月別アーカイブ: 8月 2022

県民フォーラムⅡ「みんなで考える新しい文化館の展覧会」開催しました

 8月24日は文化館関係者にとって大事な1日となりました。この日、会場にお越しいただいたのは(仮称)新・琵琶湖文化館に関する県民フォーラムⅡ「みんなで考える 新しい文化館の展覧会」に参加申込みいただいた皆さん。昨年11月に「新しい文化館を考える」と題した県民フォーラムを実施しましたが、今回は“展覧会活動”に焦点を当てた企画です。会場のほかにオンライン配信も行い、こちらにも会場の参加者を超える人数のご参加があり、文化館の未来について、多くの方が関心を寄せていると実感しました。

 講演では、当館ОBでもある髙梨純次氏より、「新しい文化館の展覧会活動に期待すること」というタイトルでお話しいただきました。新しい文化館の展覧会活動で留意してほしい点として、「文化財の現地保存主義」「学術的に評価される質の高さ」「展覧会を保管してゆく企画」を挙げられ、他にも「堅実な質の高い展覧会」「学校教育との関係」などが語られました。会場参加の皆さんの真剣に耳を傾けておられる姿に、新文化館への期待が感じられました。

 パネルディスカッションでは、髙梨氏をファシリテーターとして、観音ガールとして活躍されている對馬佳菜子氏をコメンテーターにお迎えし、「展覧会企画案プレゼンテーション」を実施。県文化財保護課と文化館学芸員の4名が、展覧会の企画を発表しました。

井上優氏

 県の井上優課長補佐(琵琶湖文化館副館長)は、最澄や中江藤樹など未来を見つめた近江の人物にスポットをあて、歴史を知りながら滋賀の未来を展望する案や、地域文化財に関する取組を可視化した展覧会による、地域に根差した新しい博物館像を語られました。
 当日不在のため動画出演の古川史隆副主幹(琵琶湖文化館兼務)からは、「近江 梵鐘めぐり」と題した展覧会が提案され、梵鐘の造形や制作に関わった人、海外との交流を学び、更には来館者が梵鐘のある社寺に足を運ぶきっかけを提供。文化観光の拠点ビジターセンターとしての施設像が紹介されました。

左:田澤梓氏 右:和澄浩介氏

 文化館の和澄浩介主任学芸員は、風景写真や音を使うことで作品が伝わった土地や文化財を守り伝えている地域の人を感じられる、新しい展示手法を通じた来館者と地域・地域の人をつなぐ展覧会を提案されました。
 田澤梓学芸員からは、世界に数多くある「近江の文化財」の里帰り展示を通して、県内や国内外の近江の文化財をつなぐネットワークづくりの考えや、文化財を継承していくことを目的に、子どもが文化財に親しめるワークシートなどの提案がありました。

 コメンテーターの對馬氏からは、どの案も「歴史」だけでなく「アート」「デザイン」「まちづくり」などに関心がある人にも響くような展覧会になるとの意見があり、展覧会には「知識ベースで楽しめる人」もいるが「知識がない人」のために感性を呼び起こす仕掛けも必要であるとお話しされました。知識を持って展示作品を鑑賞することだけではなく、その作品に関連した音を流すことや、日本の博物館施設では禁止されていることが多い「作品の模写」により、対象物を隅々まで鑑賞する工夫など。。。“観る”ことに捉われない展示企画は、多くの人が楽しめるのではと期待が高まりました。

 終了後のアンケートには、「近江の歴史を未来に活かす展覧会が楽しみ」「視覚的だけではなく“音”という角度から展示する可能性もあるかと思った」「近江の特別な歴史的価値がわかる企画をしてほしい」など感想をいただきました。また、「展示の見せ方も時代に反映した対応が必要」「文化財の由来や地域との関わり、役目などをより一般人の興味を引く形で展示できるような仕組みが重要」「現物とホログラム・VRなどデジタル技術の融合で他館との差別化ができれば良い」などなど、参加者さんからの提案もあり、中にはアンケートの枠に入りきらないほどご意見を書いて下さり、皆さんが新しい琵琶湖文化館に大きな期待を持たれているのが伝わりました。

 今回も、貴重な意見をいただける機会を設けられたこと、心より感謝します。これからも皆さまからご協力いただき、共に新しい文化館をつくっていけたらと思いますので、よろしくお願いします。

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打出のコヅチ第4回 番外編 ~ご質問にお答えします~

 滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」に参加してくださったから、アンケートを通してご質問を頂くことがあります。第2回第3回に引き続き、第4回でも質問をいただきました。熱心な聴講生からのご質問。今回も早々に、講師を務めた和澄浩介学芸員に答えていただいたので、皆さんにもご紹介していきたいと思います。

 (質問①)敏満寺区の銅造大日如来像は慶派の作風が見受けられる
      とのことだが、慶派の金銅仏の作例はあるの?

  テーマとなった「敏満寺区の銅造大日如来像」は、ブログでも紹介したとおり、慶派の作風が見られるそうです。慶派で代表的な仏師・運慶や快慶は、東大寺南大門の金剛力士立像などが有名です。確かに木造の仏像が多い印象があります。 他にも金銅製の仏像はあるのでしょうか?さて、その答えは…?

 そもそも鎌倉時代の金銅仏は数が少ないですが、鎌倉時代前半までで慶派がかかわったと考えられている著名な像は以下のようなものがあります。

○法隆寺(奈良) 阿弥陀如来・観音菩薩像 重文
 法隆寺金堂西の間に安置されています。運慶の四男康勝が原型を造り、貞永元年(1232)
 に完成したことが光背銘文からわかります。常時拝観可能です。

○寿福寺(神奈川) 薬師如来坐像 重文
 銘文はありませんが、建暦元年(1211)に北条政子が子の源実朝の病気平癒を願って鶴
 岡八幡宮に安置した像であると考えられています。寄託先の鎌倉国宝館で展示されること
 があります。

○大報恩寺(京都) 誕生釈迦仏立像 重文
 大報恩寺には快慶の高弟行快が造った本尊釈迦如来、快慶と行快が造った十大弟子、慶
 派の有力仏師定慶が造った六観音がのこされています。この誕生仏も行快の作風が顕著で
 す。大報恩寺霊宝館で常時拝観可能です。

 やはり多くの仏像を作った仏師の系統です。少ないとはいえ、金銅仏はあるようです。ご紹介いただいた仏像は拝観可能なものも多く、ぜひとも慶派の金銅仏見てみたいです。さらには、このような質問も…

 (質問②)大仏殿様四天王が造り継がれてきたのは、図像(見本)があったから?

スクリーンに映る四天王像

 こちらは、講座内で紹介された「多賀町内の重源ゆかりの文化財」で、多賀大社から町内の真如寺に移された四天王像が、東大寺大仏殿の四天王に特有の形式(大仏殿様)であるという事が語られました。真如寺の四天王像は、江戸時代もので、東大寺大仏殿の四天王像よりも大分後になってから作られています。時代が違っても、大仏殿様がつくられたのは、やはり見本があるからなのでしょうか??さて、その答えは…

 大仏殿四天王像のような由緒正しい仏像や霊験あらたかな仏像は図像が描かれ、後世にその形が伝わっていきます。残念ながら大仏殿様四天王像を描いた古い図像は現存していませんが、醍醐寺(京都)所蔵の弘安7年(1284)の年紀を有する「東大寺大仏殿図」という絵図に文字で四天王の姿が詳細に記されており、これが運慶たちが再興した大仏殿様四天王像が注目されるきっかけになりました。
 なお図像があっても、まったく同じように写すわけではなく、時代やその時の状況を反映して変更を加えることがあります。運慶たちが再興した大仏殿四天王像も、焼失する前の姿からは若干変更を加えていたことが指摘されています。

 やはり、見本となるものがあったのですね。時代を反映して、変更を加ても形をしっかりと受け継いでいくなんて…各時代の仏師たちのすごさも伝わります。

  いかがでしたか?前回のブログでご紹介できなかった大仏殿様の四天王像などのお話しも含め、打出のコヅチ第4回をより深く知るきっかけとなりましたでしょうか。皆さんの知識欲のおかげで、仏像について詳しく学べる場となりました。これを機会に皆さま色々な仏像を見比べてみてはいかがでしょうか。

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「花湖さんの打出のコヅチ」第4回 開催しました

 8/18の大津市は前日夜から朝にかけて大雨が降りましたが、お昼には大雨がウソだったかのように晴れてきました。そんな中、滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」第4回を開催。93名の方が会場に足を運んでくださいました。

講師の和澄浩介学芸員

 今年度の文化財講座も後半戦。今回は「敏満寺区の銅造大日如来像と多賀町の文化財-令和3年度滋賀県新指定文化財紹介②-」と題し、琵琶湖文化館の和澄浩介主任学芸員が登壇。 昨年、新たに滋賀県指定文化財となった多賀町敏満寺区に所蔵の「銅造大日如来坐像」を中心にお話ししました。
 敏満寺は、10世紀頃に創建されたとされ、鎌倉時代以降に栄えたそうですが、浅井長政・織田信長に焼かれ消失し廃寺となり、現在は地名としてのみ残っています。鎌倉時代初期に作られたこの像は、運慶・快慶をはじめとした平安時代末期から鎌倉時代初期の慶派の作風を取り入れているのだとか。運慶・快慶といえば、奈良・東大寺の仏像で有名です。講座では何故、奈良から離れた多賀の地に、ほぼ同時期の慶派の仏像があるのかが語られました。

  「何故、慶派の仏像が多賀にあるのか?」 その秘密は、平家の焼き討ちで焼亡した東大寺の復興を担い、慶派を重用した僧侶・俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)にあります。重源が行った作善(さぜん:善行)のリスト『南無阿弥陀仏作善集』には、重源が造立した仏像や創建・再興した寺院などが列記され、そこには敏満寺も記載されています。敏満寺の宝物を引き継いだ胡宮神社には、重源が敏満寺に施入した五輪塔とその寄進状が残っており、重要文化財に指定されています。また重源が敏満寺に送った書状も残っており、こちらには「東大寺東塔の再興供養に際して、敏満寺から法華経を読む童子を出す」よう要請する内容なのだとか。。。このことからも、敏満寺と重源には強い関わりがあったことがわかります。更に重源は、延命長寿を願って多賀大社に祈願したと伝わっており、多賀町内には重源ゆかりの文化財があるそうです。アンケートでは、「重源と胡宮神社の関係を初めて知った」「大日如来像だけでなく重源に興味を持ちました」「多賀に行きたくなった」との嬉しい感想をいただきました。一つの小さな仏像の形から東大寺や重源との関わりを知る、目からウロコのお話しに皆さん熱心にお話しを聞かれていました。あっという間の1時間30分となり、講座終了後には大きな拍手を頂きました。皆さん本当にありがとうございました。

 次回は、いよいよ 滋賀の文化財講座では最後の座学となります。第5回「琵琶湖文化館収蔵品にみる四季と年中行事」は、現在講座受付中です。それでは皆さま、また次回の講座でお待ちしております!!

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8月24日 県民フォーラムⅡ「みんなで考える新しい文化館の展覧会」開催!

  皆さま、8月24日(水)14:00からのご予定は?もうチェックして下さってますよね? 来る日、当館にとってとても大切な日。それは、(仮称)新・琵琶湖文化館に関する県民フォーラムⅡ「みんなで考える新しい文化館の展覧会」を、会場:コラボしが21において開催する日なのです~。

 前回(県民フォーラムⅠ)では、新しい文化館の役割や活動内容について、様々な角度からご意見をいただいたところです。

  今回のフォーラムは、タイトルを読んで字のごとく、「新しい文化館の展覧会」について皆さんからもご提案をいただく、前回より更に一歩踏み込んだ内容となっています。

 先ずはこちら学芸員の野望と言いましょうか、「こんな展示をしたい!」というところを発表させていただき、皆さまから「こんな展示を見てみたい!」という希望的ご意見も頂戴する、ドキドキ企画です♪

  思いは「新しい文化館をより良きものにしたい!」それに尽きます。皆さまと一緒に考え、期待を形に、より具体的なものにしていく。未来にはばたく夢のフォーラムとなりますよう、皆さまの知恵と力をお貸しください!ご参加、お待ちいたしております!

 聴講は無料ですが、事前に申込みが必要です。なお今回は、会場参加のほかに、オンライン配信(zoomウェビナー)での参加も可能となっていますので、、ご自宅でも聴講・参加していただくことが出来ます。

  〔しがネット受付サービス【会場参加】〕    もしくは

  〔しがネット受付サービス【オンライン配信】〕 からお申し込みください。

詳しくは、滋賀県文化財保護課
  【電話077-528-4681 FAX077-528-4833 メールbunkatsu@pref.shiga.lg.jp】
までお問い合わせください。

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ただいまお里帰り中!浅井長政像 [地元長浜で展示公開]

 今年の夏は、湖北がアツイ!!それは何故かって尋ねます?それは今年(令和4年)が、湖北の名将:浅井長政公の没後450回忌にあたり、長浜3館〔長浜城歴史博物館・浅井歴史民俗資料館・小谷城戦国歴史資料館〕で特別展 (~9/5まで) が開催されているから・なのです~~。
 これに合せて、当館が小谷城址保勝会さまよりお預かりしている浅井長政公の肖像画も、現在お里帰り中~小谷城戦国歴史資料館にて絶賛公開中デス!!

 戦国時代、北近江(現長浜市・米原市域)を統括し繁栄に導いた浅井氏三代(亮政・久政・長政)。中でも浅井家最後の当主となった長政は、地元のみならず、全国的にもとても人気のある戦国大名です。
【滋賀県民は「浅井長政」が「織田信長」並みに有名であると信じて疑わない・・・という説もあります(笑)。】
 歴史好きにはたまらない(?!)、アツイ湖北の夏を要チェック!!3館同時開催の特別展ですので共通チケットも用意されていて、おトクに会場を訪れることができます。

【長浜城歴史博物館 】
浅井三代に関する資料や、長政の長女茶々(のちの淀殿)が、父・長政の菩提を弔うために建立した京都の養源院に伝わる貴重な宝物を展示。
〔長浜・浄信寺所蔵/文化館寄託:東王父西王母図(県指定 海北友松筆 6曲1双)も公開中!〕    
 

【浅井歴史民俗資料館】
織田信長・徳川家康の連合軍と、浅井長政・朝倉義景の連合軍が激突した「姉川の合戦」を知りたければココ!
小谷城落城後、浅井三姉妹が隠れたと伝わる実宰院をはじめ、北近江の寺社に伝わる浅井三代に関係する資料や宝物を展示。  
 

【小谷城戦国歴史資料館 】
三代にわたり浅井氏の居城となった小谷城。信長も攻めあぐねた強大賢固な山城のことを知りたければココ!
小谷城下にあった寺院に伝わる寺宝や様々な資料を特別公開!
〔小谷城址保勝会所蔵/文化館寄託:浅井長政像(県指定 1幅)を公開中!〕  

 各会場には、滋賀のほかに、県外ナンバーの車もチラホラと・・・福井、岐阜、尾張小牧、三河、三重、大阪、なにわ・・・むむむ、敵情視察か?!

 いやぁ、アツイ・・・戦国がアツイ!実はワタクシ的に、理由がございまして・・・。というのも、最近たまたま、芳文社コミックスの『信長のシェフ』という漫画にドハマリいたしまして・・・ご存じです?(ドラマにもなってましたね。)現代の料理人が戦国時代にタイムスリップするという奇想天外なお話なのですが、これがまたよく出来たストーリー展開・・・漫画とは思えないリアルさ!なのです!!実はその影響・・・えへへ。
 浅井長政は3巻あたりから登場し、衝撃のラストは・・・おっとこれは、読んでのお楽しみ!とても魅力的に描かれています。歴史を勉強する学生さんにもオススメの漫画です(現在~32巻まで発刊:まだまだ続きそうな予感・・・!!)。

 当館に浅井長政公の肖像画をご寄託いただいているご縁で、ワタクシもかなり勉強いたしました。特に近江・滋賀にゆかりのある歴史上の登場人物については、ご覧の通りのマニアぶり↓(笑)。この方たちの活躍の場は? それも・ お楽しみに!・・・デス♪

筆:あきつ

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2022夏/滋賀でちょこっとテンション上げる↑↑

 学生の皆さんは現在夏休みの真っ盛り?大人は一所懸命・働いてますよぉ~。ということで!大人にも気分転換は必要!今日は、夏の滋賀で繰り広げられた「これな~んだ?」の、ちょこっとテンション上がる風景をご紹介します。

  先ずはコチラ。琵琶湖にナゾの要塞が出現してます!湖上に建つ当館以外にも、こんなモノが琵琶湖に出現ッ?場所は湖東:彦根市の松原水泳場。ピンときた人もいるでしょう。

  実はこれ、毎年、琵琶湖を舞台に熱い戦いが繰り広げられる「鳥人間コンテスト」(放送:読〇テレビ)のステージ、その成れの果て・・・デス。


 残念ながら本戦は7月23日と24日に終わっているので、滑走路(?)も取り外され、さながら「兵どもが夢の跡・・・」状態。それでも、何故かテンションが上がる、湖岸の風景でございました(撮影8月2日)。

  次に紹介するのは、田園に点々と並ぶ車の列・・・さて何でしょう?まるで映画の「フィールド・オブ・ドリームス」のような(あれ?わかる人少ない?)。車から降りて、皆さん同じ方向を向いておいでです。↓

 撮影は8月7日、場所は湖西:高島市。ピンときた人もいるでしょう。実はこれ、航空自衛隊「ブルーインパルス」の飛行を、今か今かと待ちわびる人たちの車の列です。[※メイン会場は今津総合運動公園でしたが、渋滞を避けるべく、隣りの新旭町に陣取りました(笑) ] そして午後1時半、6機の機体が青空に・・・!

  滋賀での飛行は、2017年の彦根市以来2回目。近づくエンジン音の「先の先」を見ないと機体が見つけられません!早!(笑)。この「来るぞ来るぞ」の高揚感は、子どもたちだけでなく、大人も存分に楽しめました♪


 
 この日、当初の予測3万人を上回る約11万人の来場があったのだとか。帰りの国道は、案の定の大渋滞が発生そうです・・・やはり!
 皆さん無事家にたどり着けましたか?気分転換できました?大変お疲れさまでした !  

  われらが「あきつブログ」、今日ご紹介した2件を何とか「文化財」に絡めて書こう・・・としたのですが、結果無理でした(笑)。そんな日もあっていいかな?あきつブログ♪

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打出のコヅチ第3回 番外編 ~ご質問にお答えします~

 前回「第2回」の講座ブログでも紹介しました「打出のコヅチ番外編」!ご好評につき「第3回」についても、皆さんのアンケートに書かれた質問について、この場を借りてお答えすることといたしましょう♪「番外編」を楽しみにして下さっている受講者もいらっしゃるようです。「しっかりお答えせねば」と今回も力が入ります。いただいた質問について、講師を務められた矢田直樹氏にお尋ねましたので、皆さんにもご紹介したいと思います。

 (質問①)修理・新調を請け負う業者は、ほとんど滋賀県内にあるのですか?

 講座では曳山の修理について、滋賀県文化財保護課制作の「近江の曳山祭と曳山修理~祭りを支える技~」の映像を視聴しました。総合文化財と言われる山車の各部分を修理する職人さん達の姿が紹介されていましたね。木材で出来た車輪は木工職人、塗装には漆塗りの職人、飾り金具には彫金の職人、幕を織る職人と、様々な職人さんが関わっておられます。

You Tube「近江の曳山祭と曳山修理~祭りを支える技~」より

 動画で紹介された大津祭の曳山の一つ「月宮殿山(げっきゅうでんざん)」の前懸幕については、京都の株式会社龍村美術織物さんが手掛けられ、古い幕を織られた当時に近い状態で再現する“復元新調”が、滋賀県守山市の工場で行われました。幕など織物関係は、京都の会社が修理することが多いそうですが、一方で、滋賀県の文化財保存技術として、「曳山漆工品修理」や「曳山車輪鉄輪修理」が選定されていることから、漆塗りや、車輪の補強で付いている鉄輪の修理などは、県内の職人さんが担当されています。

 県内にはこうした曳山の修理や復元新調する技術を持つ職人さんが少なくなっているのが現状です。山車に使われる飾り金具は、これまで長浜の職人さんにお願いすることが多かったのですが、 先般お亡くなりになられたので、今後どうしていくか課題となっています。さらに車輪の復元新調は、県内の職人さんだけでなく、岐阜県高山市の職人さんにお願いすることもあるそうです。車輪を修理したり作ることができる職人さんが少なくなっているのが現状です。メンテナンスのことを考えると、近くに職人さんがいると安心なのですが、曳山の修理だけでは生計が成り立たないという事情もあります。矢田氏が仰るには「保存修理を通して、県内を中心に、伝統の技術を持つ職人さんの技術継承や後継者の育成を図っていきたい 」とのこと。 伝統を守ることが、一朝一夕ではかなわない時間のかかる、大変なことだとヒシヒシと伝わります。

 (質問②)祇園祭の山鉾と近江の曳山は、作りに大きいな違いがあるのですか?

 今年3年振りに、山鉾巡行が行われた京都・祇園祭。ニュースで数々の山鉾をご覧になった方も多いのではないでしょうか。絢爛豪華な山鉾が圧巻でしたよね。ご質問は「“祇園祭”と“近江の曳山”との違い」についてですが、“近江の曳山”とひとことで言っても、大津祭や長浜曳山祭、日野祭、水口祭、米原曳山祭と、県内には様々な曳山祭があります。それぞれに個性があり、同じものはありません。

 例えば、長浜や米原の曳山には歌舞伎舞台があり、祇園祭の山鉾とは大きく異なります。山車の車輪にも違いがあり、 祇園祭の山鉾が四輪であるのに対して大津祭は三輪です。また、大津や日野や水口は、祇園祭の山鉾のように御所車の形ですが、米原と長浜の曳山は、直径90cmはある大きな丸太を使った車輪です。同じ県内の曳山でもここまで違うとは…!

 今回上げた例は、ほんの一部です。皆さんもそれぞれの曳山の違い見つけてみてくださいね。

 さて今回、アンケート通して、より深く民俗文化財のことを知ることができました。ブログスペースの関係上、全てのご質問にお答えすることは出来ませんが、この「番外編」をきっかけに、皆さんの興味の幅が広がればいいな~と思っています♪

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