8月前半のあの猛暑がウソのようで、このごろは朝晩めっきり涼しく過ごしやすくなってきましたね。黄色みを増してきた田んぼに、あきつ君の仲間たちがスイスイと飛び回る様子も見られるようになり。。。今年はちょっぴり早めの秋となりそうです。
今日はまず、8月の文化館ホームページのアクセス数をご報告いたしましょう。この1ヶ月にご訪問いただいた方は、なんと2,000件の壁を突破して、2,402件となりました!!本当に多くの方にご訪問いただいて驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!!
8月もまた、皆さまには「収蔵品紹介」や「花湖さんの打出のコヅチ」ほか、いろいろなページをご覧いただいたようですが、ちょっと気になるのは「検索キーワード」。こちらもバラエティーに富んでいるのですが、なかでも「中江藤樹」「北村季吟」「松尾芭蕉」「寂室元光」などなど、滋賀ゆかりの人物が目立つような気がします。。。夏休みでしたので、自由研究などで調べていたお子さんもいらっしゃったのでしょうか?文化館のホームページには、滋賀の歴史や文化財に関するお役立ち情報をたくさん掲載しています。気になることがあった時、宿題やレポートのテーマに困った時(!?)には、ぜひ一度覗いてみて下さいネ!!
さてさて、早いものでもう9月に入りました。昨日9月1日は[防災の日]ということで、地域などでの防災訓練に参加された方もいらっしゃるかと思います。「防災の日」というのは、1960年(昭和35年)に制定された啓発日ですが、9月1日の日付は、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災にちなんだものだということです。
関東大震災といえば、「浮城モノ語り」の最新作、第64話「昭和天皇と杉浦重剛」の中で、大正12年、杉浦重剛が関東大震災に罹災して、茫然自失となった想いを詠んだ詩「大震皆傾殆不支」をご紹介しております。杉浦自作のこの詩は、安政2年(1855)の大地震を思わせるという所感が述べられるなど、極めてリアルな実感がこめられたものとなっています。安政2年(1855)10月2日関東地方南部で発生したM7クラスの大地震の鮮明な記憶は、この年3月に生まれたばかりの重剛には、恐らくほとんどなかったでしょうが、彼はきっと、その後に周囲の人々から繰り返し聞かされた震災の経験を、自らの内面にしっかりと受け止めていたのでしょうね。「防災の日」(9/1)と「防災週間」(8/30~9/5)にちなんで、こちらの方もぜひ一度ご覧ください。
それでは、9月もまた文化館ホームページをよろしくお願いしま~す!!
土山歴史民俗資料館で開催されました。前回(7/27)のように台風の襲撃に怯えることなく、会場には前回を上回る大勢の方々がお越し下さいました。
こちらの写真で、皆さんが熱心に覗き込んでおられるのは、明治天皇の諱(いみな=実名)である「睦仁(むつひと)」という御名前が書かれた資料の辺り・・・講師が特にアツく解説させていただいたトコロです!!(何故なら昨年詳しく資料調査をし、
写真に見えるのは、「龍図(塩川文麟筆)と「巖上咆哮猛虎図(岸岱筆)」ですね。文化館の数ある絵画作品の中から、特にこの2幅を選んだ理由の一つに、龍と虎は古来、英雄や天子などを象徴する画題として意識されてきたことが挙げられます。龍虎の猛々しさや神秘的なイメージが、天皇を象徴するもの、あるいは宮家に好まれる画題であったことも、こうしてみると理解できるような気がしますね。
昨日は消防設備の点検日。館内に設置されている消火栓や自動火災報知機、防排煙設備について、専門業者さんに点検していただきました。何事もないのが当たり前、普段使わないのが当たり前・・・の消防設備。であるからこそ、なおさらこのような定期点検が、重要になります。
最後には、訓練も兼ねて消火栓(消火ホース)の使い方を教わりました。先ずはホースを確実に伸ばしきること(折れたり捩じれたりしていては×)。そして大事なのが協力者との声かけ!ノズルを持つ(火元に近い)人は、「スタンバイOK!」や「放水よし!」など、準備ができたことを大きな声で知らせます。それを受けて消火栓側の人は「水送ります!」と合図をして、ポンプ起動ボタンを押し、水栓バルブを開きます。
準備が出来ていないのに、慌てて水を送ると、ホースが途中で暴れたり、ノズルを手放してしまったりすることがあるので、それも危険。いざという時こそしっかり声を出して、協力することが大事なんですね。訓練では、琵琶湖に向かって見事に水のアーチが出来ました。
天平17年(745)正月には新京と定められました。あの奈良の東大寺にある大仏は、はじめこの紫香楽宮の甲賀寺に造ろうとしていたようです。ところが、地震や山火事などが相次いだことで、天平17年(745)5月にはこの都の廃都を決め、天皇は奈良・平城京へと戻られ、大仏も奈良・東大寺での開眼となりました。大正時代に国の史跡に指定された内裏野地区(内裏という地名ですが実際は寺院跡)は、こんな所です。(写真→)
旅の途上、斎王の宿泊された場所が頓宮(とんぐう)です。都が奈良から京都へ移ってのち、群行は近江を経由するようになり、仁和2年(886)年から長和5年(1016)までの間、土山に置かれたのが垂水頓宮。頓宮は仮の宮なので、群行が行われる度に建てられ、それが終わると解体されたようです。今、国の史跡となっている垂水斎王頓宮跡は、このような森として残されていますが、ここに幾棟もの大きな建物が建てられてたことを想像してみて下さい…。
明智光秀が本能寺の変で信長を討った後、左馬之助は安土城の守備についていましたが、光秀が山崎の戦いで敗れたことを知り、急ぎ大津の坂本城へ向かいます。その途中、打出浜で敵に遭遇した左馬之助は、馬で琵琶湖を渡り(!)、柳が崎の浜にたどり着いたといいます(現在の陸路で3.5km程離れた所)。・・・馬が泳ぐ?大人を乗せて?水深結構ありますヨ?不思議なお話しですが、信念を貫く武士たちが活躍した時代・・・そのような事も起こり得るかと、妙に納得してしまいます。
この逸話を伝える石碑が、大津市内の2箇所に設置されています。1つは、当館(大津市打出浜)のすぐ近くにある、「明智左馬之助湖水渡」の碑。昭和36(1961)年に当館がオープンした時、未だ周辺が埋立地で文化館の他に何も建っていなかった頃の写真に、小さく確認することが出来ます。しかし、元々誰がいつ建てたものか等、詳しいことはわかっていません。今は土の下に埋まっていますが、全文では「明智左馬之助湖水渡ところ」と刻まれています。
現在、甲賀市土山歴史民俗資料館にて開催中の「歴代天皇と近江-滋賀県立琵琶湖文化館 館蔵品より-」展。4日(日)には、夏休みKIDSワークショップ『元号を書いてみよう』が開催されました。
先ずは、甲賀市教育委員会歴史文化財課資料調査員の伊藤誠之氏から、元号についての解説です。みなさんご存じでした?!元号はもともと中国で始まり、中国の影響を受けた東アジアでは元号を使うことが多かったのですが、21世紀になっても使っているのはなんと日本だけ!なのだそうです!!現在は1人の天皇に1つの元号と決まっていますが、昔は1人の天皇の在位期間中でも様々な理由で(めずらしい・めでたい出来事があった、天皇の即位、災害など)、短い間に何度も変わることもありました。
また、日本の元号の始まりは、大化改新(西暦645年)の「大化」で、それ以降「令和」も入れて248個あるのだとか(諸説あり)。でも実は、元号に使われた漢字は73文字だけで、同じ漢字が繰り返し使われていることが多いようです。トップ3は、永(29回)・天(27回)・元(27回)。なるほどよく見る文字ですね。(ちなみに令和の「令」や平成の「成」は1回しか使われていないそうです!)いやぁ、子どもだけでなく大人も豆知識が増えるふえる(笑)。
いざ書き出したら筆が止まらない(笑)。「先生、次書く紙が無い!」「書いたの置く場所が無い!」と、どんどん書いていきます。子ども達の『ハマりっぷり』には、こちらも嬉しくなりました(笑)。

昨日の大津は、日中の最高気温が34℃という真夏日になりましたが、そんな中、滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」第4回を開催いたしました。



ところで、びわ湖大花火大会には毎年テーマがあるのですが、今年のテーマは[戦国ワンダーランド滋賀・びわ湖]なのだそうです。みなさん、「戦国」ですよ~。滋賀では来年の大河ドラマ『麒麟がくる』に向けて「戦国」一色の様相となってきておりますが(因みに滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」第4回第5回のテーマも戦国時代・明智光秀デス!)、他府県からも大勢の方がいらっしゃるこの花火大会をきっかけに、滋賀の歴史と文化に興味を持って頂いたなら、嬉しいですね。そして、そんな方々へも更なるお役立ち情報が届くよう、文化館からも情報発信をドンドンしていきたいと思っています。
令和初の上陸台風が紀伊半島をかすめていった27日(土)、甲賀市土山歴史民俗資料館では、地域連携企画展「歴代天皇と近江-滋賀県立琵琶湖文化館 館蔵品より-」の初日を迎えました。台風の影響を心配しながらも、この日は開催記念のギャラリートークを実施。雨の中、熱心な方々がお集まり下さいました。
紫香楽宮が営まれ、また、天皇の名代として皇女が伊勢神宮へ赴く「斎王群行」の道筋となるなど、甲賀市域は県内でも特に天皇家と関わりの深い土地柄です。「この展覧会を開催するのに、県内でこれほどふさわしい地域はない!是非歴史を身近に感じてほしい」との、講師の熱い言葉で、ギャラリートークは始まりました。
そして第2章の「歴代天皇の書-『宸翰(しんかん)』の魅力」では、先ずは『宸翰』たるものとは何ぞや?!というお話から・・・。そうなんですよね~。今回の展示でどうしようかと頭を悩ませたのが、如何せんコトバが難しいところ。。。つまりは「天皇さまがお書きになった書」のことなのですが、「○○天皇宸翰」と書かれると急に難しく感じてしまいますよね。そしてあとに続く「御詠草」や「御懐紙」などなど。これらは○○天皇が詠んだ歌を書いたもの、清書したもの・・・なのですが、講師曰く、見ていたただく際には、「(そのような難しい言葉にとらわれず)書かれている全体を見てほしい。
天皇のお人柄をうかがい知ることができるこれらの書について、表装も含めておおらかに見ていただければ」とのことでした。ナルホドですね。つい何と書いてあるのか知りたくもなりますが、それぞれの書にそれぞれの特徴があり、「この書を書かれた天皇さまが在位されていた時代はどんな時代だったんだろう・・・」なんて深めていくと、もっと面白いにちがいありません。歴史を知るきっかけになれば嬉しいですね。
実は、企画段階で関係する誰もが、「予定している全ての作品がうまくケースに収まるのか?!」、内心ドキドキしていたみたいなのですが(笑)、そこは知恵を出し合って、「完璧に展示しきった!!」とのことでしたヨ。
なんとも頼もしい(笑)。どうも現場にしかわからないご苦労があるようです(笑笑)。


館としての一大イベントでもありますので、みんなで盛り上げることを楽しんでいます。
展覧会の開催準備に追われる学芸員さんたちの間で呟かれる、魔法の言葉があると聞きます。・・・『開かない展覧会はない』・・・(笑)。本展の担当さんは、「大丈夫!」「おっけい!」「問題なし!」が最近の口癖になってます(笑笑)。開催までまもなくです!みなさんも楽しみにしていてくださ~い。

●内容・講師:







5月に開催された滋賀の文化財講座花湖さんの打出のコヅチ第1回では、「伝統音楽を守る~邦楽器の糸製作」のお話をうかがい、すごく興味をそそられ、それからどうも、思考回路が影響を受けてしまったみたいなのですよ(笑)。
これは、昭和の作品ですが、国の選定保存技術(本藍染)の技術保持者であった紺九(こんく)の三代目森卯一氏が染めた糸を用いて織り出された布です。
近畿地方は梅雨入り直前。うっとうしいお天気続きに、気分も滅入りがちになりますが。。。そんな時こそ、あきつブログで新しい情報を仕入れて、ワクワク・ドキドキはいかがでしょうか?
今年は、お代替わりによって天皇家への注目が集まっていますよね。そんなご時世にも敏感な文化館。館蔵品の中から、今までまとめて展示される機会が少なかった、歴代天皇に関係する選りすぐりの資料をご覧に入れることになりました!(展覧会の概要は





これは例年同時期と比較しても多い人数とのこと!!ご観賞いただきましたみなさま、本当に有り難うございました。
改めて、会場館として盛り上げて下さった草津市立草津宿街道交流館、ならびに、主催事業として展覧会を引っ張って下さった滋賀県立近代美術館のみなさまに、心より感謝申し上げます。
琵琶湖文化館にも勤務されている滋賀県教育委員会文化財保護課の矢田直樹主査と、スペシャルゲストとして、この絹弦を明治以来作り続けておられる長浜市木之本町の丸三ハシモト株式会社の橋本英宗氏にご登壇いただき、絹弦制作の実情や、絹弦を世界に発信していくチャレンジについてお話しいただきました。講座に参加された100名の受講生のみなさんは、終始和やかな雰囲気で、講師のお話に耳を傾けていらっしゃいました。
この機械化の時代、糸の撚りや糊付けなど、ほとんどの工程を手作業で行っている実態にビックリ。生産量の少ない弦は逆に手作業の方が小回りが利いて良いのだとか。それと、手作業でなければ演奏者一人一人の好みに合わせた弦は作れないそうです。伝統産業は、効率化だけがすべてではないのですね。しみじみ。
大型連休、明けまして、こんにちは(笑)。この連休中には元号が新しく「令和」となりましたね。テレビでは平成を振り返る歌番組や特集番組、明けては改元のお祝いムードに盛り上がる街の様子が放送され、気分はもう、ほとんどお正月(笑)。お天気に恵まれたこともあり、レジャー施設や博物館・美術館なども、たくさんの人で賑わったようです。みなさんはどうでしたか?なが~いお休みで気持ちも新たにリフレッシュ!??!お正月並みに心機一転、気持ち爽やかに過ごしてまいりましょう!
鍋冠祭は、例年5月3日に行われ、筑摩・上多良・中多良・下多良地域の氏子が参加し、筑摩神社まで琵琶湖沿いを祭礼渡御が練り歩きます。特に7~8歳の少女が緑の狩衣に緋色の袴すがたで、頭に張り子の鍋をかぶって行列する様子がとても印象的で、古くは平安時代に書かれた「伊勢物語」の中にも登場するなど、とても歴史のある伝統的なお祭りです(米原市指定無形民俗文化財)。
実は、当館にはこのお祭りを描いた「鍋冠祭図」という作品があります。作者は江戸時代後期の絵師:吉村孝敬(よしむら こうけい・1769~1836)です。

こちらの踊りは、今年5月4日の例大祭でも見ることができます。
本日、ご紹介したいのが、琵琶湖の西側、高島市勝野にある日吉神社の春の例祭「大溝(おおみぞ)祭り」です。湖西随一の曳山祭で5月3日に宵宮、4日に本祭が執り行われます。
それからちょうど400年、節目の年にあたる今年、地元のみなさんのチカラの入れようは、ハンパではありません!!すでにJR近江高島駅には各町【湊(みなと)・巴(ともえ)・宝(たから)・勇(いさみ)・龍(りょう) 】の提灯が飾られ、お祭りムードを盛り上げています。
高島市教育委員会事務局文化財課さんとタッグを組んで、近江高島駅周辺の遺跡、文化財の展示紹介をされているとのこと。大溝城跡の調査成果や出土瓦とあわせて、ミニチュア曳山も紹介されています。こちらで知識・情報を得てから、お祭りを楽しむのもテですよね。JR湖西線ご利用の際には是非チェックしてみて下さい。(ちなみに