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浅井長政像

滋賀の湖北地域に桜が咲くころ~~。毎年この時季に当館では、長浜市の旧湖北町で行われる戦国大名:浅井長政氏の法要のため、お預かりしている絹本著色「浅井長政像」(滋賀県指定文化財)を一時返却にうかがっています。
あきつブログ読者の常連さんの中には、「また今年もその話題?」と思う方がいらっしゃるかもしれません・・・ので、今年は少し角度を変えて(?!)ご紹介します~。

当館がお預かりしている「浅井長政像」は、ホームページの収蔵品紹介:絵画部門の中で紹介していますが、画面上部に書かれている「賛」によると、長政の一周忌を経て作られた、いわゆる本尊とされる御像です。今から約400年余り前から時代を経て、人々に守り伝えられてきた作品です。[詳しくはコチラ]

一方で、この掛軸が製作された当時の様子はどうであったか・・・というのも少し気になるところ。実は、ちょうど今、滋賀県立安土城考古博物館さんの企画展「収蔵品で語る城郭と考古」展で、この掛軸の復元資料が8日まで展示されています(会期:残りわずか!)。
展示されている作品は、平成8年に作られた復元模写で、元々の掛軸の表面観察や赤外線写真、他の画像からの研究等により、当時の姿が鮮やかに再現されています。会場で見た時には「お~っと!見た事のあるこの御方は、当館でお預かりしている長政さま!なんて鮮やかな!」と驚いて足を止めてしまいました。
タイムスリップとはこんな感じ?(笑)。

永い時を経て、人々に拝まれ供養されてきた長政像は、ふっくらとした面持ちながら叡智と威厳をたたえているかのようです。現代に蘇った長政像は、28歳で亡くなった若武者の精悍さと清々しさが感じられます。どちらも後世に長く残ってほしい作品です。

筆:あきつ

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湖上にお城ができるまで

当館のホームページの「湖上にお城ができるまで-写真アーカイブ-」のコーナー、皆さん楽しんでいただけましたか?昭和35年4月の起工式から36年3月の開館を迎えるまでの文化館が建設されていく様子を、懐かしい写真でご紹介させていただきました。ホームページ上では約1年半をかけていきましたが、先日ようやく開館式までたどり着き、ここで一つの区切りを迎えることとなりました。

写真の更新には様々な苦労がありました。「この写真を紹介したいけれど、前に紹介したものと似ているな~」とか、「次の写真とつなげるにはどうしたらいいかしら?」など、建設の流れを、臨場感たっぷりに伝えるにはどうしたらいいか、たくさんの写真を前に試行錯誤の日々でした。現在、文化館の表通りの掲示板に開館式の様子をポスターで貼り出していますが、立ち止まって写真を見て行かれる方も多く「ここまで紹介できて良かったな~」と改めて思います。

実は、紹介しきれなかった所もたくさんありました。例えば開館当日の前庭は、整備が間に合わず更地のままの状態でステージをこしらえ、オープニングイベントを行っています。
その後に、約一年をかけて前庭は整備されましたが、その様子もちゃんと写真におさめられています。樹が植えられた時の写真や、700人もの人が休憩できるパラソル休憩所の写真、駐車場が整備さたれ写真など。。。 “湖上にお城”ができてからも、まだまだ琵琶湖文化館はつくられていたのです。

昭和40年代には、ブランコや滑り台、シーソーなどの遊具も設置され、娯楽施設があまりなかった時代に、文化館の前庭は安心して子どもたちを遊ばせることができる場所だったそうです。建物は約1年の工事でしたが、前庭を含めると、時間をかけて皆さんの楽しめる施設に整えられていったのだと、写真を整理していてしみじみと思いました。

機会があればまた、文化館開館後の懐かしい写真なども紹介出来ればと思っています。皆さま、お付き合い下さり、どうもありがとうございました!

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武徳殿のお別れ会

25日日曜日、県体育文化館(旧武徳殿)が、この春に取り壊しとなる前に、最後のお別れ会として1日だけ一般に公開されました。文化館にとって武徳殿は、先代にあたるお師匠さまのような存在。当館の前身である滋賀県立産業文化館があった建物です。戦後間もない昭和23年から昭和30年まで、全国に先駆けて産業・芸術・文化の保存と公開に努めた場所でもあります。
一般的には、県体育文化館として「武道場」のイメージしかない・・・という人が多いと思いますが、文化館にとってはやはり大先輩としての存在・・・「文化の殿堂・・・お疲れさまでした!」との思いが強く、また、産業文化館の写真を整理した際に、白黒写真でしか見ていなかった建物の内部がどのようになっているのか、一度見てみたいという思いもあり、当日参加させていただきました。

会場では、礼儀正しく「礼」をしてから会場に入る学生さんの姿や、娘さんと一緒に杖をついて来られたご老人、昭和の和風建築の粋を撮影するカメラマンなど、それぞれの思いを胸に、様々なかたちで思い出の場所とのお別れを惜しまれていました。
そのような方たちの間を、産業文化館当時の写真を片手に、小走りする僕たち・・・。
「会場広い!」「あっ!ここが写真と同じ場所!」「今は文化館にある壁画がココに飾られていた!!」等々、武道場としての思い出を持つ人たちとは少し異なるテンションで写真に収めてきました。懐かしいお友達に会えたような、わからなかった謎が解けたような、それでいて名残惜しいような・・・そんな気持ちになりました。

会場をくまなく見終えて帰る時、思わず知らず僕たちも一礼・・・。心の中で「お疲れさまでした。有り難うございました。」と言わずにいられない・・・そんな建物でした。昭和の歴史に残る建物の最後を、見届けることができてよかったです。

筆:あきつ

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「打出のコヅチ」開催直前 プレ講座のお知らせ

毎年ご好評をいただいております滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」。おかげさまで、平成29年度に10周年を迎えることができました。そこで、これまで講座を支えてくださった皆様への感謝の気持ちを込めて!今年は特別に「打出のコヅチ」開催直前プレ講座(日時:5月17日(木)13:30~、会場:コラボしが21)を開催させていただくことになりました。講師は、コヅチでおなじみの、滋賀県教育委員会文化財保護課・井上優氏です!

井上氏には今回、「神社本殿から、木の経典を発見!‐東近江市松尾神社法華経‐」と題して、東近江市にある松尾神社で、平成26年(2014年)に発見された南北朝時代の「こけら経」についてお話していただきます。

仏教の経典(お経)は、紙に書かれているものが多いのですが、紙ではなく薄い板材に一行ずつ書写する「こけら経」というものもあります。松尾神社の「こけら経」は、神社の本殿から発見されたものとして全国唯一の事例となります。
この貴重な資料をもとに、神仏習合の信仰資料としての「こけら経」について、発見の経緯やその特徴および歴史的な意義などを含めて、いつものように、楽しい&詳しい&わかりやすい!と三拍子揃ったお話を聞かせていただけることと思います。

プレ講座のことが気になった方、講座内容・申込方法など詳しくはこちらをご覧くださいね。また、6月からの「打出のコヅチ」本講座の方も、ただいま申込受付中です。講座各回の内容についても、講座・イベント情報コーナー「打出のコヅチ」に詳しく掲載いたしましたので、ぜひご覧ください。プレ講座と本講座、併せてお申込み頂くこともできます。それでは、多くの方のご参加をお待ちしております。お申込みはどうぞお早めに!

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文化館に設置された足場

文化館は現在、本館と別館の3階部分が工事用の足場で覆われています。「何をしているの?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。実は屋根の軒先、外回廊の天井に開館当時からついている照明器具を撤去するための足場です。
「琵琶湖文化館の外側に照明なんてあったかしら?」と疑問に思われた方もいらっしゃるのでは?そんな方のためにご用意いたしました。昭和36年開館当初に撮影されたこの写真。ほら!ね。本館・別館ともに、3階に煌々と照明が灯っているでしょう?!この頃文化館では、夜になると屋上のトンボと共にこの外回廊にも灯りがついていました。ライトアップされ、夜の景色に浮かび上がる文化館はさながら不夜城のようだったと言われています。

この足場の設置には作業員さんの並々ならぬ苦労がありました。場所柄クレーン車なども使用できないため、3階までは重い資材を人力で運び上げなくてはなりません。それを4人の作業員さんが肩に資材を担ぎ、何度も階段を往復して運んで下さいました。「大変すぎて笑いが出る」との言葉も出るほどの重労働です。。。皆さん本当にお疲れ様でした!また撤去の時もよろしくお願いします(笑)。

この工事は約10日ほどで終わる予定です。高所での作業は大変ですが、期間中無事故で安全に作業を進めることができますように。。。

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県内で国宝!52年ぶり

先日、嬉しいニュースが飛び込んできましたね。国の文化審議会が9日、中世の村の自治組織「惣村(そうそん)」の掟(おきて)や相論などを記録した、長浜市西浅井町菅浦につたわる「菅浦文書(すがうらもんじょ)」と絵図を、国宝に指定するように答申しました。菅浦文書が重要文化財に指定されたのは昭和51年6月5日、それから42年の時を経てこのたび国宝へ。滋賀県での国宝の指定は、52年ぶりとなるそうです。

聞くところによると、この菅浦文書はこれまで800以上の学術論文で引用されたとのこと。当館でも、過去に開催した展覧会で、お借りしたことがあります。例えば、
昭和53年 近江文化史シリーズ 鎌倉時代の文化展
昭和56年 近江の名宝展
昭和58年 近江の歴史展
昭和63年 近江の古文書展

※写真は昭和58年頃の菅浦の風景

お気付きですか?展覧会のタイトルに全て「近江」と入っています。中世の庶民の暮らしを村人が書き残したこの菅浦文書は、まさしく私たちの「近江」を語る上で、欠くことのできない大変貴重な資料なのです。

滋賀で新たな国宝の誕生・・・この喜びを皆さんとともに!

筆:あきつ

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花よりおぼろに!唐崎の松

先日、ニュースにもなりましたが、先月28日に大津市にある唐崎神社で、昨年から急に衰え出した「唐崎の松」の横に、後継樹となる若木が植えられたとのこと。今の松は、明治21年(1888)頃に植え替えられた3代目なので、もう樹齢130年以上になるのですね。「唐崎の松」といえば、近江八景の一つ「唐崎夜雨」でもよく知られた景勝地。「近江八景」は、歌川広重の浮世絵で一躍有名になりましたが、他にも多くの画家が好んで描く画題となっています。当館の所蔵品にも「唐崎の松」を描いた作品がいくつかありますので、ここで少しご紹介しましょう。

まずは、幕末から明治に活躍した四条派の画家、長谷川玉峰による「近江八景図」です。唐崎の松は、遠くにありますが、画面のほぼ中央にこんもりと描かれているのがそれです。近江八景を一枚の絵に納める場合、琵琶湖を真ん中に置いて、その周りに八景を配置するのがよくある構図ではないかと思いますが、そうではないところに、画家の、この松への特別な思いが感じられます。

もう一つ、こちらは近江八景図ではありませんが、文政5年(1822)に日吉大社の祝部(神職)生源寺業蕃が描いた「日吉祭礼図」のなかにある「唐崎の松」です。唐崎の松には、大津宮遷都の翌年668年に、もと奈良にいた日吉大社の神がここに降り立ったという伝承があり、日吉大社とは深いゆかりのあるもの。この絵でも松がひときわ大きく立派に描かれているように見えるのは。。。気のせいですか?

いかがでしょうか?同じ唐崎の松でも、こうしてみるといろいろな描き方があって面白いですね。「唐崎の松と夜雨」は、平成22年度に「近江水の宝」にも選ばれています。これも滋賀の大事なお宝。今回植えられた若木も、これからまた数多くの絵に描かれるように(いや、今風に言うなら“インスタ映え”するようにですか?)立派に枝を張った大きな木となるよう、みんなで見守って行きたいですね。

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雪景色から春を告げる

今年の冬は寒波が何度も押し寄せて、北陸では記録的な積雪、また東京では雪による交通網の混乱と、日本列島は雪に悩まされています。雪も、適度に降れば素敵な景色を見せてくれますが、なにしろ相手は自然です。なかなか思うようにはいきません。

ですが、ココは文化館。絵画作品の中なら素敵な雪景色が見られる。。。!ということでご紹介しましょう。館蔵品「寒華倣雪図」を。これは山本梅逸(1783~1856)が描いた作品で、竹や梅、水仙など数種類の植物に雪がうっすらと積もる、まさに素敵な雪景色!の絵です。この作品には、「春を告げる花」が描かれていますが皆さま、どこだかわかります?

花のことに詳しくない私は、どうしても画面中央の椿と南天の赤色に目がいって、なかなか気づきませんでした。。。画面下の方に視線を持っていくと、地面で咲く黄色い花がちょこんと見えませんか?全体像ではわかりづらいかもしれないので、スポットをあててみますね。

ほらこの通り、咲いているでしょう?!この黄色い花は、福寿草と言って、別名を「元日草」「朔日草」とも言うそうです。その名前には「新春を祝う」という意味もあるらしく、早春に縁のある植物なのです。福寿草が描かれることで、まもなく来る春の訪れを感じる事ができます。ちなみに、福寿草の見ごろを調べてみると、なんと2月~3月となっています。「今頃、新春を祝う花!?」と思ってしまいますが、ココは暦み上、旧暦と新暦とで感じ方がズレるのですね。本日、2月19日は旧暦では1月4日。この作品を愛でるのにピッタリの季節なのです。

折しも今日は、二十四節気の「雨水(うすい)」。空から降るものが雪から雨に変わり、氷が融けて水になる…春の先駆けです。まだまだ寒い日が続きますが、春は一歩一歩近づいている。。。のですね!文化館の絵画の中にある雪景色から告げられた春に、季節の移り変わりをほんの少し感じました。

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研究紀要 本日入稿!

2月16日(金)、今日という日はおめでたい。。。本日17:00、無事、今年度の「研究紀要」原稿を入稿、データを印刷業者さんに手渡しました!例年より仕上がりが遅れてしまい、どうなることかとハラハラした原稿作成でしたが、何とか年度内に発行出来る見込みとなりました。

この時期、どこの博物館さんも、春の展覧会準備や紀要・年報の発行準備に追われておられることと思います。毎年、そうならないように・・・締切ギリギリにならないようにと、悔い改めているハズなのですが、なかなかうまくいかないのが人のサガでございます。同業他館さま、ご苦労のほど、心中お察しします。。。(笑)。

無事入稿を終えただけでは・・・まだまだこれから、納品されるまでは印刷業者さんと怒涛のやり取りが繰り広げられるわけですが、今は仕上がりを楽しみに、ホッと一息つかせていただきます。。。

筆:あきつ

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チョコと博物館

先日、滋賀県博物館協議会(県内の博物館施設:美術館・資料館なども含む)が開催する第2回情報交換会「スマートフォン時代の博物館・美術館の新たな広報戦略について」という研修会に参加してきました。

スマートフォン時代・・・当館の広報戦略としても、とても気になるところ・・・今回お話し下さった講師は、福井市教育委員会文化財保護課にお勤めの藤川氏です。以前福井市立郷土歴史博物館の学芸員として勤務されていたこともあり、その時の様々な「広報戦略」について、大変興味深いお話をうかがうことが出来ました。福井市立郷土歴史博物館と聞いて、思い当たるのは・・・アレですよ、アレ。その名も「三角縁神獣鏡チョコ」!藤川氏はその仕掛人となる方です。ご存知ない?古墳から多く発見される神獣鏡は、青銅製で鋳型に流し込んで作られていますが、福井市博さんのワークショップでは、なんとシリコーンプレートにチョコレートを流し込んで直径約20cm(原寸大)のチョコのレプリカを作る鋳造体験?が人気となっています。その完成度の高さからTwitterなどでも話題となりました。皆さん楽しい事って大好きですものね。しかも今どきで言う「インスタ映え」するレアな体験です。人に言いたくなりますよね~。
・・・ふっふっふっ。実施する館にとっては既にそれが広報戦略。
・・・たくさんの人に情報が広がります。

今の時代、何よりの広報戦略として「口コミ」に勝るものはない。。。スマートフォン時代の新たな戦略として、facebookやTwitterを活用するなどの事例も紹介され、参加していた方からは、「SNSで発信する時に内容の決裁はとるのか」「即時性は?」「何人で更新しているのか」「問題点は?」など、具体的な運用に向けての質問が寄せられるなど、全体的に熱気あふれる情報交換会となりました。

『実験考古学系スイーツ僧侶(おうちはお寺さん)』を自称する藤川氏は、冒頭で、「遊び心があっていい」と言っておられました。「自分がやって楽しいと思う事を多くの人に広めたい」と。知的好奇心や興味・新たな発見を多くの人に広める場である博物館が出来ることは、まだまだありそうです。いいお話に刺激を受けて、何か新しいアイデアはないかと、頭を悩ます帰り道でありました。
・・・違う!五感を楽しい方向に導く努力をあきらめない、と気持ちを新たにした帰り道となりました・・・マル〇。

筆:あきつ

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OK!バブリーの残したモノ

開館から57年を経て、さまざまなモノが蓄積されている琵琶湖文化館。館内で片づけなどをしておりますと、時々ビックリするもモノが現れます。といっても、今回現れたモノは文化財などの収蔵品ではありません。とある部屋に置き去りにされていた段ボール箱。機材か何かを運び入れた時に使ったのでしょうか?中を開けると、そこに現れたのは・・・、古新聞とともに緩衝材にしていた、ある婦人雑誌の平成4年(1992)正月号でした!

平成4年(1992)1月というと、今からちょうど26年前、バブルの絶頂期の余韻がまだまだ残るころです。で、その雑誌ですが、お正月号なので表紙を飾る日本髪を結った和服姿の女優さんや、豪華なおせち料理の特集は、まあ納得できますが・・・、小特集の「ともかく5000万円ためる法」や、厚い肩パットの入ったきらびやかなスーツやドレスを着て、髪をソバージュにしたモデルさんによる「フォーマルウェアの着こなしとマナー」などなど・・・、なんともバブリー!!この時代をリアルタイムに知る世代としては、懐かしいを通り越して、ちょっと気恥ずかしい・・・デス。これ、若い世代には、まさに“ぶっ飛びー!”に、“おったまげ~”なんでしょうね。

世間ではこのところ、大阪の高校生たちが荻野目洋子さんのヒット曲「ダンシング・ヒーロー」に乗せて踊る、バブリーダンスなるものが話題となっているようです。これがまた、当時の雰囲気をよく捉えていてなかなかのもの。聞くところによると、衣装などは、彼女たちのお母様が大事に残していたものなどを借りてのことだそう。なるほどね!きっと、今の高校生の親御さんがバブル世代で、いろいろな思い出がたっぷり詰まっていて、手放せなかったのでしょう。そこに今度は、娘さんたちの青春の証があらたに詰まっていって。。。ああ、モノってきっと、お金をかけたってことではなく、思い出がいっぱい詰まってこそ、次の世代に伝えられていくのね~と、しみじみ。

同じことは、文化財にも言えるのかも?先人の思い、そして歴史の重みがあってこその文化財。でも、その思いが過去の人だけのものではなく、今の私たちの思いともしっかりと重なってこそ、伝わり残されていくのでは?そして、地域の中でモノが伝わっていく過程で、博物館という場にお手伝いできることは、まだまだたくさんあるのではないかと。。。冬眠から覚めたように躍り出てきたバブリーなモノを目の当たりにして、そんなことを感じた次第でございます。。。

 さあ!それでは最後に、我らが文化館のキャッスル・ヒーロー:あきつ君による「ダンシング・ヒーロー(あきつVer.)」をお届けしましょう!一緒に踊ってみてね~♪

赤いしっぽの さみしがり屋なの 
くるくるライトの 素敵な瞳
(間奏)
今夜だけでも トンデレラ・ボーイ
Doいうお名前かな
輝く羽で 踊って 君の名はあきつ
ちょっときどった ツンデレラ・ボーイ
Doいうお名前かな
湖岸チックに まわって 君の名はあきつ

←屋上の大トンボが光って回っていた頃の写真(昭和36年4月撮影)

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文化財防火デー

今日は『文化財防火デー』です。これは、昭和24年1月26日に、現存する世界最古の木造建造物である法隆寺(奈良県)の金堂が炎上し、壁画が焼損したことに基づいて昭和30年に制定されました。以来、毎年この日を中心に、文化財を火災、震災その他の災害から守るとともに、全国的に文化財防火運動を展開し、文化財愛護に関する意識の啓発が図られています。
当館の別館は八角形の形をしているため、法隆寺の「夢殿」とも浅からぬご縁を感じて(勝手にそう思って)おり、文化財を守る当館においても、一層の緊張感を持って消防設備のチェックなどを行っています。

昨日の写真アーカイブでは、当館の「鴟尾(しび)」を紹介しました。「鴟」は鳥のトビのことで、鴟尾には火除けや魔除けのまじないの意味があると言われています。トビの尾であるとか魚の尾であるとか、これには諸説あるようですが、いずれにしても建物を守りたいとの思いが込められているのです。もちろん当館の鴟尾にも・・。

最初僕は「鴟尾」をイメージだけで「鳩尾(はとお・きゅうび)」と勘違いしていました。調べてみると「鳩尾」とは「みぞおち」と紹介されています。・・・頭の中は???だらけ・・・
屋根に「みぞおち」が設置されているワケがない!!
と、改めて他の職員さんに聞いてしまった・・・というのは、恥ずかしい笑い話。。。一字違いでエライ違いです。皆さんお気を付けて。。。

鴟尾は、宮殿や寺院などの大建築の大屋根に設置されていることが多いとか。奈良の東大寺や唐招提寺金色堂の鴟尾が有名ですね。・・・ん?寺院?・・・当館の鴟尾がのっている本館は、難攻不落の「お城」の形をしているのです・・・が?。

夢殿、鴟尾、お城・・・昭和36年当時、当館の建設に関わった人たちが、様々な「夢」と「願い」をこの建物に託していたことは間違いありません。滋賀の文化財を守って行くために。

文化財防火デーをきっかけに、文化館にまつわるエトセトラに思いを馳せ、気を引き締める一日となりました。

筆:あきつ

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「追分の道標」を追いかけて

琵琶湖文化館を10数年以上前からご存知の方はきっと、文化館前に建てられていた「追分の道標」のことを覚えていらっしゃることでしょう。「逢坂の常夜灯」や「車石」、「近江国分寺の礎石」などの石造物もありましたね。これらは平成17年に移設され、今は安土城考古博物館さんの屋外展示物となっています。

大津の追分の地は、東海道と伏見・奈良へ向かう街道の分岐点にあたり、角には道案内のための道標が建てられています。特に、石柱の表面に刻まれた「みぎハ京ミチ、ひだりハふしミミち、柳緑花紅」という風流な字句が、多くの人々の目に留まったようで、江戸時代の『伊勢参宮名所図会』などにも記された、古くから有名な道標です。

現在、追分に建っているものは、昭和29年に再建されたもので、「初代の道標は文化館前に移された」という話が、一般に流布しているようです。でも、琵琶湖文化館が開館したのは昭和36年のこと。それまでの間、初代の道標はどこにあったのか?疑問に思われた方もいらっしゃるでしょう。謎・・・ですよね~?!でも、そこは歴史と伝統の文化館!あるのです、謎を解くカギが!

先日、古い写真ガラス乾板を整理していたところ…出てまいりましたよ「みぎハ京ミチ」の文字の刻まれた道標の写った写真!!昭和30年代前半の滋賀会館(昭和29年建設)の写真です(右の写真)。
昭和23年に出来た滋賀県立産業文化館(琵琶湖文化館の前身)は、昭和30年12月から昭和36年3月の文化館開館までの間、陳列場を滋賀会館の2階に移しておりました。おそらくその頃のものと思われる滋賀会館の、東側入り口脇に「追分の道標」が写っております。

追分の道標は、琵琶湖文化館前に移るまでの間、滋賀会館前にあったのです!!

さて、これで一件落着、円満解決!めでたし、めでたし・・・?いいえ、どうもそうではないようです。。。

実は、道標のことは当館の昔の記録に「昭和25年9月 大津市藤尾(追分)から」とあり、すでに産業文化館時代に館の収蔵品となっていたことが確認できます。左の写真は、昭和27年2月から3月頃に撮影された、産業文化館(武徳殿)の全景写真です。こちらの写真をよ~く見ると、正面に向かって右手の方の片隅に、しかと道標らしきものが建てられております。拡大して見ると、「みぎハ京ミチ」の文字もしっかりと。

昭和23年に開館した直後の写真には、道標は写っていないので。。。昭和25年に産業文化館に収蔵されたという記録は、写真によっても裏付けられるのです。結局、道標は、追分→産業文化館前→滋賀会館前→琵琶湖文化館前→安土城考古博物館、と移動したということ、なんですね。どうですか?皆さま、謎が解けて、すっきりされましたか?

さて、ここでもう一度思い起こしていただきたいのが、「初代の道標は文化館前に移された」と巷に流布する話です。この「文化館」というのは、もしかして「産業文化館」のことだったのではないでしょうか?そうすると、辻褄は合ってきますよね。「初代の道標は(昭和25年に)(産業)文化館前に移された」と。

時は移り、「産業文化館」は「琵琶湖文化館」となり、道標も産業文化館前から(滋賀会館前を経て)琵琶湖文化館前に移ったので、この話の中の「文化館」が「琵琶湖文化館」に取り違えられていっても、あながち間違いではないのでしょう。。。

でも、実際には、道標は追分からいきなり琵琶湖文化館前に移されたのではなく、また、どこか他所へ行っていた訳でもなく、55年の間ず~っと(名前も場所も変わりましたが)「文化館」の前に建ち続けていたのだということを、ここで皆さまにも知っておいていただければと思います。

(写真は上から、①滋賀会館全景 昭和30年代前半 ②滋賀会館入口 昭和30年代前半 ③滋賀県立産業文化館全景 昭和27年 ④③の部分拡大)

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「57年前の思い」を現在も。

みなさま、新年が明けて初めて更新した「写真アーカイブ」 をご覧になってくださいましたか?昭和35~36年にかけて琵琶湖文化館を建設していく様子を、一昨年12月からお伝えして、はや一年。(途中お休みもいただきましたが…)ようやく、先週の更新で上棟祭までの写真をお見せすることがきました。文化館の開館まで着々と近づいていますよ!

上棟祭についての写真をホームページにアップした日は、「1月11日」。奇しくも、57年前の昭和36年に上棟祭を執り行った、まさにその日でした!偶然とはいえ、すごい繋がりを感じます。そして、更新作業中に「文化館の棟札」の写真を見て思い出したのです。「私、この実物を見た事がある」と…
覚えておられますか?「ビックリ箱にご対面」というタイトルのブログの中で、本館5階展望閣の屋根裏にある棟札のことに、少し触れています。そう!実は私、この時に琵琶湖文化館の棟札の実物を見ていたのです。

棟札は、一般的に天井裏などに掲げられるため、建設後はほとんど目にすることがありません。私も、この時に初めて見ました。
「写真アーカイブ」でもお伝えしたように、文化館の棟札は大人の身長ほどもある、とても大きなものです。そんな棟札を前にすると、他に誰もいないはずの真っ暗な天井裏に、まるでそこに”誰かがいる”かのような気持ちがしてきました。
土地の守り神様、建物の守り神様、工匠の守り神様、どうか琵琶湖文化館をお守りください…57年前に建設に携わった方たちの思いが、半世紀以上経った現在に繋がっているのかと思うと感慨深くなって、しばらく動けずに見つめていたことを思い出します。
この大きな棟札に懸けられた「思い」を今、改めて胸に刻んでおきたいものです。

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受験生の皆さんへ

13・14日は大学入試センター試験。いよいよ受験シーズンに突入!!というわけで、今日は文化館のシンボル:トンボの「あきつ君」からメッセージをお届けします。


受験に挑まれる皆さんへ、自分を信じて全力で試験に挑んで下さい!
大丈夫!『勝ち虫』トンボのあきつ君も応援しています!

なぜ、唐突にこの僕が応援することになったかと申しますと・・・

僕たちトンボは空中を飛び回る生き物です。前にしか飛ばない(後退しない)トンボを『勝ち虫』として、戦国武将たちは好んで兜の前立てや武具の模様としてトンボを描いてくれていたそうです。「敵を前にして決して後ろには退かない」「臆することなく前進する」姿が縁起の良いものとされ、武将の心意気にもピッタリと重なったのでしょう。(ちなみに、役所広司さん主演のドラマ「陸王」では、こはぜ屋のシンボルマークに勝ち虫=トンボが使われてましたよ!) 勝負に勝つ!!
どうですか?トンボは、目指す目標に向かって受験に挑まれる学生さん達を応援するのに、ピッタリな生き物でしょう?!

僕は皆さんの勉強のお手伝いはできませんが、応援することなら任せて下さい。ということで『合格御守』(携帯で画像保存できます⇒)!!ここまできたら、あとはトンボ頼み?! 緊張せず肩の力を抜いて深呼吸!

自分を信じて、前だけを見て、未来にはばたいて下さ~い!


晴れて合格の暁には、文化館のトンボと笑顔の写真を、SNSにアップしていただけると嬉しい。。。な?!

筆:あきつ

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記憶に残るあのニュース

今日は今年の仕事納め。1年がとても早く感じられるのは、充実していた証拠・・・と言ってもいいですか、ね?(人に聞いてる時点でアウトでしょう(笑))
文化館の日常は、このブログにいろいろと書かせていただいているので、「あんなことがあった」「こんなことも」「エッ?あれは今年の話?」と、ブログを見ながら振り返ることも、これまた楽しみの一つ。まさしく文化館日記です。
そういった振り返りの中で、今年、記憶に残っているニュースの一つに、日韓の民間団体が共同で申請した『朝鮮通信使に関する記録』が、ユネスコ「世界の記憶(世界記憶遺産)」に決定した!というニュースがあります。
というのも、文化館には『朝鮮通信使』を描いた「琵琶湖図」(円山応震筆)があり、思い返せば平成23年、大韓民国国立中央博物館(ソウル)において開催された展覧会「日本 仏教美術 -琵琶湖周辺の仏教信仰-」展に、この琵琶湖図も出品されました。文化館の収蔵品の中でも、いち早く異文化交流を果たしてきた作品・・・でもあります。

ではここで皆さん、想像力を膨らませてみましょう。「琵琶湖図」の中で朝鮮通信使が描かれているのは、大津の湖畔。私たちにも馴染みの道を、異国の服を着た人たちがワイワイにぎやかに、盆と正月が一緒に来た!みたいな一行が通って行ったと思うと、ちょっと楽しい気分になりません?(笑)。これが文化館的「琵琶湖図」の楽しみ方、異文化交流の第一歩です。

さぁて、もういくつ寝るとお正月。年明けにはこの「琵琶湖図」について、皆さんに『お楽しみなご報告』が出来る・・・かな?乞うご期待!では、よいお年を!

筆:あきつ

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琵琶湖文化館の子犬たち

平成29年も、あと2週間を切りました。新しい年が近づいてきて、皆さま忙しくなってきていませんか?新年に向けて悩むのが“年賀状作り”ですよね。毎年「どんなデザインにしよう…」と悩んでいらっしゃる?そんな方に、ちょっとお知らせです。

この時期、店頭でこのような表紙のカタログをよく見かけませんか?たくさんある年賀状デザインから、お好みのデザインを選んでお店で印刷してくれる、とっても便利なサービスのカタログです。この豊富なデザインの中に、実は文化館所蔵の「狗子図」(円山応挙筆)が掲載されています。かわいい子犬の年賀状が簡単にできるのです!子犬のコロコロとした愛くるしい姿に心癒されるデザインですので、この表紙をお店で見かけたら、ぜひ手に取ってみてください。

ちなみに、文化館前の掲示板では毎年「新年のご挨拶」を掲示します。コチラでも、このコロコロした子犬(文化館の通称:コロ犬くん)たちを使いたいと考えていますが、ココで文化館的悩みドコロ発生なのです。。。
実はこの子犬たち、もとは「二曲屏風」の絵なのです。今回カタログで掲載されているのは、第一扇(屏風に向かって右側)の絵で、もうひとつ第二扇(向かって左)にも、別のかわいい子犬たちが描かれています。花の下でじゃれあう2匹とそのすがたを眺める黒い子犬の後ろ姿。。。見ていると顔がほころんできます。この背を向けた子犬はいったいどんな顔をしているのかな?う~ん、気になります。。。どちらも本当にかわいいので、どちらを使うかとても悩むところ。いっそのこと、両方とも使ってゴージャスに?!

どのコを使うか悩んでも、琵琶湖文化館の館蔵品は『干支ネタ』には困らない…有難さです(笑)。

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文化館を守る日

12月も10日を過ぎ、文化館の事務所では、季節を感じさせてくれる花が咲いています。花の名は「デンマーク カクタス」、馴染みの名前はシャコバサボテンです。寒さが厳しくなるこの時期に、彩りを添えてくれる可愛らしいこの花。
何故か年末の気忙しさよりも、きらびやかなイルミネーションの街並みを想像させてくれるので、僕はとても癒されています。。。

さて、先日の土曜日、文化館は休館日だったのですが、入口にはズラッと・・・皆さんも見覚えのある(?)色の車が並んでいます。

そして薄暗い館内に伸びるコードの束と発電機・・・そうです、この日は電気設備の停電点検を行いました。

外からは見えませんが、館内には受電設備があり、高圧電力を受けている当館では、定期的な設備点検は欠かせません。なので、職員さんがお休みの日に全館停電をさせて、専門技師さんにチェックをしていただくのです。

とは言え、作業をされている間電気が使えないとなると、机作業が本業の事務方の僕は、ボ~っと終わるのを待っているだけ・・・と思われる??いえいえ、こんな時だからこその大掃除!を決行するのですよ!(笑)!

太陽の光を頼りに、いつもは手の届かないところを徹底的に!いっそのこと事務所のワックスがけもしてしまおう!なんてことをしていると、こちらのお掃除がまだ終わらないうちに、「点検作業終わりました~」の一声が・・・ま、これも毎年の事ですが(笑)。こうして「館を守る日」が無事終わっていくのです~(ちゃんと事務所のお掃除も完了させましたヨ)。

さぁて、「シャコバサボテン」「停電点検」「大掃除」、僕の中で年末を意識する三大キーワードが揃ったことで、一気に気持ちが焦り出します。あと3週間が勝負!いいお仕事をして気持ちよく新年を迎えたいものです~。

筆:あきつ

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ホームページ11月のアクセス数  

今年は冬の訪れが例年以上に早いようで、文化館の周りの水鳥たちも、日に日にその数を増してきているようです。「今日は朝から良いお天気~」と思いながら、ふと窓の外を見ると、プカプカ浮かぶ水鳥たちの向こうに、なんともキレイな七色の虹の橋が。。。イイことありそうです!

さてさて、気になる11月のホームページアクセス数ですが。。。この一月は1,278件と、またまた多くの方からのご訪問をいただきました。皆さま、どうもありがとうございました!毎月のことですが、検索用語を見せていただくと、皆さま本当にいろいろなキーワードを通して、このホームページに辿りついてこられるのに驚きます。そして、こちらもその度にハッと驚かされたり、改めて気付かされたりと、なかなかの刺激をいただいておりますので、実は密かな(?)楽しみとさせていだだいております。

今回の気になるキーワードは、プリンセス“文秀女王”さま。この方に関する用語で、このひと月に何件かの検索をしていただいたようです。ニュースによりますと、現代日本のプリンセス様は本日16歳のお誕生日をお迎えになったということで、お健やかに成長され、また勉学にも励まれているご様子、何よりでございます。で、こちらの文秀女王さまは、今から173年前の天保15年(1844)に伏見宮邦家親王の子としてお生まれになったプリンセス様でございます。御年3歳にして仏門に入られますが、書や和歌に優れた才能をお示しになったお方。この文秀女王の墨蹟2幅が文化館に収蔵されており、収蔵品紹介コーナーでご覧いただくことができます。「大胆にして力強く」「淀みない」、さすがプリンセス!という書風を、みなさまもぜひぜひ味わってみて下さい。

さあ、今年も残すところあと1ヶ月。年末ということで皆さま大変お忙しい時期だと思いますが、疲れた時はホット一息、文化館ホームページにアクセスしたら、きっとイイことありますよ!それでは、12月もどうぞよろしく!

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米原 散策ツアー

思いのほか紅葉するのが早かったこの秋。紅葉狩りのラストチャンス!と思って、この度、米原市のお寺を訪ねるツアーに参加してきました。

JR米原駅に集合、電車で柏原駅に移動し、てくてく歩くこと約20分。訪れたのは、清瀧寺 徳源院さまです。こちらは県指定名勝ともなっている池泉回遊式庭園があり、色付くお庭を部屋からうっとり眺めながらご住職のお話をうかがいました。京極家の菩提寺であるお寺さまなので、境内には歴代当主を供養する宝篋印塔(ほうきょういんとう)がズラリと並び・・・そうですコレが見たかった!写真整理で見ていた風景が目の前に!ちょっぴり涙が出ました。。。(肝心なその写真がなくてスミマセン!)

そして宿場町として栄えた名残が色濃く残る柏原宿。ここで昼食にいただいたのは、その名も「やいとうどん」!伊吹もぐさ(お灸:やいと)に見立てた「とろろ昆布」に「紅生姜」の赤い火がともった、身も心も温まるお食事でした。

元気が出たところで、次に向かったのは寂照山 成菩提院さまです。こちらでは寺宝の特別公開(~26日迄)も開催されていて・・・そうですコレが見たかった!文化館でお預かりしている重文:浄土曼荼羅図や県指定:普賢十羅刹女像も、この特別公開のために学芸員さんがお返しに向かわれており、館でお留守番をしている身としては、「一度お寺で展示されているところを見てみたいな~」と思っていたのです。それがこの機会に叶うとは!先ずはとても広い本堂にビックリ!ご住職が普賢十羅刹女像を説明された時、「今回参加の皆さんの中に『羅刹女(鬼人)』の方はおられません・・・ね?」と問いかけられ、一同苦笑い(笑)。いえいえ!大丈夫です!!

その後、旅の一行は近江長岡駅に移動し、最終目的地の石雲山 西福寺さまへ。こちらでは、特別に小堀遠州流の茶室「燕窓窠(えんそうか)」を見学させていただきました。元は長岡の庄屋であった田中家の迎賓施設であった建物。井伊直弼も訪れたというこの茶室を、境内に移築・復元し、最近完成したばかりなのだそうです(米原市指定文化財)。そうですコレが見たかった!歴史ある貴重な文化財を、地域の誇りとして保存・保護をするという選択。地元の皆さんに大切に守られ、これからも茶室として活かされ愛される・・・。一つの理想形を目の当たりにした気がして、とても素敵なことだと思いました。

伊吹山の麓でいろんな出会いがあった今回のツアー。行く先々でご住職の丁寧な説明とあたたかいおもてなし・・・小雨が降る寒さの中で、それは心に沁みるあたたかさでした。
以上、文化館的番外編:米原を楽しむ旅のご紹介でした~。滋賀のことをもっと知りたくなりました??

筆:あきつ

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フェノロサとのご縁

週明けの月曜日、なんという寒さ!皆さん風邪など引いておられませんか? 11月に入ると、冷え込んだ朝には湖上で『蜃気楼』が発生し、文化館から眺める琵琶湖大橋付近はとても神秘的な風景・・・となっていましたが、今朝は更に比良山にうっすらと雪が積もっているのが見えます。なるほど寒いわけです。
かと言って、このまま冬ごもりするわけにはいきません!まだまだお出掛けしたい、していただきたい!と思う今日この頃。一つご提案させていただきましょう。

そろそろ各館で開催されていた秋の特別展も終わりを迎える頃・・・僕はこの時期に思い出すことがあります。それは、文化館で平成16年に開催した「フェノロサ・天心の見た近江」という展覧会です。勤め出して間もなく、社会の教科書でしか触れた事のなかった、でもこの業界(日本美術・歴史系)では当たり前の超有名人:アーネスト・F・フェノロサ、岡倉天心のことを、僕はこの展覧会を通して改めて勉強することとなりました。ま、ここではその勉強の成果はさておき・・・皆さん、フェノロサの墓所が大津市内にあることはご存知ですか?
そこは、三井寺の名で親しまれる園城寺唯一の律院「法明院」の境内の片隅にあります。
フェノロサは、明治時代に廃仏毀釈が進む中、日本美術の素晴らしさを再認識し、膨大な調査を行うことでその重要性を訴えた、いわば文化財の「恩人」ともいえる人物。この業界の片隅に身を置くものとして、また近くにその墓所があるのなら、展覧会のお礼も兼ねて一度お参りしたい、と現地を訪れたのでした。

それからはや十数年・・・ちょっとした散策も兼ねて、このたび久々に訪れてみました。街中から少し外れた山の中腹、静寂と小鳥たちの鳴き声は当時と変わりなく、とても神聖な気持ちになります。「十数年前あの時のあのご縁、今も繋がせていただいております。。。文化財たちは今も元気ですよ。」とご報告。なんだか初心に返った気分です。

今回は、皇子が丘公園のバイパス沿いにある駐車場に車を停めて、えっちらおっちら歩きました。駐車場から往復で約4,000歩弱。歩くのにはいい距離です。今は紅葉も見頃となっていることでしょう。是非お訪ね下さい。

ちなみにその後、まだ少し元気だったので、更に行動範囲を広げて、早尾神社にもお参りしてきました。こちらも三井寺さんと縁のある神社さんです。その境内にあった狛犬の一つが、なんとも可愛らしく胸キュン。。。近くの山上不動尊にも立ち寄り、自分はまだまだ知らないことがいっぱいある未熟者だな~と、新しい出会いに感謝しつつ、ちょっぴりご満悦・・・な時間を過ごしました。とさ(笑)。

筆:あきつ

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兵主の神さまに会いに行きませんか?

先週のブログで、野洲市の御上神社様の展覧会についてご紹介させていただきましたが、今回は、同じく野洲市にある兵主大社様からの素敵な、お知らせです。
琵琶湖岸に近い、野洲市五条にある兵主大社は県下でも有数の歴史ある古社。こちらの神社で、今週末の18日(土)・19日(日)の2日間限定の、御鎮座1300年祭記念事業が開催されます。その名も『二夜かぎりの兵主の神との出会い』!タイトルだけでもすごく惹かれますよね?
この素敵なイベントには、当館が兵主大社様よりお預かりしている『木造神馬』も、特別公開されます!

左の画像は、このイベントのポスターなのですが。。。皆さま視点を下の方に移してください。下方中央に、赤い馬具を着けた、がっしりとした首の白馬の姿が確認できますね。そう!こちらがその『木造神馬』です。ちらりとのぞく歯が今にも嘶きそうで、写真ではなかなか分かりづらいかもしれませんが、実際に目の前にすると、その荘厳さにホレボレする、かなりの「イケ馬(メ)ン」です。実際に皆さまにもぜひとも、ご覧いただきたい!

今回のイベントでは、お預かりしている『木造神馬』の他にも、普段はなかなか見ることのできない神宝などが展示され、奉納イベントなども行われるそうです。そんな貴重な出逢いができるのは、この時だけ!しかも開催時間は2日間とも、午後5時から9時と、本当に「二夜かぎりの出会い」なのです。兵主大社様の国指定名勝の庭園では、毎年恒例の「紅葉のライトアップ」もあり、見どころ盛りだくさんの二夜になりそうです。この週末は、ぜひ、兵主大社様まで兵主の神さまに会いに行かれてはいかがでしょう?(詳しいことは、兵主大社様までおたずねください。)

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御上の神は相撲がお好き?

「○○の秋」ですね!「○○」には、どんな言葉を入れましょうか?文化館の「文化」と入れたいところですが、今日は元気よく「スポーツ」を入れてみたいと思います。皆さまのお好きなスポーツは、テニス?スキー?それともゴルフ?・・お相撲なんていかがでしょう?!「見るのは大好き!」という方は、たくさんいらっしゃるでしょうね。この12日(日)からは、大相撲九州場所が始まります。先場所で大逆転優勝した日馬富士など、今場所はどんな活躍が見られるでしょうか?楽しみです。。。

さて、文化館で相撲といえば、何といっても野洲市の御上神社様よりお預かりしている『木造相撲人形』です。こちらも大相撲に負けず劣らず大変な人気で、「いつ展示されますか?」などと、リクエスト(?!)のお電話を頂くこともあります。この作品、ただ今地元、野洲市歴史民俗博物館(銅鐸博物館)の「近江の古社 御上神社の歴史と文化」展に出陳中(~11月19日(日)まで)。というわけで!行ってきました!

御上神社の遷座1300年を記念して開催されているこの展覧会では、展示室奥の上座(?)に、この度修理を終えられた重要文化財の木造の狛犬さんがお座りになり、小さく可愛らしい2人の力士の取組みは、その右の方で行われておりましたよ!他にも、国宝の本殿を含む立派な建物のあらましや、曼荼羅や懸仏など神仏習合の遺品なども並べられ、神社の歴史と文化がよくわかる展示となっております。

ところで、展示室をぐるっと回ってふと気づいたのですが、どうやらこちらの神様は、大の「相撲好き」のよう。なぜなら、相撲人形の他にも、秋のずいき祭りの際に、神輿の上ではお猿たちに、そして祭りの最後の晩の芝原式という神事でも子供たちに相撲を取らせていたからです!ずいき祭りも、古くは「若宮殿相撲御神事」と呼ばれていたのだそう。

御上神社の神様というのは、天之御影神(あめのみかげのかみ)といって、これは鍛冶の神である天目一箇神(あめのまひとつのかみ)と同じ神様です。御上神社に近い大岩山からは銅鐸が出土し、周辺の遺跡から金属器生産関連の遺物も発見されているので、そういった人々と関係があったのかもしれません。ですが、なぜ鍛冶の神様が相撲好きなのか?この問題はちょっとやそっとでは語り尽せそうにないので、ここで深入りはしないでおきます。。。ただ、少なくとも御上の神様が「相撲好き」ということであれば、相撲人形の奉納も、神様がお怒りになられた時(例えば、日照りや水害の時?)に、お好きな相撲(の人形)をご覧に入れて、お気を鎮めようとしたのではないか?などと想像を膨らませています。

それはともかく、このようにいろいろと想像力を刺激される展示というのは良いですね~。あるテーマに沿って集められた資料を見て、ただただ見るだけでなく、そこから「あーではないか?」「こーではないか?」と、いろいろ考えてみる。これも博物館の展示の一つの楽しみかたではないかな?と思っています。

来たる18日(土)・19日(日)は、「関西文化の日」ということで、野洲市歴史民俗資料館さんでは入館料が無料になるそうです。他にも「関西文化の日」に参加されている博物館・美術館ではさまざまな特典があるようです。この機会に皆さまも、お目当ての展示を見に行って、楽しんで来られてはいかがでしょうか?

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明治画壇:岸竹堂の赤い糸

皆さん読んでいただけましたか?HP浮城モノ語り第44話「月下狸図」。実はこの記事の編集作業中、文化館で不思議な出来事が起こっていたので、ちょっとご紹介しておきます。

実は、35mmフィルムの資料整理をしている時に、とても興味深い画像を見付けました。それがコチラ、和服姿に凛々しいお顔のイケメン達の集合写真で、「京都画伯の肖像」となっています。これは繪畫叢誌五十四巻(発行兼印刷人 吾妻健三郎 明治24年9月25日発行)の附録に載っているものを、先輩学芸員さんがカメラでコピーしたもののようです。中には文化館の過去の展覧会でもお馴染みであった山元春挙や長谷川玉純、望月玉泉らの姿もあり、彼らが描いた作品は知っていたものの、描いたご本人まで知らなかった僕は、この画像にとてもコーフンしました。作品の印象と描いた本人が一致・・・想像がふくらみます。。。

中でも独特の雰囲気を醸し出して中央に座しておられる方が・・・そうです、何を隠そう、この方が岸竹堂御大!僕の中では、『岸竹堂=「(昭和49年文化館の年賀状にも使用した)虎図」を描いた人!』のイメージだったので、なるほど、ピッタリ納得のイメージです(笑)。今回浮城モノ語りで紹介した作品には狸がいましたね。もしかして動物好き?「かわいい」よりも「野生」の魅力に惹かれた方だったのかもしれません。勝手な妄想ですが(笑)。
(※虎図は、昭和59年に滋賀県立近代美術館に移管され所蔵されています。)
で、このコーフンを事務所の中で声高に発表すると、「私、別のフィルムを整理している時にその虎図がどなたの作品か分からず、ベテラン学芸員さんに昨日聞いて知ったところです!」との声が!

なんと文化館歴の浅い3人が、1人はHP更新作業のために岸竹堂を知り、1人は展覧会資料のフィルムで岸竹堂の作品を知り、1人は京都画壇の写真から岸竹堂ご本人を知るという・・・とても不思議なこの偶然。職場の素人3人組が、同じタイミングで別々に岸竹堂の赤い糸にまみれていたことを大笑いした日となりました。コレ、ベテラン学芸員さんがお休みをされた日の出来事です。

このように、文化館ではしばしば不思議なコトが起こります。。。(笑)。

筆:あきつ

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米くへば鐸が鳴るなり

文化館とは近しい関係の滋賀県立安土城考古博物館さんは、今年開館25周年を迎えられます。明日21日から開催される開館25周年記念秋季特別展は、「青銅の鐸と武器―近江の弥生時代とその周辺―」。ポスターやチラシをご覧になった方もいらっしゃると思いますが、そこにずらりと並んでいるのが、野洲市・大岩山出土の銅鐸です。

銅鐸については、みなさんよくご存知でしょう。米作りの始まった弥生時代に作られた青銅製の鐘です。日本史の教科書にも、巻頭カラー写真で出ていましたね。ちなみに、教科書によく載っている、トンボの描かれた「袈裟襷文銅鐸」(伝香川県出土)は、ただいま京都国立博物館で開催されている「国宝」展に出陳されているようですよ。

残念ながら、滋賀県に国宝の銅鐸はありませんが、実は、銅鐸について語る上で外せないのが滋賀県なのです。記録に残る限り、初めて発見された銅鐸は、大津に都が置かれた頃、滋賀里山中に崇福寺を建立する時に掘り出されたもの。そして、野洲市の大岩山では、明治14年に14鐸、そして昭和37年に10鐸と、2度も大量の銅鐸が出土し、しかも、その数はのちに越されたものの、大きさでは今でも日本一を誇っております!

特に、大岩山での昭和の大発見は、文化館とも少なからず関わりがありまして。。。昭和37年7月、東海道新幹線の建設に伴っての工事中に発見された10鐸は、世間を大いに沸かせました。そして、紆余曲折ありましたが、当時の滋賀県の埋蔵文化財担当技師さんの奔走により、ようやく滋賀県が所有・保管することが決まり、その年11月に文化館で開かれた「琵琶湖考古展」でのお披露目となったのです!! その時のポスターがコレ!! なんともシンプルな!それでいて、しっかりと銅鐸の雰囲気を取り入れた色遣いで。。。じわ~んと心に鳴り響きます♪♪

またその後、発見された銅鐸を保管するため、埋蔵文化財の収蔵庫が琵琶湖文化館前に建てられ、安土城考古博物館ができるまではずっとこちらに収蔵されていました。その間、昭和62年には重要文化財に指定されましたが、なにより発見以来55年、散逸することなく県で保管できたことは誇るべきことでしょう。今後もずっと滋賀の宝として守っていきたいですね。

さて、この銅鐸、考古学研究の上ではどうなのでしょうか?55年間に、弥生時代の銅鐸を含む青銅器に関する研究は、目を見張るように進展しました。ただし、「何に使ったのか?」という最大の謎については、決定的な答えが出ていないようです。ということで、みなさんもこの機会に実際に銅鐸と向き合ってみて、謎に挑戦してみてはいかがでしょうか?

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ビックリ箱にご対面

先日、とある事情で今まで踏み込んだことのない我がお城:文化館の深部に足を踏み入れてまいりました。そこは暗闇・・・音の無い静かな隠し部屋・・・一体何がおこるのか・・・。
と、ちょっと期待持たせすぎました?僕たちが入ったのは、5階展望閣の屋根裏です。お城のてっぺん中のてっぺんです。
消火設備が置いてあることは、点検の際に把握していましたが、さらにその奥となると・・・以前、と言っても昭和40年代の頃のお話ですが、屋上にあるトンボがくるくる回って目をピカピカさせていた頃(そんな時もあったのです!!)、電球を交換するために学芸員さんが屋根裏から屋上に上がった・・・というお話を聞いたことがあったのですが、「嘘でしょ?!」と思ってたりなんかして・・・エヘッ。屋根裏部屋、僕も入るのは初めてです。そこに待ち受けていたものとは・・・

懐中電灯が照らすその先に見たもの:琵琶湖文化館建設の際に据えられた大きな棟札と、建設費協力箱!なんと「湖上にお城ができるまで-写真アーカイブ」でも紹介したあの募金箱です!昭和35・36年、琵琶湖文化館の建設協力を呼びかけた高さ1mほどの募金箱が、そこに4つ置かれていました。5階フロアから鉄製の梯子を腕力で上り、手をつき膝をつき大人がやっと入れる程の小さな入口をくぐり抜け、ようやく辿り着くこの空間に、一体誰が運び入れたのでしょう。

僕たちも、白黒写真でその存在は知っていましたが、暗闇の中で見つけたその募金箱は、とっても鮮やかなピンク色。。。まさかカラーでご対面できるとは。。。衝撃でした!

ここに置こう・・・と誰の発案なのか、当時の職員皆さん総意の合意なのか、今では知る由もありませんが、ちょっぴり気持ちわかります。このおかげで琵琶湖文化館が建ったのですもの。。。無下には出来なかったと思います。ここに残されたその意味、その気持ち、先輩。。。

文化館に勤めさせていただき、そろそろ「古株」扱いされる今日この頃、まだまだこのお城には、さまざまなビックリ箱の玉手箱が用意されているようです。次は何が出てくるのか、楽しみです。

筆:あきつ

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琵琶湖の助っ人

近頃文化館の周りではブォ~ンという重機の音が、湖の方から聞こえてきます。その正体は、この時季の琵琶湖のアイドル?! 強力な助っ人マシーン?!水辺に大量に繁殖する水草(藻)を根こそぎ刈り取る「藻刈船スーパーカイツブリⅡ号 (文化館では藻刈クンと呼んでいる) 」の操業です。
今年は例年より少ないと言えども、少し離れた沖合には、ジワジワと湖岸に寄って来そうな藻のカタマリが・・・。作業をされている方に聞くと、「今年は藻が岸に寄る前に沖合で一網打尽作戦!」なのだそうです(笑)。なんとも頼もしい。湖岸に建つ浮城:文化館としても大変有り難く、とてもお世話になっています。

毎朝、波の穏やかな早朝から作業を始められ、広い海原(湖原)を計画的に刈り取るその雄姿に、釣り人や散歩をする方たちが足を止めて、見入っておられるコトもしばしば・・・ギャラリーが出来るくらいに。まさにアイドル。。。湖が徐々にキレイになっていくのを見るのは、楽しいですものね。何というか爽快感?達成感?頑張れ藻刈クン!

そして静かな朝に、藻刈クンの響き渡るエンジン音を聞くと、「あぁ今日もお仕事頑張らねば」と気持ちに喝が入る・・・文化館の職員なのでした。

筆:あきつ

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講演会「梵鐘を守れ!文化財保護をめぐる戦時下の裏面史」お知らせ

先月行われた文化財講座「打出のコヅチ」第5回。残念ながら参加できなかった。。。という方には、朗報かもしれませんよ?「朝鮮通信使と近江」のお話をして下さった、あの滋賀県教育委員会文化財保護課の井上優氏が、今度は滋賀県平和祈念館で講演をされます。

「梵鐘を守れ!-文化財保護をめぐる戦時下の裏面史-」
講師:滋賀県教育委員会 文化財保護課 主幹 井上優 氏
日時:平成29年10月22日(日) 13:30~15:00
場所:滋賀県平和祈念館 2階 研修室
 (東近江市下中野町431番地)
定員:80名(申し込み先着順) ※事前申込が必要です。
参加料:無料

この講演会は、東近江市にある滋賀県平和祈念館の、第18回企画展示「戦時のくらし モノがたり -もの不足 食糧不足-」(会期:平成29年9月9日(土)~12月24日(日))に関連する、平和学習講座として行われるものです。

太平洋戦争のさなか、金属資源の不足を補うために金属類回収令が出されますが、家庭内の金属製品とともに、寺院の仏具や梵鐘までもが供出を命じられました。当時、滋賀県では、文化財技師をされていた日名子元雄さんが、かけがえのない文化財を後世に残すため、梵鐘の救出に奔走されます。今回の講演会では、県庁に残された資料をもとに、この時の日名子さんの苦闘と、戦時下に人々が強いられた苦難の一断面が語られるということです。

滋賀県の文化財について、戦争というフィルターを通して見ると、今現在見ているのとはまた異なった側面が見えてくるかと思います。戦争でなくとも、自然災害など文化財にとっての苦難はいつの時代にもあります。それらを乗り越えて、文化財を守り伝えて行くことがなぜ必要なのか、なぜ大切なのか、考えるきっかけにしていただけたら良いですね。

平和祈念館の企画展示には、金属供出の事前検査のために穴の開けられた梵鐘も展示されています。ご興味のある方は、ぜひこの機会に足を運び、見て、聴いてみて下さい。詳しくは、滋賀県平和祈念館ホームページをご覧ください(講演会のチラシはこちら)。

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写真アーカイブ 再開!

4月に入ってからお休みしていた「湖上にお城ができるまで-写真アーカイブ」ですが、先週より再開いたしました!(楽しみにして下さっていた方、お待たせしました!)
お休みを頂いていた間、何もしていなかった訳ではありません。新たに見つかった建設当時のネガを分析し、写真をより詳しく整理し直すなど再開に向けて頑張っておりました。
そして今日は、そんな整理作業中に新たに判明した”写真アーカイブの事実”をお教えしようと思います。

「S35年5月~7月」のページにある10枚目と11枚目の写真。ご覧になった時に「アレ?」と思われた方もおられるのではないでしょうか?「ポンプで水を抜いているのに、次の写真でも、まだ水が残ってる?しかも、前の写真より水位が高い?」
写真を紹介しております私も当初は、「これだけの量の水を抜くのには、やっぱり相当な時間がかかるのかしら」と思っておりました。ですが、新たにネガシートのケースに書かれていた情報から、ようやく謎が解けました。表紙には「シートパイル倒れかかる前」「シートパイル倒壊の為対策中」と手書きで書かれていたのです。つまり、シートパイルを打込んで水を抜いた後に、シートパイルが倒壊。水が建設予定地に再び流れ込んできてしまったようなのです…まさに振り出しに戻る!

ありがとうございます!手書きしてくれた50年前の先輩!スッキリしました!
当時の建設に携わった人たちの苦労を考えると、ほんとうに言葉になりません…改めて、湖上にお城を建てる大変さを垣間見た気がいたしました。

昭和35年当時の貴重な記録、琵琶湖文化館の建設という一大事業を紹介しようと始めたこの企画。これからも様々な写真が登場します。再開した「湖上にお城ができるまで-写真アーカイブ」にご期待下さい。

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文化財かるた

みなさん、ご存知ですか?県内の様々な分野の数ある文化財を守り、次世代につなげようと尽力なさっている滋賀県の教育委員会事務局文化財保護課さんが、今、「文化財かるた」の『読み句』を大募集!されています。

応募にあたっては、五・七・五を基本とし、字あまり、字足らずもOK。題材には、滋賀県内にある次世代へ伝え残したい、「魅力ある地域の文化財」を読み込んで下さいとのことです。何にしようかな・・・全国第4位の文化財保有県:滋賀ですからね、いろいろあり過ぎて悩みますね。では、ジャンルを絞ってみましょうか?・・・神社、寺院、仏像、祭り、城郭、古墳、遺跡・・・やっぱり悩みます。。。
何ナニ?「魅力ある地域の文化財」とは、『これまで地域で大切に守られ、これからも大切に伝え残すべき文化財、身近にあって愛着のある文化財』のことだそうです。

・・・これってコレって・・・『文化館』のこと???!!!すみませんね~身内贔屓で(笑)。
・・・しまった!ダメです!!・・・「頭の文字」は、「ゐ」「ゑ」「を」「ん」を除く44文字!
「文化館」の「ぶ」には濁点が・・・落ちた(泣)。
・・・ならばならば、終りを「ぶんかかん」の5文字で〆れば・・・
・・・『過去未来 つなぐ浮き城 文化館』・・・とか??!

さぁ、皆さんも頭の体操です!五・七・五を考えましょう~。ほらホラ、指折り数えて(笑)。ひょっとして、「いつまでも」とか、「のこしたい」とか、みんなが使い易そうな始まりの句は、競争倍率が高くナリマスカ??あえてソコに挑戦するか、もしくは大穴狙いで「ぬ」とか「る」で始めてみます?・・・(難)。

いろいろ悩ましいですが、考え出すと楽しいですね~。応募の締切は9月29日まで。詳しい事は、滋賀県教育委員会事務局 文化財保護課 記念物係(TEL077-528-4674)までお問い合わせ下さい。

ここで一句 『浮き城に とまったとんぼ あきつくん』

・・・小学生レベルな自分の知能が恥ずかしい。。。

筆:あきつ

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