もうすぐ麒麟がやってくる!

放送開始が予定より2週間遅くなったNHK大河ドラマ。今年の「麒麟がくる」は、あの明智光秀が主人公の戦国ものということで、19日(日)の第1回目の放送をまだかまだかとお待ちの方が、数多くいらっしゃることでしょう。そんな中、昨日飛び込んできた光秀関連のニュース。ご覧になりましたか?京都新聞の1面を飾り、インターネットのニュースにも取り上げられたので、ご存知の方も多いと思いますが、「光秀の出生地に関して新たな古文書が滋賀県で確認された」という、ドラマ開始直前に滋賀県民にとっては、とっても興味深いニュースです。

ドラマに関して、今一番気になるのは、(おそらく)第1回目で放送される(であろう)光秀生誕の場面でしょう。光秀の生誕地については、岐阜県内とする説がいくつかあるのですが、近年新たに滋賀県の”多賀出生説”が浮上してきているのは、皆さまご存知でしょうか?昨年8月の文化館の講座「花湖さんの打出のコヅチ」に参加された方などは、井上優氏(県教委・文化館)の唱える「光秀・多賀出生説」をお聞きになっておられるでしょうし、その後、新聞などでも何度か取り上げられましたので、「知ってるよ!」という方も少しずつ増えているかも知れませんね。

「光秀・多賀出生説」というのは、井上氏によると、江戸時代、貞享年間(1684~88)に描かれた『淡海温故録(おうみおんころく)』(琵琶湖文化館所蔵)の中の記述に加え、地元に残る伝承などから、滋賀県多賀町の佐目で生まれた可能性があるということでした(詳しくはコチラ)(写真は、多賀町佐目の「十兵衛屋敷跡」=伝光秀住居跡)。今回のニュースは、その『淡海温故録』を遡る、1672(寛文12)年編さんの古文書『江侍聞伝録(ごうじもんでんろく)』(県立図書館所蔵)に、「明智十左衛門という侍が美濃から佐目へ逃れて来て、2・3代のちに光秀が生まれた」と書かれていることが確認されたということです。

いや~、オドロキましたね。本能寺の変、山崎の戦いのあった1582(天正10)年からまだ90年しか経っていない時に書かれたものですよ。ひょっとすると地元の古老から直に聞いた話だったりして!こんな大事なことを書き残してくれた筆者の木村重要もスゴイ人ですが、そんな記録を丹念に拾い上げた井上氏の努力にも脱帽です!

さあ、このように光秀研究は、地道ながらも着実に深化している訳ですが、大河ドラマの中でこの「多賀出生説」は取り上げてもらえるのでしょうか?『淡海温故録』を長く大切に保管してまいりました琵琶湖文化館としては、人一倍ハラハラしながら、キリンのように首を長くして (笑)、放映を待ちわびているところです。

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12月のホームページアクセス数

新年あけましておめでとうございます。年末年始のお休み、今回は多くの方がちょっと長めだったのではないでしょうか?皆さまゆっくりとお過ごしになられたことと思います。文化館も今年は、本日6日が仕事始めとなっております。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

それではまず、昨年12月のホームページアクセス数のご報告から。年末の12月、皆さまなにかとご多忙だったことと思いますが、そんな中でも当館ホームページへ1,525件のご訪問を頂きました。どうもありがとうございました。

年が明けて、令和2(2020)年。干支は十二支の最初に戻って「子」ですね。ネズミというと、『古事記』にある大国主命を助けた話から「福の神の使い」とされ、また「蔵に白ネズミがいると家が繁栄する」と喜ばれたようですが、実は、文化館の蔵(収蔵庫)の中にも「白ネズミ」が住んでいるんですよ!と言っても、慌てないで下さいね。この写真の「白ネズミ」にごチュー目下さい。お餅のようにふっくらした「白ネズミ」ちゃんのお気に入りの場所は膳所焼の茶碗で、生まれてからずっとこの茶碗と共におりまチュよ(笑)。

冗談はさておき、膳所焼というのは皆さまご存知でしたか?(この作品は白いのですが)黒身をおびた重厚な色彩と気品、また鉄釉の美しさで、茶道の世界でよく知られているやきものです。膳所焼は、江戸時代の初めに膳所藩の御用窯として生まれたのち、しばらくして衰退していたのですが、大正8(1919)年、伝統が失われることを惜しんだ膳所町在住の岩崎健三の、家財を売りつくしてまでの努力(涙)により復興されるに至りました。

文化館のこの茶碗は、納められた箱の箱書きによると、ネズミの絵付けは、当時帝室技芸員(皇室の美術・工芸品の制作をした美術家)で、岩崎の良き協力者でもあった山元春挙の手によるもので、大正13(1924)年(干支は子!)の宮中歌会始めにおいて出された勅題「新年言志(新しき年に志を言う)」に因んで作られたものだということです。

「新年言志」というと、皆さまは、新しい年に心に誓った「志」って何かありましたか?蔵(収蔵庫)に白ネズミのいる我が文化館は、もちろん!今年も滋賀の大切な文化財を守り伝え、ますます“繁栄”の年としたいと思いますが、まずは、2月8日(土)からの地域連携展第3弾「安土・桃山時代の近江展」の開催、ですね?準備は着々と進んでおりますので、皆さまに楽しんで頂けるよう、頑張ります!!以上、文化館の「新年言志」でした。

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祝)新指定 滋賀県指定文化財

今年もあと数日で終ろうとしている昨日、嬉しいニュースが飛び込んできましたよ。新たに滋賀県が指定(または選定)した文化財が発表されました!新指定(選定)となったのは、次の8件です!

有形文化財
【建造物】五箇(ごか)神社本殿・拝殿:同神社(東近江市)
【絵 画】絹本著色釈迦諸尊集会図(けんぽんちゃくしょくしゃかしょそんしゅうえず)
     :成菩提院(米原市)
【彫 刻】銅造誕生釈迦仏立像:阿弥陀寺(甲賀市)
【工芸品】黒漆金銅装蔓柏文鞍(こくしつこんどうそうつるかしわもんくら)
     :五百井神社(栗東市)
【考古資料】上御殿(かみごてん)遺跡出土短剣鋳型:滋賀県
史跡名勝天然記念物
【史 跡】相谷熊原遺跡(東近江市と個人7人)
     オウゴ古墳(竜王町と個人6人)
選定保存技術
曳山(ひきやま)車輪鉄輪修理:【保持者】草野清弘さん、草野昌基さん兄弟(長浜市)

この中で、【絵画】で指定された絹本著色釈迦諸尊集会図は、現在、当館に寄託されています。お釈迦さまが法華経の教えを説き、法華経を守護するほとけさまたちが一堂に会する様子が色鮮やかに描かれた、とても美しい仏画です。当館ウェブサイト「収蔵品紹介」のコーナーに詳しい内容と写真を、特別に紹介していますので、こちらも是非チェックして下さいね。

指定文化財が増えるということは、宝物が増えたような、滋賀県の地域力がアップしたような、そんな気がしますよね。厚みが増したというか・・・。過去から受け継がれ、未来に引き継ぎたい滋賀の文化財。地域の誇りとして、末永く大切にしていきたいものですね。

年の瀬の嬉しいニュースに、気分も晴れ晴れ。きっと明るい新年が待っているに違いない・・・!! 猪(ちょ)っとこれはもう子(ね)ずに年越しを迎えるしかない?!
それでは皆さんよいお年をです~~~!

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文化財入門セミナー「仏像に親しむ」のご案内

2019年も残りあとわずか。年が明けたら何か新しいことを学びたい!とお思いの方もいらっしゃると思います。今日はそんな方へ耳よりの情報、滋賀県教育委員会文化財保護課さんの方で開催される文化財入門セミナー「仏像に親しむ」のご案内です。

皆さんのなかには「仏像に興味はあるのだけど、いざ見に行くと名前なんかも難しくてちょっと…」という方もいらっしゃるのではありませんか?今回のセミナーでは、専門家の先生から、滋賀県に伝わる仏像の特徴や文化財としての仏像修理の最新情報を、初心者にもわかりやすく紹介していただけるそうですよ。ぜひこの機会に参加して、これから仏像に親しむ”きっかけ”にして下さい。もちろん、もうすでに「仏像大好き♡」という方も大~歓迎です!!

参加お申込みはFAX・電話・メールで、下記の滋賀県教育委員会文化財保護課まで(締め切り1月16日(木))。(文化館では受け付けておりませんので、お間違えのないようにお願いします。)

 日時:令和2年(2020年)1月19日(日)10:30~15:45 ※10:00開場
 会場:ピアザホール(滋賀県大津市におの浜一丁目1番20号 ピアザ淡海2階) 
 内容:「入門セミナー 仏像に親しむ」
  10:30~10:40 開会挨拶
  10:40~11:55 講演「奈良の大仏と京の大仏」 講師:神田雅章氏(龍谷大学教授)
  13:00~14:15 講演「近江の仏像―平安時代の彫刻を中心に―」
            講師:高梨純次氏(公益財団法人秀明文化財団参事)
  14:30~15:45 講演「仏像修理の世界」 講師:高橋利明氏(楽浪文化財修理所所長)
 主催:滋賀県教育委員会
 定員:400名(事前申込制・先着順)
 参加費:無料 

【参加申込方法】
 FAX・電話・メールに住所(市町まで)・氏名(ふりがな)・連絡先(携帯電話推奨)を記入の上、滋賀県教育委員会事務局文化財保護課まで申し込み。申込締切:令和2年1月16日(木)午後5時

【参加申込・問い合わせ先】
 滋賀県教育委員会事務局文化財保護課 美術工芸・民俗係
 〒520-8577滋賀県大津市京町四丁目1番1号
       TEL:077-528-4672 FAX:077-528-4956
       E-mail:ma07@pref.shiga.lg.jp

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「湖東三山 金剛輪寺の名宝」展 開催御礼

終わってみれば1ヶ月半があっという間でした・・・。11月1日から始まった地域連携企画展「湖東三山 金剛輪寺の名宝-滋賀県立琵琶湖文化館寄託品里帰り特別公開-」が15日で終了。会期中8千人を超える(!)多くの方々が会場を訪れ、紅葉を彩る金剛輪寺さまの寺宝の数々をご覧いただくことができました。本当に有り難うございました。

この地域連携企画展、本年度においては県内3地域において、当該地域とゆかりのある琵琶湖文化館の収蔵品を中心に、各地の博物館・資料館と連携して開催し、休館中である当館の収蔵品を多くの方々にご覧いただこうという趣旨で実施しております。その第2弾であった本展は、愛荘町立歴史文化博物館さんとの連携でした。紅葉のベストシーズンに本展を企画していただき、両館に寄託されている作品を一堂に展覧する機会を得たことで、金剛輪寺さまの歴史・文化財についてより奥行き深く皆さんにご紹介できたのではないかと思っていますが、いかがでしたか?

そして、連携したのは館だけではありません。お気付きでしたでしょうか。金剛輪寺さまと西明寺さまのそれぞれ時代の異なる「十六羅漢像」が並べて展示されていましたよね。湖東の近接する天台宗寺院にこのような本格的な作例が残っているということも、その地域を知る上で驚きであったのではないでしょうか。
所有者さまならびに歴史文化博物館の皆さまのご理解ご協力を得て、このような展覧会を開催できたことを、職員一同心から喜んでいます。「地域連携」企画展ココにあり!です。本当に有り難うございました。


さて、次なる地域連携企画展は、安土城考古博物館さんとの連携で「安土・桃山時代の近江展―琵琶湖文化館収蔵品を中心に―」を開催します。こちらもどうぞご期待下さいね。

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「湖東三山 金剛輪寺の名宝」展 ギャラリートーク

湖国の紅葉もそろそろ見納めかな?という12月1日、「湖東三山 金剛輪寺の名宝」展を開催中の愛荘町立歴史文化博物館では、ギャラリートークが行われました。会場では、地域の方や観光ボランティアの方、また観光で偶然立ち寄られたと思しき方など、25名が講師の話に熱心に耳を傾けられました。
今回の講師は、仏教美術の中でも彫刻が専門の和澄学芸員。先ずは滋賀県には多くの優れた文化財が残っていることのスゴさ、すばらしさを紹介。続いて金剛輪寺さまがどのようなお寺さまか、主に彫刻作品をスクリーンで紹介しながらトークは進みました。

続いて実際に作品を見ながら解説では、先ずは「孔雀文磬(けい)」の説明から・・・「よっしきた!」と先日ブログで紹介していた筆者:あきつとしては心の中でガッツポーズ(笑)。さらに『磬の”へ”の字の角度が緩いと作品年代が古く、時代が進むとどんどん角度が強くなっていく。この孔雀文磬は角度が緩やかで裏に製作年代(1222年:鎌倉時代)がはっきり書かれているので時代の参考になるいい作品です』と、なるほどの豆知識(!)も披露されました。これがギャラリートークの醍醐味デス。
そして、”豆”つながりで、個人的(個トンボ的?)に皆さんにぜひ紹介したい(!)のが、「漆塗太鼓形酒筒(うるしぬりたいこがたしゅとう)」です。この酒筒は、形は太鼓のように見えますが、用途としては祝いの席などでお酒をふるまう酒樽で、愛荘町の指定文化財にもなっています。皆さんは「日本昔ばなし」に出てくる『豆の木太鼓』をご存知ですか?和尚さんが残しておいたそら豆を小僧さんがこっそり食べてしまうアノお話です。実は、大木に育ったそら豆の木で作った太鼓がこの「漆塗太鼓形酒筒」だといういわれが残っているのです!(・・・実際にはケヤキ製・・・という不思議には目をつむり・・・)昔話を大切に語り継ぐ作品に出会えるなんて、何だかとてもステキです。
※フリーペーパー:滋賀の文化情報誌「Duet」2019秋号(サンライズ出版発行)にも紹介されています!

もう1つ、おそらく今回講師が一番熱く語らせていただいたのが、木造の阿弥陀如来立像です。「寺外初公開」でも注目をされていますが、いつもは国宝の本堂の後陣に安置されているほとけさまで、今回、特別に、本展覧会のために、お堂からお出ましいただきました(展覧会担当:ギャラリートーク講師:彫刻が専門:和澄学芸員たっての願いにより実現!)。阿弥陀如来は、極楽浄土から雲に乗ってお迎えにきてくだる姿が表現されていますので、少し前傾姿勢であることがわかります。衣や雲が風を受けて後方になびく様子などは、今回特別に厨子からお出ましいただいたからこそ拝めるお姿です。彫刻にうっとり:和澄学芸員は、「正面からだけではなくこの機会にぜひ横からも見てほしい」と熱く語っておりました(笑)。

最後に、あきつ君的豆知識を披露しておきましょう。「日本昔ばなし」つながりで、皆さん、『密僧坊(みっそうぼう)』をご存じですか?こちらも愛荘町さんのお話しです。ぜひチェックしてみてくださいね。
(会場にある記念スタンプ:向かって左が密僧坊!)

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11月のホームページアクセス数

12月がやってまいりました。今年は、平成から令和への改元もあり、1年のうちに2度目の年末を迎えるような、ちょっと不思議な感じもしております。平成31年が終わる時には、何かこれから、新しい明るい時代を迎えるような、大きな期待感に日本中が包まれたものですが、その期待通りに、まずは令和元年を締めくくれるよう、残りの一ヶ月も、明るく前向きに物事に取り組んでいきたいものですね。

さて、11月の文化館ホームページへのアクセス数ですが、こちらは1,796件となりました。秋の行楽シーズン。何かとお忙しい中にも、多くの方にHPをチェックして頂きましたこと、心より感謝いたします。この間どんなページをご覧いただいたかといいますと、やはり「展覧会」のページはよく見て頂いているようですね。11月から始まりました愛荘町での地域連携企画展「湖東三山 金剛輪寺の名宝-滋賀県立琵琶湖文化館寄託品里帰り特別公開-」は、12月15日(日)まで。残すところあと2週間です。「まだ行けてない~!」という方、今年の「やり残し」とならないよう、ぜひぜひ足をお運びくださいませ。

ところで、最近、湖岸歩道にある当館の掲示板に新たな掲示物が登場しています。というのも、職員が外で作業をしていると、通りがかりの方から「あの屋根のトンボは何?」「あそこの銅像は誰?」、というご質問をいただくことがありました。ナルホド皆さん気になる?(トンボはあきあかね)(銅像は明治・大正期の政治家:井上敬之助氏)ということで、さっそく「屋根の上になぜトンボ?」と「あの人は誰?-井上敬之助 銅像-」の2枚の解説を用意させていただいたという訳です。HPでは、「あきつ君について」および「浮城モノ語り第46話 井上敬之助 銅像」で紹介していますが、これらを貼り出してから、掲示板前で足を止めて読んで下さる方がグッと増えたような気がします。中には掲示板を読んでから、上を見上げて「あ、本当にトンボがいるわ」と気付かれる方も(笑)。

さらにデス。この度、11月のHPアクセス数をチェックしたところ、なんと検索キーワードの中にも「井上敬之助」と「トンボ」の文字が☆キラリ☆と光り、ページビューのランキングでも、「浮城モノ語り第46話 井上敬之助 銅像」が、34位→18位へと大躍進していることを発見。これってもしかして、”掲示板効果”デスカ??

何はともあれ、皆さまの気になること、知りたいことにお答えできたのであれば、とっても嬉しいです。12月も、引き続き“お役立ち情報発信“していきますので、掲示板、HPともにどうぞご覧下さい!

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「湖東三山 金剛輪寺の名宝」展の工芸品

皆さん本展をご覧になって頂けましたか?金剛輪寺さまより当館がお預かりしている文化財の里帰り特別公開です。鈴鹿山脈に沿って南北に並ぶ西明寺、百済寺とともに「湖東三山」としても有名な天台の名刹。平安時代後半から鎌倉時代にかけて寺勢は隆盛をきわめ、この頃の文化財が数多く現存しています。本展では、その寺宝の数々が紹介されていますが、今日は、仏教工芸の文化財について、少しお話ししましょうか。

会場に入って先ず紹介されているのが「珠玉の工芸品」です。孔雀文磬、素文磬、金銅透彫華鬘、云々・・・待って帰らないでッ!!「難しい漢字に馴染みの薄いコトバでなんだかよくわからない」と諦めるのは未だ早い!「磬」や「華鬘」を何と読むのか、何であるのか、知っている人のほうが“稀”ではないでしょうか?「磬(けい)」や「華鬘(けまん)」は仏教工芸あるいは仏具に分類されます。純粋な金属工芸として鑑賞しても飽きることがなく、うっとりなんですよ~。

磬は法要に用いる楽器(梵音具:ぼんおんぐ)で、中央の撞座(つきざ)を叩いて音を鳴らします。出陳されている孔雀文磬(重文)も、撞座のあたりを中心に使用痕があるので、実際に使われていたことが分かります。どのような音が響いていたのでしょう?さて、磬に表された文様を見ていくと、撞座の左右に孔雀を配置しています。通常の孔雀文磬は左右対称の孔雀を表すことが多いのですが、こちらの磬をよ~く見てみると・・・、羽や脚の動きを左右で微妙に変えていますね。珍しい趣向を示しているものといえます。

一方華鬘は、仏堂内の柱や梁にかけて場を飾る装飾品(荘厳具:しょうごんぐ)として用いられます。金銅透彫華鬘(重文)は、銅板を切り透かす透彫(すかしぼり)したうえに線刻して、蓮華唐草文を表しています。同会場の特別展示室には現代に製作された復元模造がきらびやかなお姿で展示されています。こちらの華鬘の文様もじっくり見てみましょう!透彫は左右対称ですが、線刻は蓮の葉っぱのひるがえり方がちょっとだけ違います。う~ん、なかなか凝っていますね~。

出陳されている磬と華鬘、どちらも鎌倉時代を代表する金属工芸ですが、ぱっと見は左右対称のように見えるけれど、よく見ると少しだけ変えているのが分かって、「おもしろい!」と思える品だと思います。ぜひ展示室でじっくりご覧になってくださいね。

会場には、懸仏(かけぼとけ)や柄香炉(えごうろ)も展示されています。「へぇ~」「こんなのもあるの」と頭の片隅に置いていただけたなら、実際に寺院を訪れた時に「あっ、本当にある!」と気付く機会も増えると思いますよ。難しく考える前に、先ずは気軽にじっくりご鑑賞ください。
愛荘町立歴史文化博物館では、紅葉の見ごろを迎えた今週末、23(土)・24(日)は入館無料となります。また、12月1日(日)には、ギャラリートークもあります(13:30~)ので、ぜひ会場へ足をお運びくださいませ。

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あきつブログで楽しむ朝ドラ

突然ですが、皆さまは朝の連続テレビ小説「スカーレット」、ご覧になっていらっしゃいますか?11月からは、舞台が大阪から信楽へと戻り、滋賀県民としてはますます目が離せなくなってきましたね。ところで、多くの方は「信楽焼」と聞くと、「タヌキの置物」を思い浮かべるでしょう?確かに今、信楽の町を訪れると、道沿いにある陶器店の前に山のように並べられたカワイイ顔のタヌキの置物が、ニコニコと私たちを迎えてくれます。ところが、ドラマでは、どうもタヌキはそれほど登場しない。主人公の働き出した窯元にずらりと並んでいるのは「火鉢」ですし、お父さんが車に載せて運んでいるのも「火鉢」。「これってどういうこと???」と、ちょっと気になっている方もいらっしゃるのではないでしょうか?

信楽焼の歴史は古く鎌倉時代にまで遡りますが(主人公・喜美子が「旅のお伴に」と拾ったのは室町時代の壺らしきものの破片でしたね)、実はその中でタヌキの置物の歴史はまだまだ浅いのです。置物自体は明治・大正時代から作られていたのですが、戦後すぐの昭和26年、タヌキがお好きだったという昭和天皇の信楽行幸の際、タヌキの置物に日の丸の旗を持たせて歓迎したことがきっかけで有名になり、また、縁起ものとして喜ばれるようになり、全国へ広まったということです。

なるほど、ドラマは今、昭和30年代のはじめですか?確かに道沿いにポン!と置かれたリアルなお顔のタヌキも登場しますが、この頃はまだまだ本格的な「タヌキの時代」ではなかったようです。そして、「火鉢」というと、ほらあれです!このあきつブログを以前から読んで頂いている方は、きっと覚えていらっしゃるでしょう?今年1/282/5のブログでご紹介した信楽焼の火鉢のことを。信楽で明治時代から作られていた火鉢は、特に終戦後、全国へ飛ぶように売れ、それは「火鉢景気」と言われるほどだったそうです。ところが、昭和30年代に入って、火鉢は石油ストーブに取って代わられ、産地である信楽は苦しい時代を迎えることになります。ドラマは今まさにこの「火鉢の時代」に陰りが見え始めた頃なんですね。そんな背景を知っておくと、ドラマの展開がもっと楽しめること間違いなしデス。気になる方は、ぜひまた過去のブログを覗いてみて下さいネ!

文化館には、火鉢以外にも信楽焼の資料を収蔵しています。そんな収蔵品のことも、また追々いろいろな形で、皆さまにご紹介出来たら良いな~と思っております。どうぞ楽しみにしていて下さいね。それでは、今日はここまで!

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刀剣界

当館が収蔵している文化財「大津事件」にかかわる資料の特別観覧ということで、東京からご来館がありました。取材に来られたのは、全国刀剣商業協同組合の嶋田氏です。組合の機関紙「刀剣界」に、近代国家日本の発展と大津事件の関連について、概要を紹介したいとのことでした。刀剣界が注目?!そうなると、アレですね?!そうです、アレです。大津事件関係資料の「サーベル」です。

全国刀剣商業協同組合さんは、内閣総理大臣認可の刀剣商および刀職者のための協同組合として活動されています。言うなれば刀剣のスペシャリスト。「刃先と峰の間にある鎬(しのぎ)のヤマが少し減っているので、自分で(研いで)手入れをしていたのかもしれませんね」「錆が付いて銘は読めませんが、これが歴史の価値なんですよね」「いやぁ素晴らしい感激です」等々。全国で数々の刀剣類をご覧になっている嶋田氏。研ぎ澄まされた刀剣、美術品的価値の高い刀剣をご覧になる機会も多いと思いますが、だからこそ歴史的価値にもご理解のある言葉をいただけて光栄でした。

聞けば、前日は少し興奮してしまって眠れなかったとのこと。当館に来る途中で、「大津事件の碑」(現:大津市京町)にも立ち寄って来たと言っておられました。今でも多くの方が訪れる歴史を物語る場所です。明治24(1891)年に起きた事件ですが、それを物語る文化財にふれ、その地を訪れた嶋田氏は、「滋賀には歴史が生きている」と素敵な言葉を残してくださいました。当館にとってなかなかご縁が薄かった刀剣業界の方とのいいご縁。機関紙「刀剣界」にどのように書いていただけるのか、1月の発行が楽しみです。

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「湖東三山 金剛輪寺の名宝」展とその周辺

地域連携企画展第2弾「湖東三山 金剛輪寺の名宝―滋賀県立琵琶湖文化館寄託品里帰り特別公開~」が始まって、早いもので2週間が経ちましたが、皆さまもうご覧いただけましたでしょうか?会場の愛荘町立歴史博物館は、紅葉の名所である金剛輪寺のまさにお膝元にありますので、「紅葉が見頃になったら行こうかな?」とお考えの方、今週末辺りからいよいよ見ごろを迎えますよ。行きドキです!しかも愛荘町立歴史博物館さんは、「関西文化の日」に協力されていますので、16(土)・17(日)・23(土)・24(日)は、入館無料でご鑑賞いただくことができます!紅葉狩りとともに、多くの方に企画展を存分に楽しんでいただければ幸いです。

さて、今回の企画展でご覧いただけるのは、平安時代から江戸時代にかけての工芸品・経典・絵画など、金剛輪寺に伝えられてきた寺宝の数々。その多くが重要文化財や県指定、町指定の文化財で、これらを見るだけでもお寺の長い歴史を感じることができますね。ところが、そもそもこのお寺の始まりはというと、なんと奈良時代にまで遡るそうです。伝承によると、聖武天皇の勅願により僧・行基(ぎょうき)が開いたのだとか。行基という人は、諸国をめぐり、橋を架けたり、堤防を築いたりという土木事業を行なったことで有名ですが、その背景には、当時の最先端技術を持っていた渡来人の力があったと言われています(行基自身も渡来系氏族の出身)。金剛輪寺のあたりは旧の秦荘町にあたりますが、秦荘の「秦」は、まさに古代にこの地域を本拠地としていた渡来系氏族「依知秦(えちはた)氏」に由来するとのこと。すると、行基がこの地に金剛輪寺を建てた背景にも依知秦氏の力があったのでしょうか。。。想像が膨らみます。

そして、この依知秦一族の祖先の墓と考えられているのが、愛荘町上蚊野から蚊野外の地にある古墳群です(金剛輪寺からは車で5分程のところ)。300基ほどもあったとされる大規模な古墳群は、終戦後の食糧難時代に行われた土地開墾などでほぼ消滅してしまいましたが、一部が「依知秦氏の里古墳公園」として残されています。実は、文化館には「秦荘・北蚊野古墳出土」と伝えられる須恵器の直口壺と金属製の馬具(雲珠:うず)が収蔵されてるんですよ。収納されていた紙箱には「昭和31年6月」の日付が記されていますので、当時県立産業文化館(文化館の前身です)の学芸員でいらっしゃった故・宇野茂樹先生が指揮されたという、昭和31年の滋賀県による調査の際に発見されたものでしょう。文化館と愛荘町(当時は秦荘町)のこんな頃からのご縁。ここにもちょっぴり長い歴史があったようです。

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湖岸のキレイを取り戻しました!

先月、滋賀にも被害をもたらした台風19号。当館の周辺には大量の水草(藻)が押し寄せました。
(←台風直後の様子)
その後、(10月29日のブログ「湖岸のキレイを取り戻せ」にも書きましたが)人海戦術で水面から藻を引き上げ、それらをコツコツ地道に乾燥させて処分する日々・・・まったく嘆かわしい1ケ月でした・・・。

しかし、その苦労が報われる日がとうとうやって来ました!本日、人海戦術による清掃作業の第2弾を決行。方々のご協力によりご覧の通り、こんなにキレイな琵琶湖を取り戻すことに成功いたしました!!(作業に没頭するあまり皆で頑張る姿を写真に撮り忘れたのが残念です(笑)。) いやぁ~水面に空が写ってとっても”映える”美しさです!褒めてホメて~!!

 
 
 

 

作業をしていると「大変やな」「ご苦労さん」「頑張ってな」と多くの方が声をかけて下さいます。「やってもやってもキリがない・・・」と、水草にまみれ半分泣きながら作業をする私達にとって、そのあたたかい一声が心の支え。おかげさまで、ようやくこのキレイを取り戻すことが出来ました。ご声援有り難うございました!!

水草を引き上げた後は、水気を切って早く乾燥させるため、石垣の上に少し広げた状態で乾かしています。もうしばらく、道行く方々にはあたたかい目で見守っていただければと思います。あとはお天気との戦い・・・これらを処分しきって作業は『完』となります。もう少し、あと少し、頑張りマス!

最後に衝撃写真を紹介しておきます。それがコレ。水面から引き上げたゴミのヤマです。ほとんどが缶ビール?!発泡酒?!・・・もうッ皆さんどれだけお酒が好きなんですかーッ!琵琶湖が泣いていますよ?!
善良なる心をお持ちの皆さんへ、マナーを守って楽しんでいただけると、琵琶湖はとても喜ぶと思います。。。よ?!

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10月のホームページアクセス数

昨日のことですが、朝、何気に琵琶湖の方を眺めると、南湖の真ん中あたりが黒胡麻を振り掛けたようになっているではありませんか!写真ではちょっと分かりにくいかもしれませんが、こんな感じ。。。そして、黒胡麻たちはみるみるうちに北から南へ、つまり文化館の方向へ押し寄せて来るのです。あれは一体何???その正体は、近づいてくるに従ってはっきりしてきました。散らばった黒胡麻のようなものは、どうやら水鳥の集団のようです。毎年さまざまな水鳥が北国から渡ってきて越冬し、琵琶湖は水鳥の楽園と化しますが、今年もいよいよそんな季節の到来なのですね。水鳥たちが、文化館周辺の湖岸へやってくるのも、もうすぐかしら?

さて、こうやって秋深まりつつある文化館周辺ですが。。。本題へ入りましょう!今日は10月のホームページアクセス数のご報告です。この一月に文化館ホームページをご訪問くださった数は、2007件となりました。またまた多くの方々にご覧頂いて、本当に感謝・感謝です!ところで、皆さま一体どんなページをご覧くださっているのでしょうか?気になりますよね~。そこで、いつもは検索キーワードなどご紹介することが多いのですが、今回はちょっと趣向を変えて、「収蔵品紹介」と「浮城モノ語り」への閲覧数ランキングを見てみましたよ。結果は、まず第1位が、収蔵品紹介の「山法師強訴図」。(←うんうん、なるほどね。)次に、第2位は、浮城モノ語りの第61話「古琵琶湖層群の化石」。(←これはちょっと意外!?)そして第3位は、収蔵品紹介の「堆朱香合」。(←10/1のブログで紹介したから?皆さんブログを熟読して頂いているという証拠ですか?)う~ん、なかなか、興味深い結果となりました。どうですか?10月の文化館のトレンド資料、皆さんも一度チェックしてみて下さいね。なお、現在これらの収蔵品を紹介するコンテンツの改良に取り組んでいます。更に見やすく、わかりやすく、ご紹介できればと思っていますので、どうぞご期待下さい。

最後に大事なお知らせです。本日11月1日から、いよいよ地域連携展第2弾「湖東三山 金剛輪寺の名宝-滋賀県立琵琶湖文化館寄託品里帰り特別公開-」が始まりました~!会場は、金剛輪寺のお膝元、愛荘町歴史文化博物館です。10/25のブログで準備の様子をちらっとお見せいたしましたが、いよいよ満を持しての公開初日です。明日から文化の日を含む3連休です。どこかへお出かけしようかな~とお考え中の方、ぜひ愛荘町まで足を運んでみて下さい。
それでは、11月も文化館ホームページをどうぞよろしく!

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湖岸のキレイを取り戻せ!

毎年やってくる台風・・・やって来てしまう台風・・・先日の台風19号では、滋賀県では北寄りの風が吹き、大量の水草(藻)が南湖の湖岸に押し寄せました。かく言う・・・文化館の周りにも・・・。モチロン?当然のごとく?当たり前のように?水草が寄って来てしまいました。「今年はもう(台風は)来ないよね」と平和に話していた10月初旬が懐かしい。。。

例年のこととは言え、(いろいろと対策はしているのですが)自然のパワーは想像を超えてきます・・・柵を乗り越えて入って来てしまった水草は、これはもう、人の力でなんとかするしかありません!えぇ、そうですとも。今までにもこんな苦労は幾度となく乗り越えてきた文化館。ということで、皆で力を合わせて水草の除去作業です!

雨が降る中、作業はカッパを着ての重労働・・・。いぃや辛くはありません!「去年の台風は夏でもっと臭いが酷かった!今年はまだマシや!」「その前は水面下にも水草が重なって取っても取っても減らんかった。それに比べたら今年はかわいいもんや!」。そうそう皆さん、その意気です!ガンバレ頑張れ!!
しかし、元気があったのは午前まで・・。午後からは、若干口数が減り、さすがの疲労感が漂っていました。・・・と、そこへ、なんと偶然通りかかった方が「見過ごせないから」と作業を手伝い、しかもこれを聞きつけた別の方が更に応援に来てくださったのです!なんてイイ人たちです!おかげで再び作業はペースアップ!これは本当に有り難かった~!!

この日、水草を全部取り除くことはできませんでしたが、作業が終わるころには水面が見える範囲も広がり、「人力で減ったぞ!」というささやかな?!達成感がありました。
(←その成果がこの水草の山です)
普段机仕事をされている方にも声をかけ、多くの方々にご協力いただいた今回の作業。皆さん慣れないお仕事をお疲れさまでした。有り難うございました!

と、話はイイ終わり方をしたように感じますが、実は続きがありました・・。今回の台風で大量に打ち上がった水草が、各地で飽和状態となり、処分場で処分しきれないほどの量となっているそうです。水草を湖面から引き上げても、乾かして処分に出せる量が限られてしまう・・・ということでキレイな湖岸に戻るには今しばらく時間がかかってしまいそうなのです。湖岸散策を楽しむ皆さまにはご迷惑をお掛けしますが、清掃作業は続けていますので、どうかあたたかい目で見守って下さいませ。

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開催間近!「湖東三山 金剛輪寺の名宝-滋賀県立琵琶湖文化館寄託品里帰り特別公開-」展

間近に迫ってきました琵琶湖文化館地域連携企画展第2弾!11月1日(金)から、愛荘町歴史文化博物館にて開催の本展覧会は、サブタイトルにもあるように、金剛輪寺さまから当館に寄託されている文化財の『里帰り特別公開』展となります。

ということで、当館にある作品は10月11日に、金剛輪寺さまより特別出品いただくご宝物は23日に、すでに会場に”集結”しています。今日は、愛荘町歴史文化博物館に寄託されている作品とともに、これらを展示する作業が行われているのです。

休館中の当館が、他館で展示することができるのは、会場館となる先方職員さん方々のご協力があってこそ・・・今回も愛荘町の方たちに大変お世話になっています(感謝!!)。様々な準備・調整期間を経て、ここまで辿りついたからには、あとは皆さんに良い展示をみてもらえるよう、今日を頑張るのみ!?!全体のまとまり感をイメージしつつ、誰よりも会場の特徴を知る先方の学芸員さんと共に、工夫を凝らしながら作業を進めます。
すべてを展示し終えたところで、やっとホッと一息。。。とても見応えのある展示内容となりましたヨ!!

気付けば、大津市内の街路樹が、秋の色になってきました。金剛輪寺さまの境内も紅葉が少し進んできた様子。 季節が本展覧会を盛り上げてくれているかのようです。
開催まであと1週間。11月が待ち遠しい・・・大津のお城の赤トンボです。

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「花湖さんの打出のコヅチ」第6回 現地探訪 開催しました

10月17日、絶好のウォーキング日和、実施いたしました現地探訪。今回は、受付定員MAX60名の皆さんとスタッフ7名が、「幻の坂本城をさぐる」ということで、明智光秀が築いた城があったとされる大津市下阪本とその周辺を探訪してきました。
集合場所の京阪松ノ馬場駅「花湖さんの打出のコヅチ隊」の幟旗の元に集まったのは、参加申込みの電話受付が3時間で定員に達するという激戦を勝ち抜かれた幸運な方たちです(お断りした方ごめんなさい!)。驚くなかれ、その内約9割の方が、今回の探訪の予習回とも言える第5回の講座を受講されてのご参加です。とても勉強熱心な、生粋の歴史好きの方々が街中を歩くとこんな感じになります(笑)。先頭を行くのが講師:松下浩氏(県教委文化財保護課)です。

幻の坂本城、現在は、琵琶湖中に石垣の痕跡が残るだけで、城の遺構はほとんど残っていませんが、私たちが巡り歩いたのはこのようなトコロ・・・。
さぁ~て皆さん、どこで何を見ているのか、お分かりデスカ?先生の話を聞きながら歩くと、ただの水路と思っていたのがタダモノではナイ不思議。。。ナルホドな~と思う訳です。戸津説法で有名な東南寺さんにも行きましたが、今回重要なのはお寺と坂本城の位置関係が江戸時代の文献に示されている事実・・・。文化館的お寺探訪とは一味違います(笑)。

本丸の位置はどの説をとっても先ず間違いないそうです。(坂本城址公園には明智光秀像が建っていますが、ここが主郭跡ではないので要注意(笑)。)今は某企業の所有地となっていますが、坂本城には舟入場があり、直接琵琶湖へ出ることができる、よく考えられたナイスなお城だったそうです(この日見れたのはその舟入場の石垣が水面に1つだけポコッと・・・水位が低い時にもう一度見てみたい!)。ただ、城下の縄張りについては、近年の発掘成果や文献などから、まだまだ検証すべき点が多いとのこと。今回の探訪は、今まで坂本城には本丸・二の丸・三の丸、内堀・中堀・外堀があると考えられてきたことが、「実はそうではないのではないか」という新説を巡る探訪でした。タマネギ状に堀で明確に区切られた城下ではなく、中堀を埋めたと言われる北国街道は当時も町中にあって、惣構で囲われた中に城主に属する武士や町人が楽しく暮らしていたのではないか、という先生のお話が印象的でした。
最後に訪れた平成30年度大津市教委発掘調査地点の隣では、今年度も発掘調査が続けられていました。坂本城址に関わる新たな発見があるといいですね。

参加された方からは、「謎を解くようで面白かった。タ○リの番組みたい」「今後も現地説明を続けてもらいたい」などのお声も頂戴しました。有り難うございました。松下氏も最後に言っておられました。「坂本城址を辿ろうと思ってもなかなか辿れない」。謎に満ちたお城だからこそ、「さぐる」楽しみがあるのですね。
道々、庭先に植えておられる金木犀の甘い香り。私たちが住む当たり前の風景の中に、歴史の謎と魅力が存在する滋賀県とはなんていいところなのでしょう(他府県の方に羨ましがられますよ?!)。その”贅沢さ”に感謝いたします。毎年金木犀の咲くころに、思い出したい今回の探訪でした。

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10/17「花湖さんの打出のコヅチ」現地探訪 開催します

いよいよ明日となりました。滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」第6回現地探訪です!!お申込みいただいた方には、「天候の関係等で中止の場合は、前日にお電話でご連絡差し上げます」とお伝えしておりましたため、心配されていた方もいらっしゃったかも知れませんが、天気予報によると、明日は”暑すぎず、寒すぎず”の「探訪日和」となりそうですので。。。予定通り開催いたしま~す!!(参加予約受付は終了しております。)

今年度講座の最終回となります第6回は、いつもの打出浜を飛び出して、大津市下阪本方面へと赴きます。下阪本は、第5回の講座「明智光秀の幻の名城 坂本城」で学んだ、明智光秀の築いた坂本城があったところ。現在は、琵琶湖中に石垣の痕跡が残るだけで、城の遺構はほとんど残っていませんが、前回の講師・松下浩氏(県教委文化財保護課)に依りますと、現地に残る水路(堀)や道の痕跡を丹念に辿っていくと、往時の坂本城とその城下町の姿が浮かび上がってくる、ということでした。「百聞は一見に如かず」のこの機会、ご自身の目でしかとお確かめ下さいませ。

そして、ご参加される皆さま、明日の準備はもうお済みですか?今回は、京阪松ノ馬場駅を出発点として、湖岸方面へ往復約3Kmほどの行程を、徒歩で周ります。無駄に疲れないように、歩きやすい靴&服装でお越し下さいね。また、お飲み物などは必要に応じて各自でお持ちいただくと良いかと思います。”おやつ”につきましては、昨年と同様に上限はございません(笑)。その他、詳しくはこちらでご確認下さい。

明日17日(木)は、13:00から受付、京阪松ノ馬場駅でお待ちしております。目印は「花湖さんの打出のコヅチ隊」の白い幟旗ですよ!13:30には出発しますので、遅れないようにお願いします。
では、また明日!

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夕暮れの景色

「秋の日はつるべ落とし」という言葉がありますが、近ごろめっきり日暮れが早くなりました。夕暮れ時、文化館の辺りでは、湖岸をゆっくり散歩する人や、ジョギングで汗を流す人、サイクリングで湖岸の風を楽しむ人など、思い思いの時間を過ごされています。そしてやはりこの景色を見ると皆さん、足を止めずにはいられないようで、携帯電話やカメラで写真を撮っておられる方もたくさんいらっしゃいます。こんな素敵な夕暮れの景色ですものね。

そんな方たちにまぎれて、いざ、「今がシャッターチャンス!」と撮ってみると、刻々と変化する空の色に「やっぱり今がシャッターチャンス?!」と、何度も撮り直し(笑)。撮影枚数がどんどん増えて、撮影時間もエンドレスなことになってしまいます。

そもそも写真を撮ってみようと思ったのは、「夕焼けor朝焼け」に染まる湖岸の風景写真はないですか?と、お問合せをいただいたことがきっかけで、いろいろと探してみたのですが、これがなかなか・・・。ならば撮ってみようと思い立ったわけです。当ウェブサイトには「文化館写真集」がありますが、ここでハタと気付きました。以前と同じ写真が撮れない。。。開館当初の文化館の周囲が未だ更地だった頃のような・・・とは言いませんが、ここ10年の間を見ても、同じ角度でも写り込む建物の数が・・・。当たり前の風景が当たり前でなくなってしまうのをヒシヒシと感じてしまいました。。。

これからの時季、もう少し寒く空気が凛としてくると、さらにおススメの風景があります。風の無い日の夕暮れに、湖面に街の光が映り込み、帯状の灯りがユラユラと、とっても幻想的で神秘的な彩りを見せることがあるのです。この夜景を見るために、京阪神からもわざわざ来られる方がいらっしゃるとか。百万ドル・・・には及びませんが、偶然でも見ることが出来れば、ほんのりあたたかい気持ちになれますよ。

余談になりますが、先日NHKで放送されたブラタ○リのオープニングも、明るい時間にこの辺りで撮影されてたこと、気付かれました?(ちょっと角度は違いますが文化館が写り込んでましたね。)昼間も夕暮れも夜景も、心癒される湖岸の風景です。

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9月のホームページアクセス数

このところ日本列島が、ラグビーW杯の熱気に覆われているせいでしょうか(笑)?日中の気温が30℃を越える日が続いています。熱い&暑い毎日です。。。それでも今日から10月。消費税率が変わったり、関西私鉄の駅名が変わったり、世の中の変化が大きい10月1日ですが、気持ちを新たに頑張りたいですね!

今日はまず、ホームページアクセス数のご報告をいたします。9月のアクセス数はなんと2,090件!!8月に引き続き2,000件台を維持しております。本当に大勢の皆さまにご訪問いただき、どうもありがとうございました。

ところで、昨日からNHKで始った連続テレビ小説「スカーレット」。ご覧になりましたか?舞台となる滋賀県ではこの秋、ドラマに因んだ「緋色(赤)」がトレンドになりそう。。。と思いながら文化館ホームページの検索キーワードを見ていると、ここにも「赤」いもの発見デス!文化館で「赤」といえばコレ、「収蔵品紹介」のコーナーにもある「堆朱香合」。「香合」とはお香を入れるための蓋付きの小さな容器のことで、茶道具や仏具として使われるものですが、文化館に収蔵されているものは、何層にも塗り重ねた朱漆の上に牡丹の花を精巧に彫り現した、見事な細工の作品なんです。本当に惚れ惚れいたします。気になる方は、ぜひ一度覗いてみてくださいね。

さて、ここで少し9月の文化館を振り返ってみますと、何よりまず甲賀市土山歴史民俗資料館での地域連携企画展ですね~。7月より開催してまいりました「歴代天皇と近江-滋賀県立琵琶湖文化館 館蔵品より-」は、一昨日29日(日)に終了。昨日30日には、甲賀市職員の皆さんと撤収作業を行ない、出品した作品たちも文化館へ戻ってまいりましたよ。終わってみるとあっと言う間の2ヶ月でした。。。関係方々のご協力に感謝するとともに、この展覧会が皆さまの心に残る展覧会となっていれば嬉しく思います。皆さまどうもありがとうございました。

文化館はこれから、地域連携企画展の第2弾「湖東三山 金剛輪寺の名宝-滋賀県立琵琶湖文化館寄託品里帰り特別公開-」の開催に向けての準備が佳境に入っていきます。今回は愛荘町歴史文化博物館さんとタッグを組んでの開催です。秋の紅葉シーズンが待ち遠しい?!展覧会は11月1日からの開催です。どうぞお楽しみに。

それでは、10月もあきつブログをよろしく~!!

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「花湖さんの打出のコヅチ」第5回 開催しました

「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、今日は秋の彼岸の入り。昨日あたりからもう、日中もずいぶんと過ごしやすくなって来ました。昨日(9/19)は、滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」第5回を開催いたしましたが、お天気にも恵まれ、今年度最多数の198名の方にご参加いただくことができました。なかには、これまでに開催した5回の講座に全回出席という方が、なんと22名もいらっしゃいましたよ!!素晴らし~い!!コラボしが21を会場にした座学の方はこれで最終回となりましたが、ご参加いただいた皆さま、本当にどうもありがとうございました。

さて、昨日の講座では、講師に松下浩氏(県教育委員会文化財保護課)をお迎えし、「明智光秀の幻の名城 坂本城」というタイトルでお話いただきました。坂本城は、元亀2年(1571)の信長による延暦寺焼き討ちの際の戦功により、志賀郡を与えられた明智光秀によって、延暦寺のお膝元であった坂本の地に築かれた城。ただ、残念なことに、城を描いた絵図などはこれまで見つかっておらず、その復元には、数少ない文献や現地に残された地名や道路・溝跡、そして近年の発掘調査の成果などをつなぎ合わせていくしかないようです。。。
しかし、今回、松下氏はわずかに残された資料を丹念に見直し、また現地に赴いて城の痕跡を辿るなかで、街道と城の関係を鍵に、坂本城の縄張りについての画期的な新説を発表されるに至りました!いや~、何事も諦めてはいけないということですね。歴史の研究においては、先入観にとらわれず、素直な気持ちで史料・資料と向き合うことで、新たな道が開けるのだ!ということを、身をもってお示し頂いたという感じです。あっぱれ、松下節!!

講座終了後には、参加された方々から、「新説が聞けて良かった」「北国街道付替えなし説は大変興味深い」「地図や資料がわかりやすい」「土地勘のない者にも説明が丁寧でわかりやすい」「毎回新しい発見があり楽しい」などのお声を頂きました。今回も、多くの方々にご満足いただけたようで何よりです。
また、今回も滋賀県立図書館さんが、講座関連図書の出張展示に来てくださいました。松下氏の御著書を集めた特別コーナーを作っていただいたのは、サプライズ!だったかも!?県立図書館さん、どうもありがとうございました。

次回(10/17)は、いよいよ打出浜を飛び出しての現地探訪となります。今回に引き続き松下浩氏に講師をお願いして、講座で学んだ坂本城とその周辺をご案内いただきます。ご参加されます方には、今回スクリーンで見た坂本城とその周辺を、ご自分の目と足でしっかりと確認していただけると嬉しいです。楽しみにお待ちください。

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「歴代天皇と近江」展と杉浦重剛

季節は少しずつ秋の気配を感じられるようになりましたね。甲賀市土山歴史民俗資料館で開催中の「歴代天皇と近江-滋賀県立琵琶湖文化館 館蔵品より-」展も開催期間残りわずかとなりました。しみじみ時間が経つのは早いものでございます。
さて、この展覧会では5つの章に分けて展示が構成されていますが、その内容や出品作品については、本ブログにおいて、2回にわたって開催されたギャラリートークの様子とあわせて紹介してきました【7/29付 第1・2章】【8/26付 第3・4章】。今日は残すところ最後の第5章「昭和天皇の侍講・杉浦重剛」について、お話ししましょう。

こちらの第5章については、皆さん意外でした?「杉浦重剛?誰?」「何故?」と思われました?杉浦重剛(すぎうら しげたけ)は、旧膳所藩(現大津市)出身の教育者で、昭和天皇らに帝王学の一環として倫理をご進講(説明)された方です。皇室と所縁の深い滋賀県出身者がいらっしゃったことに、先ず純粋に驚いてしまいますよね。また、杉浦重剛の門下生には、作家であり児童文学者として有名な巌谷小波(いわや さざなみ)がいます。小波は、文部省唱歌『ふじの山』や『一寸法師』の作詞者としても知られる一方、甲賀市立水口小学校の校歌も手掛けています。その小波の師匠に当たる方が杉浦重剛なのですよ。
本展に出品されている関係資料は、杉浦重剛と親交が深かった鉄道技術者の島安次郎の関係者から寄贈されたものです。大正の時代を感じさせる大礼服やモーニングなどは、展示会場でも目を引いたのではないでしょうか。大礼服についてはマネキンに着せてありますが、こちらを展示する際、ちょっとした苦労がありました。
このマネキンはもちろん現代のもの。スラッとしたイマドキ体型なのですが、それでも大礼服の袖を通すことは出来なかったとのこと。昔の人って、肩が張って体格が”イカツイ”イメージがあったのですが・・・着せてみてビックリだったそうです。(会場ではマネキンの腕を取り外して展示しています。)
杉浦重剛については、【浮城モノ語り第64話 昭和天皇と杉浦重剛】にも詳しく書いています。こちらも是非ご一読ください。

本展覧会は、9/29(日)までの開催です(休館:毎週月曜日・火曜日)。ちなみに会場の甲賀市土山歴史民俗資料館の近くにある「道の駅あいの土山」では、抹茶のソフトクリームが盛り放題!自分でモリモリのソフトクリームが作れます。但しスプーンは付きませんので盛り方・食べる時には注意が必要(笑)。近江随一の茶所:土山で食べる抹茶ソフトは格別です。展覧会を見た後にチャレンジしてみてはいかがでしょう?
みなさま秋の日和にぜひお出掛けください。

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「花湖さんの打出のコヅチ」第5回のご案内

今年度の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」(全6回)も、ご好評のうちに第4回まで終了し、座学としては9月19日(木)に開催いたします第5回が、いよいよ最終回となります(第6回は会場を飛び出しての現地探訪です!)。

ところで、以前のブログでこっそりと(?)お知らせしました、文化財講座今年度後半の隠しテーマ、覚えていらっしゃいますか?そう、今注目の「明智光秀」でしたね。第4回では、当館所蔵の『淡海温故録』の記述をもとに、謎めいた彼の出生伝説に迫りましたが…第5回は「明智光秀の幻の名城 坂本城」と題して、光秀の人生最大の仕事だったかも知れない(?)「城作り」に注目していきます!何といっても、光秀は「城作りの名手」と言われていますからね。これを語らずして、光秀という人物を理解することはできないでしょう。講師には、これまた「城語りの名手」である県教育委員会文化財保護課の松下浩氏をお迎えいたします!!

坂本城は、「城作りの名手」光秀が、織田信長の比叡山焼き討ちの後に志賀郡を与えられ、今の大津市坂本の琵琶湖岸に築いた城なのですが…光秀の死後、天正14年(1586)に廃城となったため、今では湖中に残る石垣(←25年ほど前の琵琶湖渇水の時に姿を現しましたね!)のほか、目に見える城の遺構はほとんど残らず、まさに「幻の城」と化しています…。琵琶湖を望む風光明媚なこの地に、名手が築いたのはいったいどのような城だったのでしょうね?名城・坂本城の当時の姿に、これまでに行われた発掘調査の成果や、古絵図・古文書そして古記録など様々な資料を用いて迫って行こうというのが、今回の講座のねらいです。長年にわたって、安土城をはじめとした近江の城の調査・研究に携わってこられた松下氏からは、坂本城についても、丹念に集められた資料をもとに、石垣のように堅牢に組立てられた、手堅いお話を聞かせていただけることでしょう。

今回の講座も、おかげさまで沢山の参加お申込みをいただき、残席少なくなってきております。また、当日はたいへん混雑が予想されます。定員を超えました場合には、安全のため、ご予約のない方のご入場をお断りする場合がございますので、ご参加を予定されている方は、必ず事前のご予約をお願いいたします。
では皆さま、9/19(木)13:30~会場(コラボしが21)でお待ちしております!

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「太鼓踊り」の季節到来

通勤・通学などで、湖岸を毎日通られる方はお気づきでしょうが、最近の琵琶湖は水位がかなり低くなっています。文化館の近くで見ると、湖岸の石垣の、いつもは水面下にある石段までが姿を現すほど…台風や大雨による水害で大変な地域もある一方、こちら滋賀ではこの頃、夕立ちのような雷雨はあるのですが、まとまった雨が降っていないからでしょうか。こんな時はやっぱり…神様・仏様に「雨乞い」デスカ?

「雨乞い」の祭りと言えば、全国各地で古くから行われていますが、滋賀県では晩夏から初秋にかけて多くの地域で行われる「太鼓踊り」が特色となっているようです。すでに終わりましたが、8月24日には守山市古高町の大将軍神社で県選択無形民俗文化財の「古高の鼓踊り」が奉納されました。古くから伝わるこのお祭りは、一時期途絶えたこともありましたが、今年は4年ぶりの開催となりました。また、来たる9月13日には、草津市渋川の伊佐佐神社で、県選択無形民俗文化財の「渋川の花踊り」が行われます。こちらの花踊りは、室町時代の末に流行した「風流踊り」の流れを汲んだもので、雨乞い祈願のお礼として170年以上前から行われています。滋賀県南部で行われる「太鼓踊り」の典型なんだそうですよ。(写真は渋川花踊りの踊り子をかたどったキャラクター「しぶはなちゃん」)

こんな風に、古くから伝わる「太鼓踊り」が県南部にいくつかあるのですが、実は、琵琶湖の東側、甲賀市から長浜市にかけての地域、特に伊吹山のふもとが、県内で最も盛んに行われている場所で、かつてはふもとのほとんどの集落で踊られていたということです。その一つ、米原市春照(すいじょう)八幡神社の太鼓踊りは、江戸時代前期の旱ばつをきっかけに始まった雨乞い祈願の返礼の踊りです。現在は5年に一度の開催となっており、今年はその開催年にあたり、9月23日に行われます。(写真は前回2014年開催時の様子)

太鼓踊りは、かつては滋賀県内の200以上の村で行われていたと言われ、今でも、40あまりの太鼓踊りが、神社へ奉納されるなどして伝えられているそうです。数年に一度というお祭りが重なる今年は、特に多くの「太鼓踊り」が行われる年のようですね。賑やかな鉦や太鼓と華やかな衣装での踊りを、神様に存分に楽しんでいただいたなら、琵琶湖の水位もたちまちに回復!となるのでしょうか!?

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8月のホームページアクセス数 

8月前半のあの猛暑がウソのようで、このごろは朝晩めっきり涼しく過ごしやすくなってきましたね。黄色みを増してきた田んぼに、あきつ君の仲間たちがスイスイと飛び回る様子も見られるようになり。。。今年はちょっぴり早めの秋となりそうです。

今日はまず、8月の文化館ホームページのアクセス数をご報告いたしましょう。この1ヶ月にご訪問いただいた方は、なんと2,000件の壁を突破して、2,402件となりました!!本当に多くの方にご訪問いただいて驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!!

8月もまた、皆さまには「収蔵品紹介」や「花湖さんの打出のコヅチ」ほか、いろいろなページをご覧いただいたようですが、ちょっと気になるのは「検索キーワード」。こちらもバラエティーに富んでいるのですが、なかでも「中江藤樹」「北村季吟」「松尾芭蕉」「寂室元光」などなど、滋賀ゆかりの人物が目立つような気がします。。。夏休みでしたので、自由研究などで調べていたお子さんもいらっしゃったのでしょうか?文化館のホームページには、滋賀の歴史や文化財に関するお役立ち情報をたくさん掲載しています。気になることがあった時、宿題やレポートのテーマに困った時(!?)には、ぜひ一度覗いてみて下さいネ!!

さてさて、早いものでもう9月に入りました。昨日9月1日は[防災の日]ということで、地域などでの防災訓練に参加された方もいらっしゃるかと思います。「防災の日」というのは、1960年(昭和35年)に制定された啓発日ですが、9月1日の日付は、1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災にちなんだものだということです。

関東大震災といえば、「浮城モノ語り」の最新作、第64話「昭和天皇と杉浦重剛」の中で、大正12年、杉浦重剛が関東大震災に罹災して、茫然自失となった想いを詠んだ詩「大震皆傾殆不支」をご紹介しております。杉浦自作のこの詩は、安政2年(1855)の大地震を思わせるという所感が述べられるなど、極めてリアルな実感がこめられたものとなっています。安政2年(1855)10月2日関東地方南部で発生したM7クラスの大地震の鮮明な記憶は、この年3月に生まれたばかりの重剛には、恐らくほとんどなかったでしょうが、彼はきっと、その後に周囲の人々から繰り返し聞かされた震災の経験を、自らの内面にしっかりと受け止めていたのでしょうね。「防災の日」(9/1)と「防災週間」(8/30~9/5)にちなんで、こちらの方もぜひ一度ご覧ください。

それでは、9月もまた文化館ホームページをよろしくお願いしま~す!!

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「歴代天皇と近江」展 ギャラリートーク②開催!

8/24(土)、現在開催中の「歴代天皇と近江-滋賀県立琵琶湖文化館 館蔵品より-」展の第2回目となるギャラリートークが、土山歴史民俗資料館で開催されました。前回(7/27)のように台風の襲撃に怯えることなく、会場には前回を上回る大勢の方々がお越し下さいました。
ギャラリートークの様子は、7/29付けのブログでも掲載しておりますが、「今回も参加できなかった!」という皆さんのために、トークの内容を(前回に引き続き)、ちょこっと紹介しておきましょう。

ちなみに、本展は、5つの章に分けて展示されています。え~っと、前回のブログでは第1章・第2章について紹介しましたので、今日は第3章「天皇と皇族による書画や関係資料-天皇を身近に感じる-」から。大胆な構図に墨一色で大らかに描いた明正天皇の富士山図や、柔らかなタッチに親しみを感じる霊元天皇の宸画(自筆の絵画)などのほか、同じく霊元天皇が愛用したと伝わる御眼鏡など、珍しい品も展示されています。
こちらの写真で、皆さんが熱心に覗き込んでおられるのは、明治天皇の諱(いみな=実名)である「睦仁(むつひと)」という御名前が書かれた資料の辺り・・・講師が特にアツく解説させていただいたトコロです!!(何故なら昨年詳しく資料調査をし、研究紀要第35号に発表したため!)(サクッと知りたい方は、浮城モノ語り第51話を読むのがおススメ!)。

続いて第4章「御所と宮家ゆかりの絵師たち-華麗なる宮廷美-」では、京都御所や各宮家のお抱え絵師として筆をふるった画家たちの作品を紹介。写真に見えるのは、「図(塩川文麟筆)と「巖上咆哮猛図(岸岱筆)」ですね。文化館の数ある絵画作品の中から、特にこの2幅を選んだ理由の一つに、龍と虎は古来、英雄や天子などを象徴する画題として意識されてきたことが挙げられます。龍虎の猛々しさや神秘的なイメージが、天皇を象徴するもの、あるいは宮家に好まれる画題であったことも、こうしてみると理解できるような気がしますね。

そして最後の第5章は・・・あー残念!前回に引き続き、今回もやむを得ず字数オーバーとなりました!続きはまたの機会といたしましょう~~。

 本展覧会は、9/29(日)までの開催です(休館:毎週月曜日・火曜日)。みなさまぜひ会場にお立ち寄りください。

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消防設備点検

昨日は消防設備の点検日。館内に設置されている消火栓や自動火災報知機、防排煙設備について、専門業者さんに点検していただきました。何事もないのが当たり前、普段使わないのが当たり前・・・の消防設備。であるからこそ、なおさらこのような定期点検が、重要になります。
忍者屋敷のような我がお城。チェックするところもいっぱいです。点検作業中に、業者さんにはご迷惑だったかもしれませんが、いろいろと質問させていただきました。「非常ベルの押し方は?押したらどうなる?」「天井に設置されているのは熱感知?煙感知?」「防火扉はどのような状況で作動する?」・・・だって普段使わない設備ですもの。ちゃんと知っておかないと!館内を一緒について回って、ほっとひと安心です。

最後には、訓練も兼ねて消火栓(消火ホース)の使い方を教わりました。先ずはホースを確実に伸ばしきること(折れたり捩じれたりしていては×)。そして大事なのが協力者との声かけ!ノズルを持つ(火元に近い)人は、「スタンバイOK!」や「放水よし!」など、準備ができたことを大きな声で知らせます。それを受けて消火栓側の人は「水送ります!」と合図をして、ポンプ起動ボタンを押し、水栓バルブを開きます。準備が出来ていないのに、慌てて水を送ると、ホースが途中で暴れたり、ノズルを手放してしまったりすることがあるので、それも危険。いざという時こそしっかり声を出して、協力することが大事なんですね。訓練では、琵琶湖に向かって見事に水のアーチが出来ました。
普段体験しない訓練を終え、ちょっとテンションが上がった我らが職員。事務所に戻る途中に置いてある消火器を見て「最初にピンは押すのか?抜くのか?」と今更ながらの質問疑問。。。ん?この会話、昨年も喋っていたような??・・・いいのです!改めて防火・防災を意識する、よい機会となりました。

皆さんも今一度、消火器がどこに置いてあるのか、確認しておきましょうね。ちなみに、家庭用の消火器、消火剤の出ている時間は15秒ほどだそうですよ!思いのほか短い?!油断できないこの情報。知っておいて損はない豆知識です。

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8/24「歴代天皇と近江」展ギャラリートーク開催します!

甲賀市土山歴史資料館で、ただ今開催中の地域連携企画展「歴代天皇と近江-滋賀県立琵琶湖文化館 館蔵品より-」。皆さまもうご覧いただけましたでしょうか?今回の展示は、瓦や硯などの考古資料にはじまり、歴代天皇による絵画や書跡、また天皇家と近しい間柄にあった絵師や教育者などの作品や遺品など、とってもバラエティーに富んだ内容となっていますよ!展示会場では、来たる8月24日(土)13:30から、展示担当の井上優(琵琶湖文化館主幹)による、第2回目のギャラリートーク(展示解説)を行います。「まだ見に行っていないわ」という方はもちろん、「もう一辺ゆっくり見てみたいわ」という方も、ぜひこの機会に甲賀市土山歴史民俗資料館へお越し下さい。期間中のギャラリートークはこれで最後となりますので、お聞き逃しのないように!!

ところで、今回の企画展は、琵琶湖文化館の所蔵する歴代天皇に関する作品の数々を、「紫香楽宮(しがらきのみや)」や「斎王群行(さいおうぐんこう)」などで天皇家とのゆかりの深い甲賀市において、多くの方にご覧いただこうというねらいで行っております。でも、「紫香楽宮」や「斎王群行」と言っても、甲賀市外の方にはちょっと馴染みが薄いかも…と思って、ここでちょこ~っとご紹介させていただくことにします。

まず、紫香楽宮(しがらきのみや)というのは、今の甲賀市信楽町にあった古代の都ですが、奈良時代の天平14年(742)、聖武天皇によって離宮として造営が始められ、天平17年(745)正月には新京と定められました。あの奈良の東大寺にある大仏は、はじめこの紫香楽宮の甲賀寺に造ろうとしていたようです。ところが、地震や山火事などが相次いだことで、天平17年(745)5月にはこの都の廃都を決め、天皇は奈良・平城京へと戻られ、大仏も奈良・東大寺での開眼となりました。大正時代に国の史跡に指定された内裏野地区(内裏という地名ですが実際は寺院跡)は、こんな所です。(写真→)

時代は少し下って、平安時代。歴代天皇が即位されるたびに、未婚の皇女・女王のなかから選ばれた斎王(さいおう)が、天皇の名代として伊勢の斎宮御所へと遣わされました。伊勢への旅には、大勢のお伴が付き添ったので、斎王群行(ぐんこう)と言われます。旅の途上、斎王の宿泊された場所が頓宮(とんぐう)です。都が奈良から京都へ移ってのち、群行は近江を経由するようになり、仁和2年(886)年から長和5年(1016)までの間、土山に置かれたのが垂水頓宮。頓宮は仮の宮なので、群行が行われる度に建てられ、それが終わると解体されたようです。今、国の史跡となっている垂水斎王頓宮跡は、このような森として残されていますが、ここに幾棟もの大きな建物が建てられてたことを想像してみて下さい…。

それにしても、紫香楽宮、垂水頓宮と、大変な労力と資財を使って作った宮を、用がなくなったらいとも簡単に壊し捨ててしまう古代の天皇って!?そして、それができたのは杣(そま)(=寺社・宮殿の用材伐採地)が置かれるほど豊かな資源を持つ甲賀の地だから???う~ん、これだけを見ても「歴代天皇と近江」の関係にはとっても興味をそそられます。

さてさて、このように、天皇と甲賀の地には古代からの長く深~い関係があることがわかりました。歴代天皇にとっても近江はきっと特別な地だったのでしょうね。現地を訪れてみるとそのことが実によくわかります。8/24土山の資料館でギャラリートークを聞いて、展示をじっくり見たなら、今度は周辺の歴史探訪!!コレ、絶対にオススメです。皆さんもぜひお試し下さいね。

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明智左馬之助 湖水渡りの不思議

みなさんは、明智秀満(左馬之助)をご存じでしょうか。明智光秀の重臣で、光秀の弟or娘婿or従弟とも言われています(諸説あり)。そう、来年の大河ドラマに向けて、滋賀県で大いに盛り上がっている「明智光秀」に絡む人物・・・ということで、文化館からみなさんに、一つ情報提供致しましょ~。
この明智さん、名前については秀満、弥平次、光春、満春など、歴史上複数の名で登場しますが、ここでは敢えて左馬之助と呼ばせてもらいます。この方を特に有名にしているのが『湖水渡り』です。
明智光秀が本能寺の変で信長を討った後、左馬之助は安土城の守備についていましたが、光秀が山崎の戦いで敗れたことを知り、急ぎ大津の坂本城へ向かいます。その途中、打出浜で敵に遭遇した左馬之助は、馬で琵琶湖を渡り(!)、柳が崎の浜にたどり着いたといいます(現在の陸路で3.5km程離れた所)。・・・馬が泳ぐ?大人を乗せて?水深結構ありますヨ?不思議なお話しですが、信念を貫く武士たちが活躍した時代・・・そのような事も起こり得るかと、妙に納得してしまいます。
この逸話を伝える石碑が、大津市内の2箇所に設置されています。1つは、当館(大津市打出浜)のすぐ近くにある、「明智左馬之助湖水渡」の碑。昭和36(1961)年に当館がオープンした時、未だ周辺が埋立地で文化館の他に何も建っていなかった頃の写真に、小さく確認することが出来ます。しかし、元々誰がいつ建てたものか等、詳しいことはわかっていません。今は土の下に埋まっていますが、全文では「明智左馬之助湖水渡ところ」と刻まれています。
もう1つは、大津市柳が崎の市営駐車場敷地内にある「明智左馬之介光俊駒止松」の碑です。こちらは、昭和29(1954)年に篤志家や地元の協力などで建てられたものであるのだとか。どちらの石碑も、大河ドラマブームなど想像もしていなかっただろう昭和の中頃に、こうして地域に残る逸話を形に残そうとされた方たちの思いが伝わります。

ここでみなさん、お気付きですか?不思議なことに、琵琶湖に乗り入れた打出浜では「左馬之助」、たどり着いた柳が崎では「左馬之介」。『助』と『介』、おやおや。。。こんなところにも謎が・・・。実は「助」と「介」、あて字として使われるので、違いにそうこだわらなくても良いのだとか。歴史上、さまざまな文献でママある違い・・・なのだそうですよ。
それよりも!「さまのすけ」を個人名だと思っている方!そちらの方が問題です!!馬の管理をする役所の役職名の一つで、「右馬之助」さんもいらっしゃるのですよ。なんだか頭の中がコンガラガッてきました?そんな時は純粋に、琵琶湖を眺め、湖水を渡る武者の猛々しい姿を想像して・・・勇気付けられて下さい・・・そしてそれは、想像ではなく現実であったかもしれない・・・というお話が!

実は、左馬之助が馬に乗って湖水を渡るこの伝説を、再現した像を湖中に建設しようとする計画がありました(昭和37年)。その時のイメージ図がこちら。何とも夢のあるお話ですね。実現はされなかったようですが、いつの時代も人を動かすのは夢と熱意なのかもしれません。

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「歴代天皇と近江」展 夏休みKIDSワークショップ開催!

現在、甲賀市土山歴史民俗資料館にて開催中の「歴代天皇と近江-滋賀県立琵琶湖文化館 館蔵品より-」展。4日(日)には、夏休みKIDSワークショップ『元号を書いてみよう』が開催されました。
展覧会の開催期間中に夏休みを含むため、当初から、「子ども達にも興味をもってもらいたい」「歴史にふれて欲しい」ということで、子ども達を対象に何か出来ることはないかと頭を悩ませていました。そこで甲賀市さんからご提案いただいたのが、毛筆で『元号を書いてみよう』だったのです。特に今年は元号が改まり、天皇家への注目も高まっているため、「夏休み企画でやるならコレでしょ!!やるなら今(今年)でしょ!!」と企画されました。当日は子ども達と、お父さんお母さんも一緒に「元号」について楽しく学びました。
先ずは、甲賀市教育委員会歴史文化財課資料調査員の伊藤誠之氏から、元号についての解説です。みなさんご存じでした?!元号はもともと中国で始まり、中国の影響を受けた東アジアでは元号を使うことが多かったのですが、21世紀になっても使っているのはなんと日本だけ!なのだそうです!!現在は1人の天皇に1つの元号と決まっていますが、昔は1人の天皇の在位期間中でも様々な理由で(めずらしい・めでたい出来事があった、天皇の即位、災害など)、短い間に何度も変わることもありました。また、日本の元号の始まりは、大化改新(西暦645年)の「大化」で、それ以降「令和」も入れて248個あるのだとか(諸説あり)。でも実は、元号に使われた漢字は73文字だけで、同じ漢字が繰り返し使われていることが多いようです。トップ3は、永(29回)・天(27回)・元(27回)。なるほどよく見る文字ですね。(ちなみに令和の「令」や平成の「成」は1回しか使われていないそうです!)いやぁ、子どもだけでなく大人も豆知識が増えるふえる(笑)。
伊藤氏は、「特に甲賀の人に覚えておいてほしい元号は『天正』」と、お話しされました。ヒントは「水口岡山城」です。それまでの統治とは異なり、甲賀の新時代の幕開けとなった、ということです。このあたり、夏休みの自由研究で、じっくり勉強を深めてほしいところですね。
ひと通りお話しを聞いた後、いよいよ毛筆で元号を書きます。子ども達は最初、「何の元号を書こう・・・」と戸惑いがちな様子でしたが、いざ書き出したら筆が止まらない(笑)。「先生、次書く紙が無い!」「書いたの置く場所が無い!」と、どんどん書いていきます。子ども達の『ハマりっぷり』には、こちらも嬉しくなりました(笑)。
最後に、伊藤氏が持っておられた硯(すずり)で墨(すみ)をする特別体験も。墨汁に慣れた子ども達には、とても新鮮で貴重な体験となったようです。


さてさて、子ども達にとっては、何がきっかけになるかわかりません。多くのことに興味を持って、この夏いろんなことに挑戦してもらえれば、きっと日本の未来は明るい!です!!

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「花湖さんの打出のコヅチ」第4回 開催しました

昨日の大津は、日中の最高気温が34℃という真夏日になりましたが、そんな中、滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」第4回を開催いたしました。
暑さのため外出を見合わせる方もいらっしゃるのではないかと、気を揉んだりもしておりましたが、結果、194名という大変大勢の方に、(猛暑以上の)熱い学習意欲とともに(!)お越しいただくことができました!!皆さま、本当にありがとうございました。

今年度の文化財講座もいよいよ後半戦。そのテーマでもある「明智光秀」の謎の前半生に迫る!!ということで、「明智光秀近江出身伝説を追う-琵琶湖文化館蔵『淡海温故録』から広がる世界-」と銘打ち、講師として、講座でおなじみの井上優(県教委文化財保護課・琵琶湖文化館)が登壇いたしました。

今回は、光秀の出生地について、美濃の各地に当てる説が多い中、細々ながら伝えられてきた「近江国犬上郡左目(今の多賀町佐目)」説を、当館が所蔵する江戸時代の地誌『淡海温故録(おうみおんころく)』の記述内容を紐解き、紹介させていただきました。
・・・と、それだけでは終わらないところが、我らが講師、流石です(笑)。そこから更に「広がる世界」~!
文献に書かれていることを確かめに、また、新たな資料を探し求めて、講師は伝説の舞台・多賀町佐目を訪れています。そして、地元の方との交流の中から新たに得た情報をもとに打ち立てられたのが、装いを新たにした井上流「光秀近江出身説」。講師のおっしゃるように、まだまだ「決定的ではない」かもしれませんが、この誠に“郷土愛”に溢れる説は、参加者の多くを虜にしてしまったようです。
講座後のアンケートでは、「今まで地元びいきの伝説だと思われたお話が、根拠をもって生き帰ってきたように思います」「グイグイ引き付けられました」「歴史の捉え方のヒントが得られた」「佐目に行ってみたい」「すっぽりはまり込んでしまった」「切り口が興味深く、テレビドラマの放映も控えていて、おもしろく講座を聞くことができた」などなど、講座の余韻にひたる、嬉しいご感想をいただきました。

なお、今回も滋賀県立図書館さんのご協力により、講座に関連する図書の移動展示をしていただきました。参加者の方からは、「より幅広く講座の内容を知ることが出来て良かった」というお声をいただいております。図書館さん、どうもありがとうございました。

また、当館発行の「研究紀要第35号」には、「淡海温故録」の明智光秀出生地異伝と現地伝承について、詳しく掲載していますので、是非こちらもチェックして下さいね(PDFダウンロード可)。

それでは皆さま、また次回の講座でお待ちしております!!

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