころまで・・・と申し上げていましたが、お寺さまにとってはご本尊がいらっしゃらないお盆やお彼岸を過ごされ、待ちに待ったご帰還であったことでしょう。トラックが到着すると、ご住職さまが鈴を鳴らし般若心経を唱えて仏さまをお迎えされた、とのことでした。地元の方たちも入れ代わり立ち代わり見に来られていたそうです。
文化財の移動、それは失敗が許されないシビアな状況の中で、無事に届けて当たり前のお仕事・・・とは言え、こうして事故無く無事終えることができ、地元の皆さんに喜んでいただけた、それが何よりの励みにもなり、やり甲斐にも繋がっています(お留守番の僕もそう思っています)。
いつも皆さんのおそばに文化館・・・
頼りにされる存在でありたいと願っています。
筆:あきつ
県外初出品!
今から約160年前の1854年、日本はアメリカとの間に「日米和親条約」を結び、約200年続いた鎖国から開国することになります。ここから日本の近代史が始まります。
現在、幕末期から昭和時代にかけての日本の外交のあゆみを紹介する展覧会が茨城県立歴史館で開催されており、琵琶湖文化館収蔵の「大津事件関係資料」(滋賀県指定文化財)の中から、サーベル・木綿のハンカチ・「凶行者近傍配置巡査調書」が展示されています。これらの「大津事件関係資料」が県外で公開されるのは初めてです。
大津事件は歴史の教科書に記載されることもあり、また、学校の歴史の時間で習ったことがある方もおられるかと思います。「大津事件関係資料」については、HPなどでこれまでも紹介してきましたので(コチラ)、みなさんよくご存じかと思います。明治24年(1891)日本を訪れたロシアのニコライ皇太子を、警護にあたっていた津田三蔵巡査がサーベルで突然斬りつけた大津事件は、日本の司法権の独立を守った歴史事項として知られています。「大津事件関係資料」は当時の様子と、ニコライ皇太子を介抱した呉服屋永井家を巡り、事件後にロシアと日本との間で水面下で買収の駆け引きが行われたことが記録されているなど、近代政治史・外交史上貴重な資料です。
展覧会ではその他に、幕末から昭和時代にかけての条約を中心とした外交に関する貴重な史資料が展示されています。
現代に生きる私たちに直近の近代史、特にグローバル化が叫ばれる中、世界の中で日本がどのように歩んできたのかを知ることはとても大切ですね。ぜひ、みなさん、展覧会にお運びくださいませ。
展覧会:特別展 外務省外交史料館・茨城県立歴史館共催
「日本外交のあゆみ」
会 場:茨城県立歴史館
会 期:平成27年10月10日(土)~11月23日(日)
ホームページ10月のアクセス数
本日は朝から珍しく冷た~い雨が降っております。気温も低く、湖上に浮かぶが故の文化館の名物「足元の底冷え」が厳しい季節ともなってきました。しかしおかげで周辺の紅葉がすすみ『オータムイン打出浜』の景色も一段と鮮やかです。
皆さん大丈夫ですか?もう今年も残りあと2ケ月となりましたよ?月日が過ぎるのがとっても早く感じてしまうのは・・・そういうお年頃?否否、充実しているのでございます。必死過ぎて記憶がないのでございます。。。やっぱり歳のせいかなぁ・・・
ということで、淡い記憶を行きつ戻りつ、先月のホームページのアクセス数についてご報告です。驚くべき10月のアクセス数はなんと1,400件!出ましたピッタリ賞です!
アクセスの地域別トップ10は、大津、大阪、京都、名古屋、草津、港区、横浜、新宿、彦根、神戸となりました。一方で平均滞在時間の長い地域となると、こちらはやはり地元に愛されている文化館。大津、東近江、長浜、甲賀、野洲、高島と滋賀県内から強いご支持を頂いております。有り難い事でございます。
さて、10月のブログでは、文化館の近くにある井上敬之助氏の銅像について、ご紹介させていただきました。1週間に2本。しかも連続で。「どれだけ敬之助さんのこと好きやねんなぁ(笑)」と職場内で話していたのですが、ここ最近、変化というかその効果が表れ始めています。
ホームページのあきつブログは、更新毎に館の前にある掲示板に貼り出されるのですが、明らかに足を止めて読み込んでおられる方が増えた!ような気がします。信号待ちをしている時に、ちょうど視界に入ってくるのですよね~敬之助氏の凛々しいお顔の写真が。銅像の前の道を毎日通っておられる方、あの銅造が一体誰なのか、ちょっぴり気になっていたでしょ?!
皆さんの「?」が「!」になるように、あきつブログ、お役に立てれば幸いです。
筆:あきつ
あの方の側にある石碑
前回のブログで紹介しました「あの方」:井上敬之助氏(元治2年3月(1865)~昭和2年(1927)享年63歳)。今回は井上氏の銅像の側にある石碑について紹介します。
石碑には次のように書かれています。
彰徳表
井上敬之助翁は慶応元年甲賀郡石部村
に生れ若年にして政治に志し明治二十三
年自由党の傘下に走せ県会議員に当選同
議長に挙げられ地方自治体の健全強化に
貢献同三十五年以来衆議院議員に当選す
ること六回出でては立憲政友会領袖とし
て重きをなし専心国家憲政の伸展民主政
治の確立に尽瘁入りては同県支部長とし
て党を統べ官僚政治の是正民意の暢達に
努力県民のための県政を推進その功績は
政治史上燦として不滅に輝
翁資性剛毅果断大政治家の風格を備え
事に処するや公明正大身を持するや清廉
潔白名利栄達眼中に無く憂国の至誠烈々
全身全霊を政治に捧げ昭和二年八月十日
六十三年の政治的生涯を閉じらる以来三
十有七星霜景仰の念追慕の情今さらなが
ら切郷党並びに各界の賛同を得て翁の銅
像を建立もって崇髙な遺徳偉大な業績を
永遠に顕彰するゆえんである
昭和三十七年四月吉日
この銅像は井上氏が亡くなってから35年後に建立されましたが、碑文からは氏への尊敬の念と偉業を称える強い気持ちがうかがえます。
僕は悩みました。最初はこの石碑を写真に撮って、何が書かれているのかを簡単に要約して皆さんに紹介するつもり・・・だったのですが、パソコンで文章を入力している内に「アツイ・・・この文章アツイわ」と何かしら影響されてしまったのです。これはヘタに要約するよりもこのままの原文を皆さんに見て貰った方がいいと。皆さんも是非この碑文をじっくりと見てみて下さい。言い回しが独特でリズムが難しい部分もありますが、この文章を書いた方の井上氏に対する心酔しきった感というか、氏を仰ぎ見る感じが文面からヒシヒシと伝わってきます。後進から見た井上敬之助氏が、いかに大きな存在であったかがわかります。この碑文に込められたチカラを通して、この時代のパワーというかエネルギーが感じられる、そんな気がします。
銅像の足元には湯呑みが2つ置いてあり、時々花が供えられているのを見かけます。お参りされているのは氏に所縁のある方でしょうか。亡くなられてから88年、氏は今も変わらず鋭い眼差しで琵琶湖を眺めておいでです。その眼に今の世の中はどのように映っているのでしょうね。
郷土の偉大な先輩に・・・敬礼!
筆:あきつ
あの方はどなた?
皆さんご存知でしょうか?文化館の近くに、とある人物の銅像が建っていることを。先日「あの方を調べています」と、文化館をお訪ねいただいた老紳士がいらっしゃいました。この機会に是非皆さんにも知っておいていただきたい「あの方」を紹介します。
写真を撮って参りました。この方は明治時代の政治家:井上敬之助氏でいらっしゃいます。元治2年(1865)甲賀郡石部村(現:湖南市石部)に生まれ、若くして政治家への道を志して自由党の傘下に入り、明治23年(1890)には、板垣退助が再興した愛国公党に参加しました。明治25年(1892)、27歳の時には県会議員に当選、以降5回当選という経歴を持ち、地方自治の健全強化に大きく貢献ました。
明治31年(1898)に自由党と進歩党が合流し憲政党が結成されると同党滋賀支部常議員に、更には憲政党が明治33年(1900)に立憲政友会(総裁伊藤博文)と改称した際には、政友会滋賀支部の結成に多大な尽力をしたとも言われています。そして、明治35年(1902)には衆議院議員に初当選、翌年も再選を果たすなど、政治家として大きな功績を残しています。
官僚政治の是正や民意の反映に努め全身全霊を政治に捧げたその姿から、滋賀県政の大御所として「其当時県に知事が二人いる」と言われたほどで、明治後期から昭和初期にかけての滋賀県の政治家を語る上で、忘れることのできない人物でもあります。
銅像の建設にあたっては、滋賀県の初代民選知事であった服部岩吉氏が中心となって計画が進められ、彫刻家として有名な森 大造氏に制作が依頼されました。完成したのが昭和37年(1962)。文化館の開館が昭和36年ですから、その1年後にはもうこの場所にいらっしゃったことになります。制作当時、井上氏が亡くなってからすでに35年が経っており、一度も会ったことのない翁の像を作る命を受けた森氏は、かなりご苦労をなさった様子で、「資料を集めてもらつた所写真が二三枚という貧弱さであつたが、翁の性格なり風貌なりは服部氏の説明や、当時各界の名士の感想文等を拝読して翁の偉大な広く重い人格を伺い知る事が出来た」と書籍「井上敬之助」の中で語っておられます(昭和37年4月発行)。森氏は、井上氏が生活しておられた石部町のお宅を訪ねて参考資料を見せて貰ったり、当時でもあまり見かけなくなったこのマントのような「フロックコート」をわざわざ借りてきて制作にあたるなど、井上氏の持っておられた個性の描写に力を注がれました。
その甲斐もあって、レトロな装いでありながら背筋をピンと伸ばして立つお姿は実に凛々しく、力強い眼差しからは断固たる決意とその人柄をうかがい知ることが出来ます。
なお、この銅像の側には井上氏を称える石碑が設置されています。コチラについてはまた次回ご紹介します~!
筆:あきつ
米原秘蔵の4ケ寺寺宝展2015
なんともソソられるタイトルの特別公開のお知らせです。
滋賀県米原市にある4ケ寺(大原観音寺・成菩提院・清瀧寺徳源院・蓮華寺)では、10/24(土)~11/15(日)の期間、各寺院の公開日に合わせて寺宝が特別公開されます。多くの文化財を所蔵されている寺院さんの寺宝展ですから、見応えたっぷりかと思われます!
軽く寺院の紹介をしておきますと、
〇大原観音寺(日本古寺百選):石田三成と豊臣秀吉の出会いの地。
鷹狩りで立ち寄った秀吉を三成が「三献の茶」でもてなした逸話が残る。
(公開は10/31.11/1.7.8の4日間のみ)
〇成菩提院:最澄が談議所を開いたのに始まりのちに比叡山延暦寺の別院となった古刹。
織田信長をはじめ、豊臣秀吉、小早川秀秋など数々の武将が宿営した。
(公開は10/24.25.31.11/1.3.7.8.14.15の9日間)
(※その上なんと!「11/21.22.23も特別公開します」とご住職から嬉しい情報が!※)
〇清瀧寺徳源院:中世、北近江を支配した京極氏の菩提寺。
34基の宝篋印塔が並ぶ京極家墓所は国の史跡。
(公開は10/31.11/1.3.7.8.14.15の7日間のみ)
〇蓮華寺:本尊は釈迦如来と阿弥陀如来の二尊。
「瞼の母」の「番場の忠太郎」の故郷として、忠太郎地蔵尊が建てられている。
(期間中毎日公開23日間)
そもそもこの情報をゲットしたのは、文化館に寄託されている文化財がこの特別公開に併せて里帰りされたから・・・なのでございます。先日学芸員さんが、浄土曼荼羅図(重要文化財)と釈迦曼荼羅図を、お寺さまに届けて来られたのですが、特別公開を控えていろいろと忙しくご準備されていたそうですよ。紅葉シーズンにはまだ少し早いようですが、各寺院それぞれに趣きがありますので、これを機会に是非一度米原の地で「秘蔵」とのよい「お出会い」をして来て下さい。。。
注意すべきは公開日!各寺院さんによって公開日が異なりますので、スケジュール調整は念入りに・・・詳しくは米原観光協会さん(電話:0749-58-2227)にお問い合わせ下さいね。
筆:あきつ
文化館のRINPA!
仏像や絵画など、日本には世界に誇る多彩な芸術作品がありますが、これらの制作にあたっては様々な流儀があります。それが「流派」です。江戸時代に誕生した「琳派」もその一つです。
そもそも「琳派」って?ここから少しお勉強。
江戸時代の始めの京都に本阿弥光悦と俵屋宗達というスーパーアーティストが現れます。彼らはこれまでの形式にとらわれない新しい作風を確立し、当時経済力をつけてきた京の町衆から絶大な支持を得ます。光悦は「寛永の三筆」といわれるほどの書家であり、陶芸や漆芸などにも秀でた人で、宗達は京都建仁寺の国宝「風神雷神図屏風」を描いたことでも有名です。
そこから時代が下ること100年、彼らをリスペクトするアーティストが現れます。それが尾形光琳・乾山兄弟です。二人は京都の雁金屋という当時のハイファッションを生み出した高級呉服屋に生まれ、恵まれた環境の下、宗達のような画風を目指し、絵画にとどまらず陶芸・漆芸・衣裳などの分野で次々に新しいものを生み出し、やがて光琳風が流行するようになります。
そして、江戸時代後期にふたたび、光悦・宗達・光琳・乾山たちに熱い思いを寄せるアーティストが現れます。それが酒井抱一です。抱一は江戸で生まれ育った人でありながら、京都で活躍した宗達や光琳たちの芸術活動に傾倒します。そして抱一は、ついに光琳風を「琳派」という一つの美術のスタイルにまで高めます。
江戸時代を通じてダイナミックに展開する「琳派」ですが、日本にとどまらず、ジャポニズムとして西洋美術にも影響を与え、また現在でも琳派のオマージュ作品が作られるなど、その人気と影響力は絶大です。
琳派は今年で誕生400年を迎えました。これを記念して、現在京都国立博物館や京都国立近代美術館をはじめとして、あちこちの美術館で琳派の展覧会が催されています。
ちなみに琵琶湖文化館でも酒井抱一の作品「扇面散花鳥図」を所蔵しています。詳しくはコチラをご覧くださいませ!抱一の洒脱さが伝わるイッピンです。
歴史を極める
秋晴れの良い天気が続いています。絶好のお出かけ日和だった先週の土曜日、当館の学芸員さんは湖北にある米原市柏原宿歴史館へ出張されていました。お仕事の内容は、その名も「歴史を極める」というお題の講演会。依頼をいただいた米原市教育委員会さんでは、「少しでも多くの方々に歴史に親しみ、かつ極めていただきたい」とシリーズ講座「歴史を極める」を毎年開催されており、今年度のテーマ「和紙を極める」の中で、当館の学芸員さんにもお声が掛かったのでした。
開催日が近づくにつれて、学芸員さんは各方面に電話で確認したり「モノ」の手配をしたりと、忙しそうな中にもその段取りにスキがなく・・・ん?・・・モノ?・・・お話しに行かれるのではナイノデスカ?
そう、今回の講演会、学芸員さんが用意されたのは、参加して楽しい『体験型』の講演会。テーマは「古文書の形-和綴じ本をつくろう-」です。身内ながらうまいなぁ~と思います。そう思いません?このタイトル。僕は先ず「古文書の形」のカタそうな雰囲気に腰が引けそうになってしまいましたが、それを「つくろう」なんてひらがなで呼びかけられた日には・・・はいハイはいッ!参加しま~す!となっちゃいませんか?(笑)
当日は、そんな素直な人たち(笑)・・・いえいえ勉強熱心な人たち約25名が、実際に文化財の修理などに使われる和紙と針・糸を使って、楽しく和綴じ本作りを体験されたのでした。
・・・いいなぁ・・・うらやましいなぁ。僕も参加したかったです!これって日記帳なんかも作れますよね?日々の出来事を筆でサラサラと・・・くーっ格好いい!・・・我が国最初のとんぼ文学『あきつ日記』が世に出る日も近いかと思われます。。。
あぁっでもその前に!習字のお稽古が必要デス!(泣)
筆:あきつ
「千年の美」つたえびと養成講座のご案内
今年度の滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」は9月をもって終了しましたが、まだまだ勉強したいと思っている方に朗報です!
前年度に引き続き、滋賀県教育委員会事務局文化財保護課さんから『「千年の美」つたえびと養成講座』開催についてのお知らせが届きました。この講座は、滋賀県に伝承されてきた「千年の美」とも言うべき文化財(仏教美術、神道美術等)の魅力を学び、また受講者自らが「つたえびと」となって発信していただくことを目的とした講座です。
今年度は、仏教美術(彫刻)の研究者や仏像・仏画修理の技術者等を講師に迎え、計4回の開催が予定されています。
【内容・日程等】
第1回 近江路の観音像(仏教彫刻史特論1)
平成27年10月12日(月・祝)午後1:30~3:00
講師:高梨純次氏(MIHO MUSEUM参事 仏教美術史研究者)
第2回 仏像の修理
平成27年11月23日(月・祝)午後1:30~3:00
講師:高橋利明氏(楽浪文化財修理所代表 仏師)
第3回 近江の仏画の流れ(仏教絵画史総論)
平成27年12月19日(土)午後1:30~3:00
講師:古川史隆氏(滋賀県教育委員会事務局文化財保護課主査)
第4回 屏風・掛軸・巻子の形と構造-屏風をつくってみよう
平成28年2月14日(日)午後1:30~3:00
講師:佐味義之氏(株式会社坂田墨珠堂 文化財修理技術者)
【会 場】コラボしが21(大津市打出浜2-1)3階大会議室
【募集人員】各200名 *受講料無料、事前申込み制
【主 催】滋賀県教育委員会
【申込み先】滋賀県教育委員会事務局文化財保護課(美術工芸・民俗係)
電話077-528-4672 FAX 077-528-4956
〒520-8577 大津市京町四丁目1-1 メールアドレス ma07@pref.shiga.lg.jp
文化財ファンの方は必見ですね。第1回開催日まであまり日がありませんので、受講希望の方はお申込みをお早めに!
ホームページ9月のアクセス数
巷では秋の匂い~金木犀のあま~い香りが鼻をくすぐります。車を運転していても、窓から入ってくる金木犀と無花果の匂いだけは何故かわかるあきつです。皆さん元気にお過ごしですか?
さぁ、今日も元気にホームページのアクセス数についてのご報告です。9月は1,611件のアクセスをいただきました!皆さまいつもご贔屓いただき有り難うございます~。
若干アクセスの伸び率が下降線をたどっておりますが、マイヤーガーデン滋賀特別展が終了し、海外からのアクセスが減少した事と、滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」が終了した事が影響しているかと分析致します。・・・大丈夫ダイジョウブ。休館中という現状ではイタ仕方ない。。。しかし!平均サイト滞在時間は、ググンと伸びて約2倍!むしろ前向きに、皆さんとのコミュニケーションツール、これからのホームページ運営が大切であると心得ます。皆さんどうぞお付き合い下さいませ。
検索キーワードでは、おやおや?人のお名前が上がってますね。一人は西川吉輔。幕末維新期を駆け抜けた近江八幡出身の勤王家です。先日、とある新聞の「おうみ歴史人物伝」というコーナーに紹介されていましたから、これがヒットに繋がっているのかもしれません。当館のホームページ収蔵品紹介:書跡・典籍部門には、情熱的なその人柄も知りえるような『西川吉輔の書簡』を紹介していますので、是非こちらも参考になさって下さいね。
他には・・・何故か当館の学芸員さんのお名前が・・・9月の「打出のコヅチ」で講師を務めさせていただきましたからね。シリアス&ユーモアを併せ持つ頼りになる学芸員さんですヨ?!
さてさて、10月はどんな月になるのやら。楽しみです!
筆:あきつ
思い出を語る会
去る日曜日、懐かしい方々と久々の再会を果たして参りました。それは、文化館の心強い応援団「琵琶湖文化館友の会」の皆さんです。「琵琶湖文化館友の会の思い出を語る会」と題した今回の催しは、「お世話になった事務局の人にお礼をしたい」という有志の方々からお声かけをいただき(いえいえ楽しませていただいたのは私たちの方です)、解散から約7ヶ月の寂しい期間もなんのその、変わらぬ笑顔で29名の方々と楽しい時間を過ごさせていただきました。
先ず会場に入って目に付いたのが、各席に置いてあったコロンと可愛い物体デス。それはナント渋柿。自身の葉っぱをお皿代わりにちょこんと座したその姿が超らぶり~。渋柿にこんな愛くるしい一面があるなんて・・・食べられなくても、それだけで会話が弾みます。その存在感が素晴らしい!
こんなさり気ないおもてなしを用意して下さったのは、受付を買って出て下さったお母さん方です。自然の恵みを日常にさらりと取り込んで楽しめる、ステキでしょ?!何よりこの日を楽しみに準備して下さっていた感が、とても有り難かったです。
さて、会の方はと申しますと、冒頭に「マイヤーガーデン滋賀特別展」の報告と琵琶湖文化館の近況について、当館の学芸員からお話しさせていただきました。期間中の入館者数が38万人を超えたことを報告すると、皆さんの口からどよめきが・・・「立派なもんや」「すごいことやな」と感心しきりでした。こちらとしては、38万人の凄さを瞬時に理解された皆さんの「感度」の方が驚きで(笑)、さすが琵琶湖文化館友の会の皆さんでございます。また、現地入館者の感想や国際交流が深まったことなどをお話しすると、我がことの様に喜んで下さって、この展覧会が無事成功して良かったなと、改めて実感した次第です。ほんと皆さん聞き上手、喜ばせ上手なんですからッ!
その後、記念撮影をしてお食事をしながらしばしのご歓談タイムです。あちらこちらから聞こえる笑い声は、会わなかったブランクを微塵も感じさせない和やかな雰囲気で、ココはまさかの一泊二日「友の会バス見学会の宴会場?」と錯覚したほどです。ほんとに皆さんお変わりなく、恒例の「自慢ののど」を披露していただいたり、とても元気な会員さんの「アタマとカラダの老化防止体操」(?)を伝授していただいたり(笑)と、和気あいあいとした雰囲気で会場は盛り上がりました。ほんとにいつでもパワーを貰える人たちです。
また、元事務局にはお花までいただきました・・・お礼をしないといけないのは僕たちの方なのに。。。「忙しくて世話するのは大変だろうから手間のかからない花を選んでおいた」と、とっても有り難いご配慮も・・・この夏、外に置いていた鉢植えを枯らしてしまった事バレてます?このお花は、室内で栽培できるそうなので、あきつ君と一緒にお客様のお出迎えをしていただくことになりました。色気ない職場に×××否!彩りの少ない職場に冬までキレイな花を咲かせてくれそうです。心あたたまるお心遣い、有り難うございます。大切に育てさせていただきます。
そんな楽しい時間もあっという間、最後には「ガンバロー!」と右手コブシを突き上げて、皆で更なる発展を誓い合ったのでした。本当に楽しい時間を有難うございました。心より感謝申し上げます。
さぁそこで!楽しい時間とあたたかい気持ちを下さいました皆さまに、何ができるかと悩みまくりの帰り道々。ふと見やると、近江の厳島(いつくしま)とも呼ばれる白髭神社の大鳥居がライトアップされていました。
そこでちょっと寄り道、皆みな様の延命長寿・縁結び・子授け・開運招福・学業成就・交通女全・航海安全など、一切合切を「導きの神」にお願いして参りました。
・・・勝手を申しますが、何卒皆さまにご利益が届きますように、切にお頼み申しマス。。。
折しも時は中秋の名月。これまた秋の名物うろこ雲、その隙間からのぞくまん丸い月が、何だかとても満ち足りた気持ちにさせてくれました。(9月27日)
筆:あきつ
琵琶湖の絵
皆さん覚えておいでですか?文化館のHPを検索するキーワードで『琵琶湖の絵』という言葉がヒットしている・・・と報告した事(9月1日のブログ)。僕は、「地元を愛するがゆえに滋賀の歴史を探究したいという、アダルトな想いから生まれた検索キーワード」と分析しました。これには身内からも「???ワカラナイ???何の事?」と質問されましたが・・・。
よ~く考えて下さい『琵琶湖の絵』ですよ?文化館の所蔵品で・・・あるでしょ?ほらほら・・・思い出して。。。おそらく文化館の近世絵画部門で、他館への貸出回数ベスト10に入る人気者(推定きっと多分)、歴史的にも意義深いあの絵ですよ?ギブアップ?
文化館で「琵琶湖」の看板背負っているのは、円山応震筆の『琵琶湖図』!これでしょ!皆さんが探しているのは?!間違いないでしょ!!
え~っと、詳しくは収蔵品紹介:絵画部門の『琵琶湖図』を見ていただければと思いますが、画面中央に大きく琵琶湖を描き、その湖岸を如何にも異国風の人々が大行列をなす、そう、この絵には江戸時代の朝鮮通信使の様子が描かれているのです。それがこの絵を「超有名にしている」と当館の学芸員さんは言っておられます。
今回もそのご縁で、とある展覧会に出張中です。その展覧会は「朝鮮通信使ユネスコ記憶遺産登録推進事業 雨森芳洲と朝鮮通信使~未来を照らす交流の遺産~」。滋賀県の北部にある長浜市で、高月観音の里歴史民俗資料館と長浜城歴史博物館の2会場で同時開催されています。10月17日には記念シンポジウムも予定されているそうですから、滋賀の歴史を探究したい皆さんの欲求も満たされるのでないでしょうか。湖北の秋は散策にもぴったりです。是非お出かけ下さい。
偶然もう1枚のチラシが目に付きました。こちらは名古屋市の蓬左文庫(徳川美術館)で開催中の「日韓国交正常化50周年記念 豊かなる朝鮮王朝の文化-交流の遺産-」展です。
なんだか今年は朝鮮通信使がアツイです。
筆:あきつ
滋賀の文化財講座「打出の裏コヅチ」
皆さん先日の文化財講座、ご参加いただきましたか?残念ながら参加出来なかったという方のために、ご用意しましたよ。「ぷっ」と笑える復習教材「裏コヅチ」!
僕、9月3日のブログでキーワードは「ニジョウジョウ」と「アサクサ」といいましたが、皆さん覚えていますか?種明かしをしておきますね。
えぇっと、「見立絵」というのはですね~、うーん説明するのが難しい・・・いろいろあるんです。例えば連想ゲームによく似ていて、何かを想像させることで結果オーライとするもの。タコさんウィンナーが良い例です。ちょっとひねりを利かせたシャレというかダジャレというか。。。
それでは皆さん、問題です。下の絵は一体何を表しているのでしょう・・・か???
左)『江戸名所はんじもの』より:「あ」の人が「さ」っとオナラをして隣の人が一言。
・・・地名です。
右)『勝手道具はんじもの』より:「頬」に「蝶々」がとまると?
・・・よく切れます。
わっかるっかなぁ~♪これを浮世絵で有名な歌川一派の一人(歌川重宣:2代目歌川広重)が描いたとなれば、「ほんまかいな~」と笑えるやら呆れてしまうやら。。。絵解き謎解きは、当時の庶民の娯楽ですね。
ちなみに「ニジョウジョウ」は、現代の作家さんが洛中洛外図に見立てて、「畳が二畳」で二条城、「(囲)碁所」は御所、「本の牛」で本能寺など、ダジャレ満載に京都の名所を描いた作品・・・の紹介でした。ん?何だか文字だけだと面白くな・・・い?現代の作家さんも、頑張って「笑いのDNA」を受け継いでおられるのです。
ならば僕も有名な作品に見立てましょう。これはダジャレではありません。「見立て」という「パロディ」です。「見立て」なら『国宝』にだってなれちゃうのです。
あぁ~不思議な見立ての世界~僕もいつかは国宝級~・・・歴史に名を刻むトンボでありたい・・・と願っています。・・・イヒッ。
筆:あきつ
滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」⑤
先週、今年度最後の「打出のコヅチ」(第5回)が開催されました。前日は台風18号の影響で県内各域に気象警報が発令され、あわや中止か?と一時開催が危ぶまれましたが、何とか予定通りに開催することができました。最終回にふさわしく、93名もの方にご参加いただきました。
そして今年度は計5回の講座を実施し、参加者は延べ425名でした。ご参加下さいました皆さま、本当にありがとうございました。
今回は当館の上野良信学芸員が「見立絵 ― 江戸絵画の楽しみ方 ―」と題し、江戸時代に流行した「見立絵」の世界について同時代の作品はもとより、そのDNAを受け継いだ現代の作品についても、詳しく解説いたしました。
琵琶湖文化館というと「仏教美術の宝庫」といったイメージが先行しがちですが、実は江戸絵画の名品も数多く収蔵しており、他館でも頻繁に展示公開しています(詳しくはコチラ)。
そのなかでも今回は、見立絵(歴史的事象や人物を当時の人々に親しみやすく、かつ連想ゲームのように知的な趣向を凝らした絵)の作品(「友禅蹴鞠図」、「業平東下り図」など)を取り上げ、関係する題材や類例の作品を紹介しつつ、一種の「謎解き」を参加者の皆さんと楽しみながら、丁寧に解説されました。
特に見立絵の一種である「判じ物」(文字や絵にある意味を隠しておき、連想させる作品)の解説では、その答えに時折笑いが起きるなど終始和やかなムードでした。
なお、今年度の「打出のコヅチ」はこれで最後ですが、県教育委員会文化財保護課では前年度に引き続き「「千年の美」つたえびと養成講座」の開催を予定してるとのことです。詳細がわかり次第、当ブログでも告知させていただきます。お見逃しなく!!
友好の鍵
先日のブログで、マイヤー展終了の報告が担当学芸員さんからありました(コチラ)。担当学芸員さんは、8月16日のマイヤー展の閉幕に合わせて、撤収作業のためにミシガン州に出向き、帰国後も作品の点検・返却作業をされ、9月の初旬にようやく作業がひと段落されました。1つの展覧会を開催するのに3年もの時間をかけて行われたこと、展覧会の閉幕が終わりではなく、無事に作品が返却されるまでが大切なことがよくわかります。体力・気力ともにハンパありません。本当にお疲れ様でした!そしてマイヤー展の入場者数を聞いて、その数の多さに館員一同驚くとともに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
さて、以前のブログで、ミシガン州の大学から滋賀県に贈られた感謝状と、滋賀県とミシガン州の交流の歴史についてご紹介しましたが(コチラ)、琵琶湖文化館にはまだまだ交流を物語るモノが遺されています。
それが「友好の鍵」です。古い順に
・1969年 ランシング市から大津市
・1969年 アナーバー市から彦根市
・1976年 バーミングァム市から栗東町
・1976年 ポンティアク市から草津市
の4つの「鍵」が遺されています。ミシガン州と滋賀県の交流が開始されたのが、1968年ですので、47年間も続く友好交流の始まりの頃を物語る品々となります。
ところで、なぜ友好都市の印となる贈り物が「鍵」なのでしょう。それは、ヨーロッパの中世都市に起源があります。中世都市の多くは、外敵の侵入から住人をまもるため、都市の周りに塀をめぐらせた城塞都市が主流でした。入口は城門で固く閉ざされており、門を開けるための鍵は都市の人々の命を守る大変大切なものでした。そのため鍵はその都市象徴するものとなりました。ここから都市と都市をつなぐ友好の印として「鍵」が贈られるようになったのです。
文化館にある4つの「友好の鍵」を見ていると、1つ1つの交流がつながって、今回の展覧会へと実を結び、広くミシガンの皆さんに近江の美・日本の美を知っていただくことができたのだとあらためて思いました。
そして今回の展覧会が次への友好交流の礎となることを願ってやみません。
打出のコヅチ、予定通り開催します!
9日昼現在、台風第18号が滋賀に一番近いところを北北西に移動中・・・今夜には温帯低気圧に変わり日本海に抜ける見込みです。
そんなことで皆さん、「明日のコヅチは?」「開催されるの?」とご心配のことかと思いますが・・・大丈夫です!予定通り開催します!
明日10日の滋賀の天気は、湿った空気の影響で雲が広がり、雨が降るところがある見込み・・・ただ、台風の影響で交通機関の乱れなどが発生するかもしれませんので、最新情報を確認し、念のため時間に余裕を持って会場へお越しくださいね。
それでは明日、今年度最後の滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」開催!皆さまのお越しを会場でお待ちしていま~す!
筆:あきつ
マイヤー展終了!!
滋賀県とアメリカ・ミシガン州が姉妹州県であることが契機となってフレデリックマイヤーガーデン&スカルプチャーパークで開催されていた滋賀特別展「Splendors of Shiga:Treasures from Japan」が終了し、貸し出されていた作品もすべてが無事にそれぞれの所有者のもとへ帰ってきました。私たちは作品を安全に輸送するため、可能な限りの知識と技術を総動員して万全の対策をとっています。ですが、帰ってきた作品の梱包が開かれる瞬間は、学芸員としてもっとも緊張する場面の一つであり、無事を確認すると心からホッとします。
今回の展覧会の入館者数は、386,555人でした。開催日数は199日だったので、平均すると1日あたり2,000人が会場を訪れてくださったことになります。仏像や着物、信楽焼など滋賀を代表する美術品をご覧になった方からの反応はとても良く、中には「6回来たよ!」という方もおられました。カナダからわざわざ来られた方もいらっしゃったようです。そして、滋賀から見に行かれた方も。
文化館がこのプロジェクトに関わるようになったのは、3年前。マイヤーガーデンが滋賀の美術品を紹介する展覧会の開催を希望しており、実施の可能性を探るところからのスタートでした。どのような美術館なのかを知るために視察に行き、展覧会の開催準備を進めてきました。お互いの考え方やルールの違いに直面することもありましたが、両国の関係者が歩み寄りながら実現した展覧会でした。
展覧会最終日に出会ったある女性は、「とても素晴らしい展覧会で、本当に話題になった。展覧会が始まる前までは滋賀を知る人はほとんどいなかったが、今ではみんなが知っているよ。」と、どれだけ強いインパクトがあった展覧会かを興奮気味に話しておられました。展覧会は終わってしまえば形は残りませんが、この女性のように多くの人々の心にこの展覧会の感動が残り、それが美術を通じての新たな国際交流の芽となり再び花を咲かせることができたなら、それは素晴らしいことだと思います。
多くの関係者のみなさま、そして展覧会をご覧いただいたすべてのみなさんに感謝です。
申込みはお済みですか?第5回
皆さん、もう申込みはお済みですか?10日(木)は滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」開催日です。今年度最終となる今回は、「見立絵(みたてえ)-江戸絵画の楽しみ方-」と題し、当館の学芸員が講師を務めさせていただきます。
皆さん、「見立?」「江戸絵画?」「何?」と難しく考えたりする必要はありません。『見立て』は実は私たちの生活の中にシャラランと取り込まれています。ダジャレが好きな方なら尚のこと・・・
今回はスライドをたくさん見ていただく予定となっております。「喋る時間が足りんかも・・・」という講師のボソっとしたつぶやきに「何なに?何喋らはるんですかぁ?」と聞いてしまった僕らも悪い。。。「コレはこんな意味」「じゃぁコッチは何に見える?」と小半時ほど、お先に講義の予習をさせていただきました。その内容は何故か笑いがいっぱい!真面目に何を考えていたの江戸時代の絵師さん達は(笑)!って。。。そりゃ弥次さん喜多さんも「珍」道中にもなります(笑)。今回の江戸絵画はコメディ満載です。
笑いばかりではなく、キリッと豆知識・教養を高めたいと思っておられる方、ご安心を。マジメ部門は、文化館の館蔵品の中からキッチリ紹介させていただきますので!
今回講師を務められる学芸員さんは、近世絵画や仏教絵画が専門で、よくその分野でお話をされています。ともすれば難しくなるお話を、いつも穏やかな口調で解りやすく喋ってくださるベテラン学芸員さんです・・・いやいや、僕がそう思っていただけで、実はそれは世を忍ぶ仮の姿・・・だったのかも知れません。。。今回の講座でこの印象がガラリと変わるカモ?ですよ~・・・必見です!
会場では「クスッ」とした笑いではなく「プッ」とした笑いをお届けできる?・・・かな?!キーワードは『ニジョウジョウ』と『アサクサ』です。ご期待下さい。
皆さん、ちょっと参加してみたくなりましたか?日々の生活に「見立て」を取り入れて、「人生に潤い」を感じるようになっていただけたら、講座としては大成功?!皆さまのご参加を心からお待ちしております!
筆:あきつ
ホームページ8月のアクセス数
ホームページのアクセス数について、8月はナント!・・・2,000件を割ってしまいました。しょぼん。。。皆さんも夏バテですか・・・?
それでも!1,978件のアクセスをいただいております!感謝感謝でございます。
アクセスが5件以下の“レア”な検索キーワードを見てみると、季節の特色がよく表れています。「琵琶湖の絵」「琵琶湖 トンボ」「ズナガニゴイ」・・・あー・・・夏休みの宿題ですかね(笑)。琵琶湖文化館は開館当時、水族館としても親しまれていたので、研究紀要には水族部門の研究成果が載っていたりします。中には「ウマビル 食性」で検索され、当館HPに辿り着かれた方も・・・ここここれって、ビル?=ヒル?もしかして血を吸う??同じように検索をかけてみると、確かに当館の研究紀要第5号に辿り着きます。諸先輩方の研究成果です。あぁでもごめんなさい。「文字」で見ることは出来ても「画像」をクリックする勇気が僕にはない・・・意気地なしをお許し下サイ。。。
ちなみに、文化館にあった水族部門は、平成8年に滋賀県立琵琶湖博物館(草津市)がオープンした際に、お魚も専門学芸員さんたちも丸ゴト移転されております。
ちなみにちなみに、それより前の昭和59年には、滋賀県立近代美術館(大津市)の開館に伴い、館蔵の近代絵画が多数移管されています。
ちなみに×3、平成4年の滋賀県立安土城考古博物館(近江八幡市)の開館の際には、考古資料が移されています。
ふふふ、あきつ、近ごろ、文化館のコト、勉強しているのデスヨ。
それにしても文化館が担ってきたもの(分野)は、なんと幅広く。。。時代とともに設置が求められてきたテーマ館。その度に巣立っていった各分野の若い学芸員さん達は、巣立った先でベテランさんとなって、今でもご活躍のことでしょう。中にはもうOBさんになられた方も・・・開館から54年ですもの。人にも歴史ありです。あぁ、なんだか感傷的な気分です・・・秋ですから。。。
むむむっ!今気づきました!検索キーワードの「琵琶湖の絵」。これは夏休みの課題キーワードではないですね?!地元を愛するが故に滋賀の歴史を探究したいという、アダルトな想いから生まれた検索キーワードですね?!あきつ分かりましたよ~!よし!まだまだやれることはある!
ということで、皆さんへの答え合わせはまた後日!お楽しみに~
筆:あきつ
滋賀特別展 裏話
8月16日、米国ミシガン州で開催されていたマイヤーガーデン滋賀特別展「Splendors of Shiga」が、好評のうちに無事終了致しました。それに伴い、当館の学芸員さんをはじめ関係者方々が、出品作品のお迎えにアメリカに出張されていました。それも25日には、無事滋賀に戻って来られ、お留守番をしていた僕たちも語られる土産話で盛り上がっているところです。
しかし・・・僕が最初に言った言葉が「お帰りなさい!セミは鳴いてましたか?!」だったなんて、苦労して帰って来られた学芸員さんに、今思えばなんと失礼な事か・・・つい8月3日のブログに書いていたことが気になっちゃって(笑)。皆さんも気になり・・・ますよね?・・・結果、、、鳴いていたそうです!違う種類が!学芸員さんは現地で「なんでこんなにセミの鳴き声が気になるのやろう」と不思議に思っておられたそうですが・・・イヒッ・・・それは僕の仕業です。
泊まったホテルではこんな素敵な出会いもあったそうです。それがコレ!トンボが茎に留まっています!クリップ型のトンボが花のアレンジをお手伝いしているのです!うふん、どこへ行っても働き者~(笑)。最初学芸員さんは、トンボのお城:文化館から来た自分のために用意されたまさかの粋な計らい?!と感激されたそうですが、後から聞けば他の皆の部屋にもトンボクリップはあったらしいです(笑)。偶然でも嬉し素晴らし!有り難う!
お食事はやっぱりどこへ行ってもアメリカサイズ!山盛りのサラダだけでもお腹が満たされると言っておられました。また、博物館から空港へは作品をトラック2台に積み込んで、伴走車とともに長距離を移動をされたそうですが、このトラックの運転手さんが、これまたアメリカサイズなご夫婦で・・・マッチョムキムキ、それはそれは頼もしかったと言っておられました(笑)。有り難いこと!
他にも、「名付け」がうまいしっかり者の女性学芸員さんや、ダンディなムードメーカーのベテラン学芸員さん、そして鉄壁の仕事をこなして下さった運送のスペシャリストさん達、また各方面への段取りと調整を完璧にしていただいた滋賀県職員の方々、更には海外での展示を快く承諾して下さった所有者の方々、何よりマイヤーガーデンでお世話になった現地スタッフの皆さん。本当に多くの方々と関わり合い、助けていただいた展覧会でありました。有り難うございました。
今回のお仕事は、お互いを苗字ではなくファーストネームで呼び合うなど、日本では有り得ない空気感で、とてもいいチームワークで、達成することが出来たみたいです。「楽しかった」とウチの学芸員さんは言っておられます。
普段は各専門分野で特色を出している県立施設ですが、枠を超えた展覧会で活躍される皆さんのそのお姿を間近に見ることが出来た、それが僕にはとっても嬉しかったです。。。
滋賀の文化、芸術、美術作品、まだまだ『魅せ』ドコロは限りなく、今後もこのような展覧会が世界で開催できればいいなぁと、思います。
これからコレカラ!滋賀の魅力をどこまでも↗↗↗
筆:あきつ
滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」④
先週、今年度4回目となる滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」が開催されました。今年のコヅチはなかなかお天気に恵まれないのですが、それでも当日85名の方にご参加いただきました。誠にありがとうございました。
今回は、県教委文化財保護課美術工芸担当の古川史隆氏より「山から下りた梵鐘 ― 菅山寺梵鐘の移動と保存修理 ― 」と題し、長浜市余呉町坂口に所在する管山寺の梵鐘(重要文化財)について、平成26年度に行った修理に伴う大規模な移動と保存修理の内容についてお話がありました。
菅山寺は湖北大箕山の山中にあり、中世末の菅山寺縁起によれば、最盛期には3院49坊を擁する大寺院として、大いに栄えたといいます。また徳川家と所縁の深い増上寺(東京都港区)に伝わる「宋版一切経」(重要文化財)は、元々菅山寺に収蔵されていたもので、徳川家康の求めに応じて、増上寺に寄進されました。
そんな菅山寺伝来の梵鐘は、在銘のある梵鐘としては県内で二番目に古いものです(ちなみに一番古いのは同じく長浜市に所在する日吉神社の梵鐘)。製作年と製作者が明らかな基準作例として、大変貴重なものです。
今回はこの梵鐘の修理について、特に重量356㎏もある梵鐘をいかにして山寺から運び出したか、その点を中心に多くのスライド画像を交えてお話しされました。前述のごとく、菅山寺は山深い場所にあり、当初はヘリコプターで運び出すとの案もあったようですが、最終的には険しい陸路を地道に輸送することに。梵鐘を専用のキャリアダンプに載せて、舗装されていない急斜面の山道をゆっくりと慎重に。
終了後のアンケートには「文化財保護の具体的な様子が今日の話でよくわかった。」、「保存活動の実態がわかった」といったご意見が多数あり、本講座が文化財保護をより身近に感じていただける機会になったといえるのではないしょうか。
さて、次回はいよいよ最終回。「見立絵 ― 江戸絵画の楽しみ方 ―」(9月10日)と題し、当館の上野良信学芸員が収蔵品を中心にお話しいたします。引き続き皆さまのご来場、心よりお待ちしております。