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3月20日 誕生日

昭和36年(1961)3月20日、琵琶湖上にお城の形をした博物館が誕生しました。滋賀県立琵琶湖文化館が開館した日。そうです、今日は琵琶湖文化館の58回目のお誕生日です。

当館は、県内の公立博物館のさきがけとして、滋賀の豊富な文化遺産の保護と産業文化の発展、琵琶湖の観光に寄与するため建設されました。開館当時は、展望閣や水族館、博物館、美術館、プール、レストラン、熱帯植物園なども備えた総合レジャー施設として多くの人でにぎわい、3層5階建て城閣形式の特徴ある建物は、湖岸のシンボルとして親しまれましたが、平成20年度より施設の老朽化等の理由により、休館となりました。現在は、館内での展示公開をお休みさせていただいている以外、文化財講座や他館での収蔵品の展示公開等の活動を、引き続き行っています。

本日、お誕生日を迎えるにあたり、どのような話題を皆さんにお届けしようかと、いろいろ悩みました。しかしここは原点に戻って、昭和36年の開館式の写真を、皆さんに紹介したいと思います。
今年に入ってから、当ブログでも「文化館とトンボの由来」というタイトルで記事を書いたことがありますが、トンボは当館のシンボルとしてだけでなく、開館を祝う式典会場でも大いに活躍をしていました。
その写真がコチラ(左)です。えっ?トンボが見えないですか??・・・そんなことはございません、ちゃんといますよ?!参加されている皆さんの胸元に・・・。

白黒写真なので、分かりづらいかもしれませんね。別の写真でズームアップしてみると、胸元にハンカチーフ・・・ではなく、それは館が用意した「赤トンボのしおり」です。みなさんがお揃いで胸元に挿して下さっているのです。なんてお茶目な(笑)。厳かな式典の中にも、ちょっぴり遊び心とユーモアのある開館式だったようです。
 
開館から58年。滋賀県の歴史と文化を物語る当館の収蔵品や、地域の古き良き宝である文化財を活かし、数多くの展覧会を開催、調査研究や普及啓発などを行ってきた当館です。そして休館中も活動を続ける当館の存在が、皆さんにとって、知的好奇心をくすぐる”トンボのお城”であることを願い、またそのための努力をと、心に誓うお誕生日でございます。

筆:あきつ

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延暦寺保存修理見学会のお知らせ

 皆さま、覚えておいででしょうか?昨年9月のことです。「花湖さんの打出のコヅチ」第4回では、県教委文化財保護課の菅原和之氏を講師にお迎えし、「世界遺産・国宝延暦寺根本中堂の魅力と平成の大修理」というテーマで、平成28年度から10年をかけて行われる延暦寺・平成の大修理についてお話しいただきました。講座のあと、「実際の工事現場を見てみたい」「見学会が行われるならぜひ参加したい」というお声を大勢の方から頂いておりましたが。。。待ちに待った現場見学会が、いよいよ開催されます!!

【開催日時】平成31年(2019年)3月23日(土曜日)
     全4回 (各回1時間程度)
    第1回 9時30分より/第2回11時00分より
    第3回13時00分より/第4回14時30分より

【開催場所】大津市坂本本町 延暦寺境内
      (根本中堂及び廻廊保存修理現場)

【定 員】各回60名 (1班20名で3班に分かれて修理現場を見学していただきます)
     ※各班に県担当者がつき、案内及び修理の説明を行います。

【参 加 費】見学会は無料(延暦寺巡拝料は各自でご負担をお願いします。)

【見学内容】根本中堂および廻廊の屋根や根本中堂の彫刻について見学します。

【参加方法】当日受付(先着順)
    ※参加を希望される方は、根本中堂前で開催時間までに受付をしてください。
  (各回の受付は開始時刻の30分前から行い、定員になり次第、受付を終了します。)

講座の時に菅原氏がお話されたように、今年度は根本中堂の屋根および、根本中堂廻廊の屋根の解体のほか、外部の塗装の掻き落としや、剥落した彫刻の彩色を復旧するための調査が行われています。見学会では、今回の解体に伴う調査で判明したことや、瓦棒銅板葺やとち葺などの伝統的な技法を、県の文化財建造物の専門職員さんが現地で詳しく解説して下さいます。なかなかない機会ですので、ご興味のある方はぜひご参加下さい。

見学会について、詳しくは県庁ホームページをご覧ください。また、お問い合わせは、滋賀県教育委員会事務局文化財保護課(電話番号:077-528-4673)まで。

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國の華たる館蔵品

皆さんは、『國華(こっか) 』という美術雑誌をご存知でしょうか。
『國華』は明治22年(1889)、岡倉天心、高橋健三らによって創刊されて以来、現在まで継続して刊行されている伝統ある月刊誌です。「世界的に見ても、現在発行を続けている美術雑誌の中では最も古い」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)とされるように、世界的にも高い評価を得ている美術雑誌です。その『國華』の2月に発売された第1480号に、当館の館蔵品である「檜図(ひのきず)屏風」が掲載されました。

檜図屏風は、湖国が生んだ桃山時代の巨匠:海北友松(かいほう ゆうしょう/1533~1615)が描いた六曲一隻の金碧画です。2017年の春に京都国立博物館で開催された特別展覧会「海北友松」展に出展されたこともあり(2017年4月11日ブログ)、作品紹介は京都国立博物館の山本英男氏が執筆されています。当館の館蔵品を、展覧会で公開するご縁をいただき、今回またこのような形で作品の紹介をいただき、大変有り難いことでございます。
ちなみに、平成29年(2017)3月の國華 第1457号では、長浜市興善寺の仏涅槃図について、お茶の水女子大学の土屋真紀氏が執筆されました。当館でも昭和63年に開催した展覧会「涅槃の美」において展示させていただいた作品です。

展覧会やテレビ放映、作品掲載など、作品をご覧いただく機会はいろいろとございますが、滋賀県の文化財や美術作品の素晴らしさが、多くの方々に伝わるよう、当館もお手伝い出来れば、と思っています。

筆:あきつ

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文化財保護のために

皆さん大変です!文化館から“こんなの”出てきました!!コレは何?文化館に何が起こった?

いえいえ、ご安心を。実はコレ、文化財の保護対策に行う防虫・防黴(カビ)のための燻蒸(くんじょう)作業で使っていたマスクなんです(過去形)。昭和51年の新聞記事には、このマスクを付けて作業をする写真と共に、「重文仏像に駆除作戦 “身中の虫”に毒ガス」なんていう、今ではなかなかお見掛けすることのない過激(?!)な見出し記事も見付けました。

燻蒸は、密閉空間にガスを送り込み、悪さを働く虫さんやカビさんを「コテッ」とさせて、文化財そのものやその保存環境を守るために行う作業ですね。それ以上被害が大きくならないように、予防する意味もあります。昭和の終わりから平成の初め頃にかけて、文化財の燻蒸には主に、臭化メチルと酸化エチレンの混合剤(商品名:エキボン)などが使われていました。このマスクが使われていたのもこの時代。当時を知る学芸員さんに聞くと、県の文化財保護課職員さんや燻蒸の専門業者さんと一緒に社寺に出向き、現地で行う燻蒸に立ち会ったこともあったようです。

しかし、1997年(平成9年)にオゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書第9回締約国会合で、先進国においては臭化メチルの全廃を、2010年から2005年に前倒しをして実施することが、世界的に決定されました。それまでエキボンを使っていた美術館や博物館にとっては「衝撃」の出来事です。「使ってはいけません」「ハイじゃぁ次はコレを」と易々とはいかないのがこの業界。代替の新しい薬剤で本当に効果があるのか、文化財を傷めないか、慎重に吟味する検証期間が必要です。当館でもその移行期間があり、平成11年発行の研究紀要第15号には、当館における「防虫・防黴対策のあり方」について、頭を悩ませた当時の学芸員さんの苦労の様子が記されています。

この移行期間を経て、当館では現在、年間を通して館内の害虫生息状況を把握する環境調査(モニタリング)を継続して行い、忌避剤として低毒性の炭酸ガス製剤(商品名:ブンガノン)を定期的に使うことで虫やカビの発生を予防し、文化財にとって適切な環境を維持しています。近年は「総合防除:IPM」という考え方で、文化財に影響を及ぼす可能性のある化学物質を極力使用せず、建物内の環境や建物外の周辺環境まで考慮に入れた管理の仕方が望まれています。いずれにしても、年間を通した継続的な管理が必要であり、施設の特徴を把握した独自の情報を蓄積することで、害虫などの早期発見と素早い対応ができるのです。

思わぬところから出てきたガスマスクにより、普段努めている私たちも、改めて文化財の保存環境を考える、よい機会となりました。

筆:あきつ

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3/3は、藤樹の郷・安曇川へ!

皆さま、滋賀県民なら一度は”中江藤樹”のお名前を、耳にされたことがおありでしょう。。。江戸時代初期の儒学者で滋賀県を代表する偉人です。出身地の高島市安曇川町辺りでは、今でも「藤樹先生」と親しみを込めて呼ばれており、その門弟や村の人達と勉学に励んだ教室が史跡「藤樹書院」として、とても大切にされています。高島市では、長年にわたって郷土の偉人である中江藤樹の業績を中心に、豊かな歴史遺産を掘り起こして広く発信しようとされてきました。
この度行われる、県教委の平成30年度「滋賀の美と祭りのこころを伝える語り部づくり事業」第4回は『中江藤樹の郷・継承と発信のあゆみを学ぶ』と題して、高島市で地域文化財の発掘・発信をけん引してこられた専門家の方からお話を伺うことが出来ます。発表のあとには、藤樹書院での現地学習もありますので、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか?!

 【内  容】専門講座「高島市における歴史文化保護と発信の取組み」
           講師:山本晃子氏(高島市教育委員会文化財保護課 主監)
       実践発表「中江藤樹先生と藤樹書院 継承と発信のあゆみ」
           発表者:上田藤市郎氏(公益財団法人藤樹書院 理事)
               志村観了氏(公益財団法人藤樹書院 理事)
       現地文化財学習(藤樹書院内部と墓地の見学)

 【日  時】平成31年3月3日(日) 13:00~16:00
 【場  所】史跡 藤樹書院(高島市安曇川町上小川211)
 【募集人数】50名 ※事前申込み制・先着順
 【主  催】滋賀県教育委員会
 【共  催】高島市教育委員会
 【申込み先】滋賀県教育委員会事務局文化財保護課
       (美術工芸・民俗係)
       TEL:077-528-4672/FAX:077-528-4956
       メール:ma07@pref.shiga.lg.jp
       ※氏名・住所・電話番号・メールアドレスを記載
        のうえ、お申し込みください。
 【そ の 他】参加費は無料ですが入館料(一般300円)が必要となります。
       雨・雪天決行(暴風警報発令の場合は中止となります)

ところで、中江藤樹像と言えば裃(かみしも)を着た肖像画をよく見かけますが、こちらのチラシに使われているのは絵ではなく彫刻作品です。「どこかでみたなぁー」という方は、もしかして琵琶湖文化館の熱心なファンの方でしょうか???そう!これは、「浮城モノ語り」第38話でご紹介いたしました、当館所蔵の「中江藤樹坐像」(森大造作)です。今回は、藤樹つながりでチラシに使っていただきました。さあ、皆さま!3月3日は、このチラシを手に安曇川へ!(申込み先は、県教委文化財保護課です。琵琶湖文化館ではありませんので、ご注意下さい。)

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文化館の江口君 海を渡る

この度、独立行政法人国際交流基金(ジャパンファウンデーション)さんからお声かけをいただき、米国のナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.)において開催される「日本美術に見る動物の姿」展に、当館の収蔵品も出陳されることになりました。作品は、ご寄託いただいている荼吉尼点曼荼羅図と、当館の館蔵品絵画 絹本著色「江口君図」です。

もしやこれを「えぐちくん」の図と読んでしまったアナタ、まだまだデス(笑)。正しくは「えぐちのきみ」と言いまして、作者は円山応挙門下十哲の一人である駒井源琦(こまい げんき/1747~1797)、江戸時代の作品です。
本図は、像の背に乗る遊女を描いたものです。日本髪を結い艶やかな着物をまとった「いかにも日本」らしい女性の姿、そして何より展覧会のテーマである「動物」が描かれている本作品。ズバリ!今回の海外展にご指名いただいて誠に光栄でございます。そう、文化館の江口君、海を渡って世界を魅了して参ります!! ムフフン。。。

っと鼻息も荒く、超ゴキゲンな気分ではございましたが、作品が海を渡るにあたり、実は一つ問題がありました。それは、この作品に使われている「軸」についてです。勘のいい方はもう察しておられるかもしれませんが、実はもともと本図に付いている軸には、象牙が使用されています。(ゾウの絵だから象牙・・・というわけではありません。)ご存知のように象牙はワシントン条約で規制の対象となっていますので、そのままでは海を渡っていけません。ということで、事前に軸を取り替えた上で、本作品をお見送りさせていただきました。美術品と言えども(美術品だからこそ?!)守らなければならないルールがあります。一般的にはあまり知られていないことですが、現場では実はそんな苦労もあるのです。
(昨年6月より、日本国内でも美術館・博物館における展示作品の貸し借りを含む移動の際には、あらかじめ環境大臣及び経済産業大臣に対し、特別国際種事業の登録が必要となっています。)

ともあれ、展覧会は6月からですので、まだ少し先の話。同展覧会は、ロサンゼルス・カウンティ美術館でも開催され、合わせて展示される約300点のうち、日本からは180点近くの作品が米国へ向かうそうです。この展覧会に関わってくださっている関係方々に思いを託し・・・われらが日本美術の心意気(?!)、世界の多くの方々に伝わることを願っています。。。

筆:あきつ

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【フォーラムのお知らせ】神様と仏様

 私達のごく身近なところにある神社やお寺。。。日本では、多くの神様と仏様がお祀りされています。神様は神社で、仏様はお寺で、、、のはずが、実際に寺社を訪れて、よくよく見てみると、その中に神様と仏様が同居していることがあります。お寺に神様がおられたり、神社に仏様がおられたり…「なぜココにいらっしゃるのかしら?」と思ったり。考えてみれば、不思議なことですよね???そんな不思議を感じた方に、オススメのフォーラム開催のお知らせです。
 来る2月24日(日)に大津市「ピアザ淡海」で行われます「神様が好きですが?仏様が好きですか?―神仏習合文化を再考する―」では、“神仏習合”について、県内各地の博物館の学芸員さんや文化財の専門職員さん達が一堂に会して、講演・討論します。

【内  容】基礎講演「融け合う神と仏そして人」
           大沼 芳幸氏(NPO法人歴史資源開発機構キュレーター)
      講 演1「多賀参詣曼荼羅に現れた神と仏」
           本田 洋氏(多賀町立博物館係長)
      講 演2「習合美術としての神像」
           山下 立氏(滋賀県立安土城考古博物館副主幹)
      講 演3「天台の中の神と仏」
           渡邊 勇祐(滋賀県立琵琶湖文化館)
      討  論「神様と仏さまの微妙な関係」

【日  時】平成31年2月24日(日) 13:00~16:30(開場12:00)
【会  場】ピアザ淡海 滋賀県立県民交流センター3階大会議室
      (滋賀県大津市におの浜1-1-20)
【定  員】200名 (参加費無料)
      ※満員になりましたら、入場をお断りする場合があります。
【主  催】鈴鹿山麓混成博物館
【お問合せ】鈴鹿山麓混成博物館事務局
      (多賀町立博物館内 TEL:0749-48-2077)

このフォーラムでは、日本独自に発展を遂げた神仏習合文化を通して、現在そして未来における日本人と神様・仏様のお付き合いの仕方を考えていく。。。ということですので、皆さまこの機会に参加されてみてはいかがでしょうか。(問い合わせについては、琵琶湖文化館ではありませんのでご注意ください。)

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幸福の青いナマコ

先日、ニュースで流れていたのですが、徳島県美波町の「日和佐うみがめ博物館カレッタ」さんで、地元の漁師さんが見つけたという「白いナマコ」が展示され、博物館さんが写真付きでツイッターに投稿されたところ、10日間で100万を越える閲覧があるほど大人気となっているそうです。「しろみちゃん」と名付けられたこの「白いナマコ」。見たところ。。。水槽の中でゆっくりと、ヌメーっという感じで動く姿は、巨大な蚕という感じで、ちょっと「キモカワ」ですか?(笑)ナマコが白いのは、10万匹に1匹ぐらいの割合でおこる遺伝子の突然変異で、体の色素が抜けてしまうアルビノという現象によるものだということ。とっても珍しいので、これを見た人は「縁起がいい」「幸運が訪れる」と言われているそうです。(だから大人気なんですね!) そういえば以前、琵琶湖でも「黄色のナマズ」が捕れたのがニュースになりました。あれもアルビノだと聞きましたが。。。その話は水族部門のある他館さんにお任せすることとして。。。今日お伝えするのは、琵琶湖文化館から”青いナマコ”のニュースです。

こちらが文化館の「青いナマコ」です(→)。「あれっ?この前のブログで見たよ!」という方、よく覚えていらっしゃいましたね。そうなんですよ。同じ「信楽火鉢」なんですが、前回の小さなものとはちがって、こちらは直径が50cmほどあり、まぁ巨大とは言えませんが、重たくて、簡単には動かせない大きさです。

これがなぜ「ナマコ」なのかと言いますと。。。左のアップの写真をよ~く見てくださいね。表面にかけられた釉薬。キラキラとした艶のある、とっても美しい青藍色をしていますね。この釉薬が、海の生き物である海鼠(なまこ)の色に似ていることから「海鼠釉」と名付けられているんです。信楽では、中国のものに倣って、名工の谷井直方氏と上田清兵衛氏の手で苦心の末に作り出され、明治30(1897)年頃にようやく完成しました。

それから、豆知識としてもう一つ、前回紹介した火鉢もそうですが、この火鉢の底に台として陶製の盆が付いている(くっついている)ことも特徴なんです。火鉢は部屋の畳の上で使うので、熱で畳が焦げないように、古くは底に木の板を打ち付けて台にしていたのですが、明治33年に陶製の盆が考え出されて台付火鉢となり、大正末期頃まで焼かれました。昭和になると台の付かない火鉢になるので、この火鉢は明治の終わりから大正時代に作られたものだということがわかります。

信楽で「海鼠釉」の火鉢は、今でも少量ながら生産されています。けれども、明治~大正時代に作られ、実際に使用されたこの型は、今や、「青い」にも拘らずレッドリストに載りそうな「絶滅危惧種」となっています(涙)。。。だから、今このブログで、文化館の「青いナマコ(火鉢)」(「あおみちゃん」と呼んでいいですか?)を見ることのできたあなたは、本当にラッキー!今日はきっとイイコトありますよ!!

ご興味のある方はコチラもどうぞ。昭和10年代の旧滋賀県庁舎内の写真ですが、机の側に火鉢が置かれています。これは「My火鉢」?!ある意味斬新かも?!!火鉢つながりで、なかなかに面白い写真を見せていただきました(笑)。

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ホームページ1月のアクセス数

新年が始まって1ヶ月、時が経つのは早いもので、1月は「行く」2月は「逃げる」3月は「去る」と、怒涛の年度末が訪れる気配が…皆さんも?…。そこで気になるのが!(強制的に現実逃避!!)、今年最初の当館ホームページアクセス数!1月はなんと1,586件!今年も年始めから、たくさんの方に見ていただきました。ありがとうございます。

ホームページが好評であることもさることながら、実はとても嬉しいことがありました。それは文化館の看板娘(?!)、表の歩道沿いに設置している掲示板についてのことです。この掲示板には、当館に関連する展覧会の情報や、ホームページで紹介している「ブログ」「浮城モノ語り」などを、大きく印刷して貼りだし、いわば、文化館のもう一つの広告塔として、地域の皆さんをつなぐ重要な役割を担っています。掲示するにあたっては、「文字サイズはこのくらいが読みやすい?」とか「図版はこの大きさかな?」など、掲示板ならではの試行錯誤を繰り返しながら更新をしております。

ある日新しいブログを貼りだしていると、「文化館が休日のとき、掲示板を熱心に読んでいる少年がいたよ」と道行く方が話しかけてくださいました。詳しく伺うと、中学生くらいの少年が、長い時間をかけて掲示物を読んでいたとのこと。教えてくださった方が「きっと文化館のことをよく知りたいのね」と笑顔でお話しされるくらい、それはもう熱心に読んでくれていたそうです。

通りを歩く人が足を止め、内容を熱心に読んでくださっている姿は、私もよくお見かけします。ただその多くは学生さんではなく、近くで働くサラリーマンや、観光で滋賀に来られた方、あるいは文化館の前庭に遊具があった頃に遊んだり、地下のプールで泳いだ記憶がある少し年配の方などです。(更新作業中に「むかし文化館によく遊びにきたよ」と嬉しそうに話しかけてくださる方も。)なので、開館していた頃を知らないであろう少年が、熱心に読んでいたというお話を聞いた時は、とっても嬉しくなりました。老若男女すべての世代の人に文化館について興味を持ってもらえるコトが、なにより一番ですから!

ホームページでは遠くの人にも文化館の活動を知ってもらえるように。。。そして、掲示板では、近くの人にも文化館の歴史や、地元滋賀の文化財のことを知ってもらえるように。。。「おっ?!新しい記事が出たな?!」と注目して貰えるよう、今日も『更新』を頑張ろう!と思います。

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「火鉢の時代」に思いを馳せる

滋賀の今年の冬は例年より暖かいのだと思いますが、大寒を過ぎた1月下旬、さすがに寒さ厳しくなってきました。巷ではインフルエンザも大流行している様子。皆さま、体調崩されたりしていませんか?インフルエンザの予防には、まずは「手洗い」と「うがい」、それから、体を「温める」ことも大切ですね。。。そこで、琵琶湖文化館になにか「温かい」ものはないかと思って、探し出してきたのが。。。この信楽焼の「火鉢」です。

火鉢というのは、世間ではもうすっかり見かけなくなったように思いますが、昭和30年代までは家庭の暖房器具として普通に使われていたので、「懐かしいなあ~。子供のころには家にあったよ」なんていう方も、まだまだいらっしゃるのではないでしょうか?

  鎌倉時代に始まる信楽焼では、江戸時代にはすでに火鉢を作っていたことがわかっていますが、特に終戦直後の昭和20年代には、戦時中の金属供出によって失われた金属製の火鉢に代わるものとして、「信楽火鉢」が大ブームとなりました。その後、昭和30年代の初めに、日本の暖房器具は石油ストーブに取って代わられ、火鉢の時代はほぼ終わりを迎えます。

信楽火鉢が戦後のブームを迎えた時には、「一家団欒信楽火鉢」という謳い文句で売り出されたそうです。雪の降る夜に、家族で火鉢を囲み暖を取りながら、今日一日のできごとを語り合う。。。あるいはそこに、おばあちゃんの昔語りなどもあったのでしょうか?そんな「火鉢の時代」に思いを馳せると、体の芯から温かいものが感じられてきます。。。

先週の土曜日、26日は「文化財防火デー」でした。「火鉢の時代」が遠くなった分、今は「火」の扱いに不慣れな人が増え、火災につながっているのかも知れません。空気の乾燥したこの季節。火の取扱いには充分に気を付けたいですね。

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文化館とトンボの由来(2)

こんにちは~!今日も元気に”トンボ”ネタです(笑)。
前回(1/15付)のブログで、ザックリと文化館とトンボの由来を紹介させていただきましたが、この話題について事務所で盛り上がっていると、ひょんなことから更に話は広がりましたので、皆さんにもご報告しておきま~す。

先ずはこちら。当館に保管されている建設の設計図面に載っていた大トンボです。・・・なんだか実物とは随分と印象が異なりますね?!屋上にトンボ。。。この奇想天外なモニュメントの実現にどれほど苦労されたことか、一大事業を任された設計技師さんのご苦労が、この図面からもうかがい知れます。。。
そして驚くべきは、右下に「カチムシ」と記載されていることです。この驚きわかります?「トンボ」ではなく「カチムシ」です。前回のブログで説明したあの「勝ち虫」ですよ。今の私たちには馴染みのない呼び方で、「カチムシ」と言われても戸惑いますが、当時はそれが当たり前に通じる、戦後十数年の、そういう「時代」であったことを物語っているかのようです。或いは文化館の建設にあたって、敢えて縁起を担いでの呼び名であったかもしれません。

そうそう、開館当時(昭和36年)に発行された「琵琶湖文化館創建報告書」を開くと、”勝虫飾”は「総体金箔仕上げ」「頭部 眼球部分 アクリ青色板嵌込」「一分間に二回転位の速度にて回転する様、変速モーター付」と書かれています。目玉を青色に光らせながらクルクル回る、黄金に輝くモニュメント・・・なんと派手なトンボであったことか(笑)。それは目立つ!!残念ながら、当館にカラー写真で残っていないのがとても口惜しいところ。一度見てみたかったー!!(もし「家のアルバムに写真があるよ」という方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡ください!)

そしてもう一つ。それはベテラン学芸員さんのひと言から始まりました。「こんなの知ってる?」・・・
今やインターネットの時代。さまざまな情報が簡単に手に入ります。「とんぼ随想」というサイトを見ると、説明書きに「このコレクションは、繊維総合商社モリリン株式会社(旧森林株式会社)商報に、昭和29年(1954年)2月から48回にわたって掲載された、各界名士48人の「とんぼ」にまつわる随筆を、自筆原稿とともに紹介する」とあります。そしてなんとその中に、琵琶湖文化館の初代館長である草野文男氏が「蜻蛉塔のいわれ」というタイトルで寄稿されているのです。初代館長の熱い思いが伝わる内容です。

文化館で働いていて面白いな~と思うのは、こういうトコロです。一つの「扉」を開くと、どんどん話が広がる・・・アレとコレがつながってそうきたか!!みたいな(笑)。それはひとえに文化館が歴史を積み上げてきたからこそ・・・なのだと思います。これって文化や歴史を掘り下げて勉強する時と同じ感覚・・・一つの側面だけを見ていてはその面白みがわからない。何が影響し合ってこうなったのか、それを知る楽しみがあります。いやぁ奥が深い話になっちゃいました?要するに琵琶湖文化館はいろんなモノで出来ている?!あぁ、自分の表現力の乏しさに泣きたくなりますが・・・そんな職場で働くことが出来て幸せです。。。

筆:あきつ

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文化館とトンボの由来

前回(1/11付)のブログで、当館の「シンボル的存在」感を、熱弁した僕:あきつです。
文章の中で『屋上に設置されている”大トンボ”が目を引くことから「トンボのお城」という愛称でもお馴染み』であると紹介させていただきました。が、特に若い世代の方は、「文化館とトンボ」の由来をご存知ないかもしれませんので、改めてその理由をお話しさせていただきましょう。

先ず、前提として、皆さんは、このトンボのことを・・ご存知???・・はい!モチロンご存知ですね?!!(ここは強行突破させていただきます!!)

屋上からさらに8m余り上、両羽根をひろげた長さが3mというこの“大トンボ”は、色が一色なので誤解されることもありますが、実は秋によく見かける「あきあかね(赤とんぼ)」なんですよ。昭和36年(1961)当館の創建にあたって、あえてトンボをシンボルとした理由はいくつかあります。

万葉の昔、日本は秋津島(蜻蛉洲)と呼ばれていました。秋津(蜻蛉)とはトンボの古名で、滋賀県は秋津島の中心にあるので、日本を象徴する蜻蛉(トンボ)をシンボルマークとしたのです。また湖面をスイスイと泳ぐように飛ぶトンボの姿に、健康、明朗といったイメージを抱き、トンボの眼のようにクルクルと四方を見渡し、広い視野をもって事にあたるという意味合いも含んでいます。
(屋上に設置する前に撮影された貴重な写真→)
開館当時このトンボは、夜になると眼を光らせて回転し、灯台の役割も担っていました。その印象が強く「トンボのお城」の愛称でお馴染みとなったのです。
当ブログにおいて、イラストで(何度も)登場している『あきつ君』は、この大トンボから誕生したマスコットキャラクターです。なので尻尾の赤い「赤とんぼ」なんですよ~。ガッテン!していただけました?

ちなみに、トンボは”勝ち虫”と言い、戦いに挑む武将たちにも好まれた生き物なのですよ。戦に勝つ!己に勝つ!間もなく受験を控える学生さんにも強い味方ですよ!(詳しくはコチラのブログをチェック!!)
そんな縁起の良さも相まって(自分で言っちゃった!!)、皆さんの注目を集めるトンボとして、活動範囲を広げていきたいと思います。皆さま、文化館のトンボを、これからもどうぞよろしくお願い致しま~す。

筆:あきつ

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シンボル的存在:文化館

この冬第2の寒波に襲われた今週、大津市内でも雪が舞うなど、とても寒い1週間となりました。写真は9日の撮影ですが、文化館と右にうっすら白く雪が積もって見えるのは、世界文化遺産にも登録された天台宗の総本山延暦寺がある比叡山です。
さて、湖畔にたたずむ我がお城:琵琶湖文化館ですが、その特徴的な外観から、撮影意欲を刺激された方たちが、写真を撮っておられる姿をよく見かけます。観光で来られたであろう女性のグループやバックパックを背負った外国の人々、滋賀に出張中と思しきビジネスマンなど。時には(度々見かける)通勤途中のサラリーマンの方が、朝の陽光をバックに撮影ポイントを工夫して撮っておられる姿も。。わかります・・撮りたくなる気持ちワカリマス!

当館は、「大津で湖岸に建つお城」と言えば通じるシンボル的存在。屋上に設置されている”大トンボ”が目を引くことから「トンボのお城」という愛称でもお馴染みです。地元の人には、文化館が写っていると大体どのあたりで撮影されたのかイメージがし易いので、「大津で初雪」「県内で濃い霧が発生」「湖畔で行われた消防出初式」「外来魚駆除の釣り大会」「湖岸一斉清掃」などの季節情報で、(文化館を含めた)湖岸の風景が報道等で紹介されることもよくあります。
県外から来られた方にとっては、名神高速道路大津ICを下りて市内に向かって走ると正面に見えてくる謎の建物?!「あれは一体何だろう?」と思わせる魅惑のスポット?!(笑)。サイクリングで琵琶湖をめぐる「ビワイチ」の人たちには、良い目印になっているようで、SNSで紹介して下さっている方もいらっしゃいます。

大津の湖畔でシンボリックにたたずむ文化館。ミステリアスな「謎の建物」として君臨するのもいいのですが(笑)、館内での展示以外、休館中も博物館活動を行っていますので、そちらも注目していただけるよう、頑張っていきたいと思います。

筆:あきつ

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≪特集≫朝鮮通信使と近江 in 『湖国と文化』

約40年の長きにわたって近江文化の魅力を発信し続けている季刊誌『湖国と文化』。新春の最新号では、去年10月に「朝鮮通信使に関する記録」がユネスコの世界の記憶(世界記憶遺産)に登録されたことを記念して、「朝鮮通信使と近江」と題した特集が組まれています。
登録された記録資料は日韓あわせて111件333点、滋賀県からは当館所蔵の「琵琶湖図」(円山応震筆)をはじめ絵図や書跡など、4件39点が登録されました。
そして本号では、当館の琵琶湖図(朝鮮通信使一行を描いた部分)を大々的に表紙としてお使いいただいており、先日、出来たてホヤホヤをいち早くご恵贈いただきました。誠にありがとうございました。
特集内容は、県内の登録資料をカラー図版で紹介するだけでなく、各分野の専門家が分担して、「朝鮮人街道」といわれる街道筋の歴史や文化、長浜出身の日朝外交の功労者・雨森芳洲について、近江に伝わる朝鮮通信使へのおもてなしの食文化、さらに現代において行われている日韓交流の活動記録などを執筆した、大変充実した内容となっています。皆さん是非、手に取っていただければと思います。

学芸員W

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明智光秀は近江出身?!

2020年NHK大河ドラマの主人公に決まった明智光秀。放送はまだ先の話ですが、「明智光秀」についての注目度が、日増しにUPしてきている気配です。
その光秀さん、生年なども諸説あり出生については謎が多いようですが、美濃出身が定説とされるなか、実はなんと「近江出身であったのでは?」との説が急浮上・・・!皆さんコレ、とっても気になりません?!気になった方!朗報です!

来たる1月20日(日)、多賀町立文化財センターで「明智光秀近江出身伝説を発掘・発信しよう」事業が開催されます(主催:滋賀県教育委員会)。

  【内  容】専門講座「明智光秀は多賀町佐目で生まれた!?」
         講師:井上優氏(県教委事務局文化財保護課主幹)
        実践発表「多賀町佐目の歴史文化を発掘・発信する」
         発表者:澤田順子氏(㈱マルト取締役 多賀町出身)
        ※明智光秀近江出身説関係資料特別公開
        ※多賀町佐目伝説の地・写真パネル紹介
 
  【日  時】平成31年1月20日(日) 13:00~16:00
  【会  場】多賀町立文化財センター(多賀町四手976-2 あけぼのパーク多賀内)
  【募集人数】50名 ※事前申込み制・先着順
  【主  催】滋賀県教育委員会
  【共  催】多賀町教育委員会
  【協  力】滋賀県立琵琶湖文化館・近江歴史回廊倶楽部
  【申込み先】滋賀県教育委員会事務局文化財保護課(美術工芸・民俗係)
         TEL:077-528-4672 FAX:077-528-4956
         メール:ma07@pref.shiga.lg.jp
       ※氏名・住所・電話番号・メールアドレスを記載のうえ、お申し込みください。
  【そ の 他】参加費無料 ※雨雪天決行(暴風警報発令の場合は中止となります)

実はこのイベントでキーポイントとなる「光秀が近江の生まれ」だという説は、文化館が収蔵する「淡海温故録」や「近江輿地志略」にも記述があり、今回特別出品というかたちで、協力させていただいております。講座ではその内容についても詳しく解説されます。また、多賀町佐目で、今も語り継がれる光秀伝説についての地元研究者からの発表もあるということなので、これは楽しみですね。皆さま是非ご参加ください。
(申込み先は、県教委文化財保護課です。琵琶湖文化館ではありませんので、ご注意下さい。)

※「淡海温故録」「近江輿地志略」の公開は1月12日~1月27日までとなっています。

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えと・干支・亥

「も~い~くつ寝ると~お正月~♪」そんな歌を歌いたくなる年の瀬です。平成も残りあとわずか。。。滋賀では、猪を神の使いとする、日野町にある馬見岡綿向神社さん(覚えてらっしゃいますか?今年の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」で取り上げられた、新たに県の文化財に指定された巨大な絵馬が掲げられている神社さんですよ!)で、巨大な“干支”の絵馬が飾られたことがニュースになったり、最近では少なくなりましたが、お店で来年の“干支”のカレンダーをいただいたり…そうそう、“干支”の絵柄が入った年賀状の用意もしなければなりません!

“えーっと”ですね、何故「干支」「えと」と繰り返し言うのかといいますと、来年の干支は「亥」ということで、今月の館蔵品紹介「浮城モノ語り」でも「猪図(松村呉春筆)」を紹介させていただきました。
この絵の中で、伏した雌に寄り添うように立っている雄の猪…2頭は夫婦なのでしょうか?とても穏やかな絵です。 ちなみに、伏している猪は、“臥猪(ふすい)”と呼ばれ、「獰猛な猪が眠っているのは世が平和で安らかである」として、吉祥のシンボルとされているそうですよ。
例年、文化館前の掲示板では、お正月に「新年のご挨拶」を貼りだしています。平成31年は、やはりこの「猪図」の出番でしょう!臥猪の絵ならなおのこと、縁起が良いコト、間違いなし!!

文化館で行っている仕事の一つに、“収蔵品の写真貸し出し業務”があります。この猪図も「干支カレンダーに使用するため」との理由で、複数の依頼をいただきました。。。どこかで皆さんのお目に留まることを楽しみに。。。も~い~くつ寝ると~お正月~♪

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文化館を支えた職人魂

文化館でお仕事をしていると、ときどきビックリするようなモノが発見されたりします。それは50年前の新聞であったり、魚を捕まえる漁具(これは水族館があったから)であったり、簡易ベット(宿直当番があったから)であったり・・・現在、館を預かる僕たちにとっては「何故?!」と思うようなモノばかりですが、どれもこれも、昭和36年(1961)開館という長い歴史ある時間の中で、その時々に必要であったモノたちです。その中でも“とっておき”を、この度発見しましたので、これも文化館を物語る“語り部”の一つとして、皆さんに紹介しておきましょう。

先ずはコチラ。「びわ湖文化舘」の焼印が押された大工道具です。なんと特注?!簡単に手に入る市販のモノではないの?!というか、何故文化館にナタとカンナが??!!・・・えぇ~っと、謎は尽きませんが想像しますと、以前は文化館の正面に広場があり、たくさんの木が植えてあったので、時にはナタも必要だったかもしれませんし、中池ではアヒルなども飼っていたので、鳥小屋などは自分たちで作って自分たちで補修をしていたのかもしれません。あくまで想像ですが、館内に残されている様々な「手仕事」から推察すると、手の器用な職員さん達が自分たちで何とかしようと努力をしていたことは、容易にうかがい知れます。そのためのカンナとナタだったのでしょう。ちなみにスコップにもしっかりと焼印が押してありましたよ。

と、話を収めるつもりでしたが、更に見つけてしまいました。それがコチラ。「びわ湖文化舘」の焼印(焼きゴテ)です!「館」が俗字の「舘」であるあたりがまた何とも・・・(愛)。。。
しかし、まさか焼印の“本体”があったとは!!こうなるともうどれが『特注』なのかワカリマセンね(笑)!いずれにしろ、先輩職員さんたちがプライドを持ってお仕事をされていたんだな~と、その証を見せていただいた気がします。

そしてもう一つ。これは館内の配線を見に来られた業者さんに教えていただいたのですが、右の写真を見ていただきたい。左隅に写っているのは電気の分電盤ですが、そこから壁や天井を伝って各部屋へ伸ばされる配管の湾曲!これ、実は固い鉄管です。業者さん曰く「真っすぐな鉄管を角に合わせて、その場で鉄管を熱しながら曲げながら敷設されてますね。恐ろしい技術です。今、こんなこと出来る人(する人)居ないです」とのこと。うぅ~ん、褒めていただいたのか何なのか(笑)。そう言えば今は塩ビのケーブルモールを使うことがほとんど・・・なのかな?天井を見上げると、このテの「曲げ鉄管」は、文化館ではよく見かけるので当たり前だと思ってました。ご指摘いただいて気付きましたが、どうもすごい職人技らしいです。

以上、巷では「平成最後の・・・」という言葉を耳にする機会が多い中で、なんとも「昭和のにおい」がプンプンする当館ですが、開館からの57年を支えた職員の心意気!みたいなモノに出会うことで、またちょっぴりこの館に愛着が湧いてくるから不思議です。
いろんな“モノ”に支えられている琵琶湖文化館です。

筆:あきつ

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チェスト!猪どん

日本列島は、今年の夏の”災害級の暑さ”が忘れられないのか、師走に入っても各地で夏日が続出。かと思ったら、週末に今度は厳しい寒さが訪れ、ようやく冬の気候になってきました(滋賀県では彦根で初雪⛄となりました)。そんなこんなで自宅では、例年ならとっくに出ているはずの炬燵が、ようやくのご登場となりましたよ!

ところで、江戸時代には「炬燵開き」の日が決まっていたこと、、、皆さまご存知でしたか?旧暦亥の月(10月)の亥の日(新暦では、2018年は11月3日と15日)を「亥の子(いのこ)」といって、「亥の子餅」を食べるなどして祝い、この日に炬燵や火鉢を出すことになっていたそうです。

亥の月の亥の日に、多産の猪にあやかろうと、子孫繁栄を願って猪に似せたお餅を食べるのはわかるのですが、それがどうして炬燵や火鉢につながるんでしょう?実は、猪というのは、はるばるインドからいらっしゃった女神・摩利支天(まりしてん)さまのお使い。そして、摩利支天さまはそもそも、ゆらゆら揺らめく陽炎の化身だということから、亥の日に火を入れることで、私たちを炎(火災)から守って下さるのだそうです。あ~、うちの炬燵…やっぱりもっと早くに出しておくべきだった(涙)。

さて、摩利支天さまと言うと、文化館でもご縁あって市神神社さまから摩利支天像2幅をお預かりしております。なんでも、この摩利支天さまたち、明日11日から、安土城考古博物館にて、今年の干支の戌から来年の亥への引継ぎのための集会(展示)が行われるということで、二人そろって愛車ならぬ愛猪にまたがり、お出かけ中でございます。(実際にこの魔利支天さまは、猪の上に乗った姿で描かれています。会場では要チェック!!)

また、そのことを耳にした縄文時代生まれの長老(?)石山貝塚から出土した猪の牙さまも、「平成最後の亥年ならば、わしもキバって参加せねばならぬのう~」とおっしゃって、いそいそと摩利支天さまについて行かれましたよ!漏れ聞くところでは、お出かけ前に「芸能人は歯が命」とつぶやきながら、歯磨き粉をキュッと握りしめていたとかいないとか。。。まっ、ことの真偽はともかくとして、久々の晴れ舞台ですから、”半端ない”ご活躍を期待してま~す(笑)。

安土城考古博物館にて開催される集会(展示)、正式には、特別陳列「干支をめぐる文化財―戌から亥へ―」は、12月11日(火)から年明け1月27日(日)までの開催です。皆さまもここはキバって見に行かれてはいかがですか?もしかすると、年賀状のヒントが見つかるかもしれませんよ!?(そだねー)

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ホームページ11月のアクセス数

あっという間に12月に突入です。なにかと気忙しい今日この頃、“平成最後”にふさわしい締めくくりが出来るよう、気を引き締めて毎日を過ごしたいものです。明るい未来を!
さて、こちらもシメておかねばなりません。毎度お馴染みのご報告ではございますが、11月も多くの方にホームページをご覧いただいたおかげで1,733件のアクセスがありました。休館中の当館と、皆さんを繋ぐバロメーターでもあるこのホームページアクセス数。これからもテンションを上げ気味に↑↑↑取り組んでまいりますね。

そうそう、先日もテンションが上がる、とても嬉しいことがありました。それは、文化館に来られたひとりの男性。。。ご用件は「彦根城外堀の現地探訪の地図が欲しい」とのご依頼!まだ終わってなかった「打出のコヅチ」(笑)!!
この”彦根城外堀の現地探訪”とは、11月8日に行った「滋賀の文化財講座 花湖さんの打出のコヅチ 第6回現地探訪」(詳しくは11/9付のブログ)のことです。
現地探訪は、文化財講座始まって以来初の試みで、主催側としても大いに盛り上がったので、開催翌日には文化館前の掲示板に、探訪の様子を大きなポスターにして貼り出しました。また、この掲示板を見て気になった方が、地図を片手に同じコースを歩き気軽に現地探訪を楽しんでもらえるように、ポイント毎の写真と簡単な地図を載せたチラシを作り、「ルートを掲載した地図があります。ご希望の方は事務所まで」と、貼り紙をしておいたのです。当日行けなかった人や、行ったけれどもう一度おさらいしたい人、そして道行く人々に楽しんでいただくために!
すると、貼り出してすぐは反応がなかったのですが、2週間程経った頃でしょうか、「探訪のチラシが欲しい」という方が、事務所を訪ねて来られたのです!(やった!!)本当に嬉しくて感謝の思いを胸に地図をお渡ししました。そしてこの日は、なんと!この方だけでなく「地図が欲しい」とおっしゃられる方が次々といらっしゃったのです!おひとりは現地探訪のことは知っていたけれど、当日は都合がつかず行けなかったとのこと。。。そして「当日の様子を詳しく知りたい」ということで、文化館に足を運んで下さったようなのです。こんな風に、色々な方がチラシを欲しいと言ってくださり、嬉しいかぎりです! 作って良かった!!

中には、ご友人を「案内して歩きたい」という人も・・・「そこで僕でも詳しく説明できる資料があればなぁ」。。。ということで!講座を担当された松下先生に無理を承知でお願いしました!!その資料がコチラ! 外堀めぐりのポイントが書いてあります。これで案内もバッチリですネ!!

このブログを読んで「文化館に足を運べないけど、地図が欲しい」という方もいらっしゃるのでは?!…ご安心ください!チラシが印刷できます!皆さまもぜひとも、この文化館特製「彦根現地探訪の地図」を片手に彦根の町を歩いて、現地探訪を再現してみてくださいね。

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講座のお知らせ:語り部になってみませんか?

先日、新聞の見出しに「湖国の観光客3年連続最多更新」という記事が載っていました。インスタ映えのスポットが人気になっていることもあり、近年観光客が増えているようです。そんな滋賀県には、多くのすばらしい文化財があります。全国から、あるいは、海外からいらっしゃった方に、滋賀の豊かな文化財について知ってもらいたい、教えてあげたい…と活動されている方、滋賀の魅力を伝えたいと思っている方々にピッタリの講座をご紹介します。
この講座は、地域に伝わる文化財を学び、伝えていく人材を育成していくことを目的とした『滋賀の美と祭りのこころを伝える語り部づくり事業』(滋賀県教育委員会主催)の一環として開催されるもので、今回は「日吉大社で文化財観光活用を考える」をテーマに、12月9日(日)に日吉大社で開催されます。

 【内  容】専門講座「文化財の観光活用-展望と課題-」
        講師:毛利憲一氏(平安女学院大学 国際観光学部教授)
       実践発表「日吉大社における文化財活用の取り組み」
        発表者:矢頭英征氏(日吉大社 禰宜)
       現地文化財学習(日吉大社境内での文化財見学等)
        
 【日  時】平成30年12月9日(日) 13:00~16:00
 【集合場所】日吉大社 日吉会館
       (大津市坂本5丁目1-1)
 【募集人数】50名 ※事前申込み制・先着順
 【主  催】滋賀県教育委員会
 【協  力】日吉大社 近江歴史回廊倶楽部
 【申込み先】滋賀県教育委員会事務局文化財保護課
       (美術工芸・民俗係)
       TEL:077-528-4672
       FAX:077-528-4956
       メール:ma07@pref.shiga.lg.jp
       ※氏名・住所・電話番号・メールアドレスを記載のうえ、お申し込みください。
 【そ の 他】参加費は無料ですが拝観料(一般450円)が必要となります。
       雨・雪天決行(暴風警報発令の場合は中止となります)

講座を担当される毛利憲一先生は、京都で唯一の観光学部専任教授ということで、文化財の観光活用について、最新の動きや、今後の展望と課題について教えて頂きます。また、会場となる日吉大社さんは、日本遺産の認定などをきっかけに、積極的に文化財を活用して広く発信しようとされており、全国的な注目を集めています。そんな日吉大社さんで観光を視野に入れての文化財活用に取り組んでおられる、矢頭英征氏からお話しをうかがい、座学の後、境内の国宝建築等の文化財を見学しながら、活用の工夫について学ぶことが出来る内容となっています。

地域の文化財を守り伝えていく「語り部」さんにも、なるほど文化財の観光活用について気軽に学べるとても貴重な機会ですので、皆さま、ぜひともご参加ください。(申込み先は、県教委文化財保護課です。琵琶湖文化館ではありませんので、ご注意下さい。)

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なるほどミュージアム

みなさんはご覧になりましたか?25日(日)の夜にびわ湖放送のローカル番組で、「なるほどミュージアム滋賀」という番組を放送していました。 今回のテーマは「文化財」。なるほどこれは見ねばなるまい・・・と、テレビの前に陣取りチャンネルを合わせてみると、滋賀の文化財講座でもお馴染みの講師:県教委文化財保護課の井上優氏がスタジオゲストでお話されているではありませんか!番組内容も、滋賀県に住む私たちにとって、とても身近で面白い内容だったので、少し紹介しておきましょう。

先ずは冒頭に、滋賀県は国宝・重要文化財の指定件数が、東京、京都、奈良に次いで全国第4位!の多さであるというお話しから、その理由の一つとして日本の仏教の原点ともいえる天台宗総本山比叡山延暦寺さんの存在や、長浜で天災や戦火をくぐり抜けて守られてきた仏さまのレポート、県内のさまざまな仏像の見方や楽しみ方が、紹介されていました。
井上氏のコメントの中には、「滋賀には地域の皆さんに受け継がれてきた『守り伝える文化』がある。これが滋賀に文化財が多い理由の一つ」「その価値をみんなに知ってもらってそれを地域の活力に変えていかなければならない」と熱く語っておられたのが印象的でした。なるほどそのとぉり!!

そして番組内容とは別に、実はすごく気になったことがあります。それはスタジオのセットに用意された、ある2点。1つは仏像の彫刻模型で、番組の中でも「井上さんにそっくりですね」とイジられていたので、皆さんもお気付きになられたかと思います。こちらの模型は普段文化館でお預かりしており、「まさかのテレビ出演!」を、ちょっと微笑ましく見ておりました(笑)。もう1つは、後ろの棚に置かれていた水色が目立つ本・・・見たことある。。。 そう!あれは2014年に発行された「1冊でわかる滋賀の仏像 文化財鑑賞ハンドブック」(発行:サンライズ出版)です!このハンドブックは、県教委文化財保護課さんが企画・編集をされていますが、発刊に際しては当館も協力させていただいており、非常に思い入れのある1冊です。何より分かりやすい!仏像の“いろは”はもちろん、県内の様々な仏像が多数掲載されていますので、是非お手元に置いていただければと思います。

今回放送された番組「なるほどミュージアム滋賀」は、後日YouTubeで動画配信されるそうです。見逃した方は、是非チェックしてみてください。
筆:あきつ

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60年前の大津

当館は、滋賀県大津市にありますが、この大津市の市制120周年を記念した企画展が、大津市歴史博物館で開催されています。その名も「60年前の大津」展です。ん?120周年で60年?これは市制60周年を迎えた昭和33年(1958)当時の広報誌や市制60周年記念誌などを手掛かりに、昭和30年代の大津の古い写真や資料から、高度経済成長期を迎えて急速に変化する大津市の移り変わりを振り返る展示になっているのです。そう、昭和30年代といえば、当館が開館した(昭和36年)頃です。「文化館の写真もあったよ」との情報を得て、これは見逃してなるまい・・と会場へお邪魔させていただきました。

※このブログでは当時の雰囲気をお楽しみいただくため、当館が昭和36年以降に撮影した大津市内のモノクロ写真を紹介します。

展示室は、昭和レトロを感じさせる白黒の写真パネルがいっぱい。琵琶湖岸の埋め立てや山の手の開発、公共施設などの整備がどんどん進められていった時代。写真は、勢いというか、エネルギー溢れる当時の様子を伝えていました。写っている人々の顔もとてもハツラツとしています。そして・・・ありました文化館!あっちにもこっちにも!琵琶湖文化館のコーナーも作っていただいてましたが、街を見下ろす遠景写真の中にも、埋め立てが進む湖岸の風景にも、チラッとチョコッと文化館が写っているのですよ~ついつい身内贔屓な見方をしてしまいましたがね(笑)。そうなんですねぇ、文化館が建った時代ってこんなにも勢いがある時代だったのですね。でなければ、琵琶湖に浮かぶお城を作るという発想も出てこなかったでしょう。ましてやそれを実現するなんて!

入口近くにあったカラー写真には、開館したばかりの当館の5階展望閣から紺屋関(浜大津方面)を撮影した写真がありました。現在は見ることができない(残っていない)建物が写る貴重な写真であると、説明の一文に書かれていたと記憶しています。僕にとっては、一緒に写り込んだ当館の屋根にある石楠花のオブジェが、開館当時は『金色』だったことが、一番の驚きでした(文化館マニアでないとこの感動は理解しづらいかも??)。いや貴重な写真を見せていただきました。是非会場でこの写真を見付けて下さい。
ということで、同じアングルで撮影した現在の写真をご紹介。う~ん、背の高い建物が増えました。当時は三井寺さんまで撮影できたとか。。。でもこれはこれで、現在休館中となっている当館からの貴重な眺めです。

イマドキのtwitterやFacebookで、この会場に掲示されていた琵琶湖文化館の写真をアップして下さっている方もいらっしゃるようです。企画展は11月25日(日)まで開催されています。どこか懐かしい、タイムスリップをしたような時間を、是非会場でお楽しみ下さい。


筆:あきつ

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彫刻をじっくり見る

皆さんは、彫刻(仏像や神像など)をじっくりとご覧になったこと、ありますか?当館のウェブサイトをチェックしていただいている皆さんですので、「モチロン!」と即答?!元気なお返事が返ってくるものと信じておりますが(笑)、改めてその楽しみ方を伝授させていただきましょう。

僕が以前に学芸員さんから聞いた話ですが、例えば、彫刻を調査するとき、学芸員さんは先ず最初に何をする・・・のでしょうか?持ってみる?寸法を測る?写真を撮る?材質を分析する?う~ん、間違いではないのですが、先ずは「見る」!上から下から斜めから、とことん「見る」!ことから始めるのだそうです。コレすごく大事。。。ん?でもこれって一般に私たちが展覧会で展示されている仏像を鑑賞する時にも、出来たりしますよね?!
先ずは少し離れたところから仏像の全体の雰囲気をじっくり・・・続いて近くに寄って真正面から見た後は、中腰で下から少し見上げる感じで(そうすると仏さまと目線が合う)、ガラスケースに入っていたりすると難しいですが、可能であれば横からも後ろからもじっくりと・・・。

そう!仏像の見方のいい見本があります。当館の収蔵品紹介:彫刻の部で紹介している草津市の観音寺さまご所蔵の「木造阿弥陀如来立像」(重文)をご覧ください。まっすぐ立っておられると思っていたら、思いのほか前に乗り出すように意図して作られていたり、衣の一つ一つがとても繊細だったり、いろんな角度から見ることで、「へぇ~」「なるほどぉ~」と気付くことがたくさんあります。こちらの仏像は現在、東京の三井記念美術館で開催中の「仏像の姿(かたち)」展に出品中で、今頃は多くの仏像ファンを魅了していることかと存じます(!!)。とはいえ、この仏さまの像底(足の裏)まで見ることができるのは、当館のウェブサイトだけ?!是非チェックしてみてくださいね。光背もとてもきれいですよ。

また、とある学芸員さんは、こうも言ってました。「茶色く見えるお像でも、よぉ~く見ると、わずか~に彩色が残っている場合がある。そこから連想して、作られた当時の鮮やかな色彩を想像してみるのが面白い。きっとお参りに来られた方たちの度肝を抜いたに違いないでしょうね。むふふん」・・・えぇ~っと、ちょっとマニアックな見方ですが、これもアリです!あり有りデス!皆さんも楽しんでみてください。

この季節、普段見ることのできない文化財が、神社や寺院で特別公開されていることがあります。また11月は「関西文化の日」と称して、関西一円の美術館・博物館・資料館等の文化施設の入館料(原則として常設展)を無料で鑑賞できる機会があります(詳しくはコチラ)。文化の秋、芸術の秋ですよ。皆さんが自分なりの楽しみ方で、素晴らしい文化財たちと出会われることを願いつつ。。。

筆:あきつ

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揉み紙のご縁

「揉み紙をしておられた松田喜代次さんの作品を見せていただくことは出来ますか?」
先日、このような問い合わせのお電話をいただきました。当館は現在休館中であり、残念ながらこちらで見ていただくことは出来ないことをお伝えしましたが、なんだかこのまま電話を切ってしまうのが少し名残惜しく、「何故、作品を見たいと思ったのか」詳しくお伺いしてみることにしました。
すると、「自分は奈良で揉み紙のワークショップをしているが、色々と『揉み紙』のことを調べていると、どうしても松田喜代次さんに突き当たる。そこで松田さんが作られた作品を、実際に是非見てみたいと思った」とのこと。当館のウェブサイト収蔵品紹介に掲載している松田氏の作品を見て、お電話を下さったようなのです。

当館では、平成8年に特別陳列「滋賀県無形文化財 松田喜代次遺作展(松田喜代次の技-もみ紙の世界から-)」展を、平成18年に小企画展示「揉み紙と現代茶陶」展を開催。また、休館となってからは、平成26年に安土城考古博物館において「琵琶湖文化館秘蔵品で味わう 茶を魅る」展において、松田氏の作品を展示公開しました。
揉み紙は、金箔押し・型押し・型紙押し・砂子振り・泥引き・雲母引き・切箔押しなどの唐紙(からかみ)の技法の1つです。和紙に具を塗布して手で揉んで、紙の表面に揉み皺を付けます。唐紙の中でも顔料を引いた素朴な趣の揉み紙は茶人達に愛好され、茶席では掛物や風炉先屏風などに用いられました。松田氏は、昭和39年(1964)に滋賀県無形文化財「揉み紙」の技術保持者として認定された方で、伝統的な揉み紙の技法を受け継いだ最後の技術者とも言われています。

・・・そうなんです!松田氏の作品は本当に素晴らしいのです!既に紹介している『揉唐紙風炉先「渋水郷」』も、それはもう人間技とは思えないほど緻密に計算し尽くされたアートなんです!いえ、人の手だからこそ生み出された逸品!なのです。電話をいただいた方も、「魂が揺さぶられるほどに素敵!」と言っておられました(!!)。わかっていただけて、とても嬉しいです(!笑!)。
というわけで、せめて雰囲気だけでも・・・!と特別にご用意致しました。「渋水郷」と明治30年頃に滋賀県野洲の窯で焼かれた「小富士焼」の煎茶道具です。実物の素晴らしさをイメージしていただけると幸いです。

お電話の女性は、10月最初の日曜日に奈良でワークショップイベントを行うと言っておられました。皆さん楽しまれましたか?遠くても近くても、当館の作品を通じて、このようなご縁をいただいたことに感謝いたします。そうです!揉み紙の素晴らしさを多くの方に知っていただきましょう!当館も頑張ってまいりまーす!

筆:あきつ

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古文書を読めない人も

(タイトルから続きで)大丈夫!古文書(こもんじょ)を楽しめます!!
例えば、展覧会などで戦国武将の書状が展示してあっても「何をかいてあるのか分からないから」と、スルーをしてしまうアナタ!もったいないですよ!!突然ですが、古文書を読めなくても楽しめる「古文書の見方」をちょこっとお勉強したので、皆さんにも伝授させていただきましょう~!ポイントは「読み方」ではなく「見方」なんですが・・・ね!

『古文書』と聞いて苦手意識があるヒトは?(ハイッ!)ですよね~難しいですよね~読める気がしないですよね~。たった数百年前の字なのに何故?!とは思いますが、きっと戦国時代の人たちも、現在のスマホの絵文字は理解不能だと思います!(^^)!。それはさておき、、、古文書を勉強されている方は、字を読んで書かれている内容を解読して「なるほど面白い」となるのでしょうが、では読めないヒトはどうしましょう。。。そこを「見る」ことで楽しめたりするのですよ!

『古文書』とは、○○さんから●●さん宛てのお手紙です。皆さんもちょっと改まった縦書きのお手紙を書いたことがありませんか?なんとな~くルールのようなものがありましたよね?相手に失礼のないように色々と・・・うぅっ、就職活動の時に履歴書と一緒にご挨拶の一筆を送るのにとても気を使った思い出が。。。同じように、昔のお手紙(古文書)にもいろんな決まり事があり、それに則った書き方をしている(丁寧) か、外れた書き方をしている(手抜き?)かで、差出人の立ち位置(位や立場、上下関係)・思惑が分かるというのです。

例えば「花押(かおう)」の位置。花押は署名の代わりに書いた手書きサインのようなもので、殊に織田信長の花押:麒麟(きりん)の「麟」の字をかたどったデザインは有名です。花押を見れば「誰から」の手紙か一目でわかります。これが文章の最初にバーンと書かれていると「ワシじゃ、よう読めよ」と少し上から目線となり(?)、差出年月日の下に官職と花押が書かれていれば、丁寧に礼が尽くされたお手紙となります。
他にも、充所(あてどころ:宛先)は文章の一番最後に書きますが、年月日より下であれば薄礼、上に書かれていれば厚礼、中には充所すら書かれていない(意図して書いていない!)場合もあるようです。・・・コレって少し書く位置をズラすだけで、恐ろしく高圧的で失礼極まりない手紙が出来上がってしまうのでは?!・・・そこには身分や格の違い、上下関係を明確に伝える意図があったようです。恐るべし心理戦。。。
反対に、上位の人から作法に則った美しく丁寧な文書が下されれば、受け手側は「私たちのことを大事に考えて下さっている。おそれ多いことで、ははぁーっ(平伏)」となりますよね。文章を読まずとも、その体裁をみるだけで、大体のニュアンスというか、その文書の雰囲気が読めるのだそうです。こんな見方があったのか!!
是非一度お試し下さい。

誰から誰へ、書かれている内容と、体裁とのギャップを読み解くことができれば、もっとリアルな人間模様が楽しめそうです。その域に達するには・・・もう少しお勉強!

筆:あきつ

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県博協シンポジウム in 草津宿本陣

琵琶湖文化館も加盟している”県博協”こと滋賀県博物館協議会。この協議会には、県内の博物館・美術館など70館が加盟しており、連携して定期的に博物館活動に関する研修会や各種の活性化事業を実施しています。そんな活動の一環として、毎年広く一般に向けたイベントも行っています。
今年の10月28日には「道の国・近江」をテーマに、県内の街道沿いに所在する博物館施設等の専門家たちが一堂に集い、『道の国・近江の魅力発信!!~街道文化を今に伝える博物館~』と題し、近江の街道の歴史と魅力、さらに担当職員ならではの街道を活かした”地域づくり””まちづくり”について熱い議論が交わされます。

なおシンポジウム終了後は、会場である草津宿本陣の見学会も行われますので、あわせて街道文化の魅力をご堪能ください。参加は事前申込み制です。募集人数が限られていますので、お申込みはお早めに!

 【タイトル】 道の国・近江の魅力発信!!
        ~街道文化を今に伝える博物館~
 【会  場】 史跡草津宿本陣 西広間
        (草津市草津1丁目2-8)
 【日  時】 10月28日(日)
        14:00~15:30(13:30受付開始)
 【募集人数】 50名(要申込み 先着順)
 【申込み先】 史跡草津宿本陣
        TEL・FAX/077-561-6636
        メール/honjin@city.kusatsu.lg.jp
 【申込期間】 9月21日(金)~ 10月21日(日)

 ※参加には、史跡草津宿本陣入館料が必要となります。

お申込み・お問い合わせは史跡草津宿本陣となりますので、皆さま奮ってご参加ください。

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彼岸花

毎年、この時季によくぞ忘れずに咲くものだと感心するお花があります。皆さんの目にも留まりましたか?そう、ヒガンバナです。今年は猛暑だ酷暑だ台風だ!!と気候面では異例づくめの夏でしたが、このお花は自分が咲く時を、しかりと心得ているようです。
と、ここで僕の文化館的思考回路に何かが引っ掛かります。近頃のブログでは、季節を感じられる作品を、館蔵品の中から紹介するようにしています。その時に頭を悩ませるのは、「旧暦」と「新暦」の違いから起こる季節感のズレであることも、書いたと思います。旧暦の風習や行事を新暦で紹介すると、どうしても感覚的に違和感が残ります。では何故、ヒガンバナのイメージは「彼岸」からズレないのか???

ちょこっと調べました。今年の秋のお彼岸は、現在の暦(新暦)で9/20~9/26、旧暦では8/11~8/17日となりますが・・・否!見るべきはそこではない!お彼岸は、春分・秋分の日を境に7日間。春分・秋分は昼と夜の長さが同じ日、太陽が真東から上って真西に沈む日なのです。それは新暦であろうが旧暦であろうが太陽の位置で見れば同じ日なのです。だから昔も今も、ヒガンバナは「お彼岸」に咲く花!なのですよ~。ちょこっとスッキリしました?!。

いつもならここで、文化館の収蔵品の中から見事なヒガンバナの作品をご紹介・・・したいところなのですが、実は文化館にある近世絵画の中に、ヒガンバナを描いた作品が見当たりません。ヒガンバナは別名:曼殊沙華(まんじゅしゃげ)とも言いますが、毒性があり、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、などと呼ばれたり、「家に持ち帰ると火事になる」という迷信が今も残っています。これらのイメージから、縁起を担ぐ日本人の好みには合わなかったのかもしれません。例えどんなパトロンでも「御家が火事になる絵を描いてくれ」というオーダーはしなかったでしょうし、有名な絵師の作品でも売れなかったことでしょうね。

一方でヒガンバナは、ネズミやモグラ除けとして田のあぜ道などに人為的に植えられるなど、その活躍ぶりは見過ごせません。また、鮮やかな「赤」は、めでたい兆しとされることもあります。子どもの頃、彼岸花で首飾りを作るのが楽しみでした(作った後は絶対に「手を洗いや!」と叱られた・・・とか、大きな花束にして持って帰っても家の花瓶に飾って貰えなかった・・・ことなどは、今となってはかわいい思い出です)。なにより、私たちに季節を感じさせてくれる、とても繊細で綺麗なお花です。

そんなヒガンバナに思いを寄せて、今日9月20日は「彼岸の入り」でございます。

筆:あきつ

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台風21号と琵琶湖の水位

9月4日、近畿を縦断した台風21号。近年の台風、滋賀では夜:寝ている間に通過することが多かったと記憶していますが、今回の台風は、昼間の明るい時間帯:午後から夕方にかけて、暴風雨をともなって足早に通り過ぎていきました。文化館でも午前中は琵琶湖の方:北東からの雨風を受け、午後からは南側の壁面に猛烈な雨風が吹き当たっていました。「台風が今どの辺りにいる」というのを実感できるくらいの雨風を、文化館で経験するのは僕にとっても久しぶりです。

「南からの吹付けが強いなぁ。館内見回って来ようかな・・」と事務所の窓の外に目を向けると、そこには不思議な光景が広がっていました。・・・ななななんと・・・琵琶湖の水位がゴッソリ下がっているではありませんか!中池にある歌碑、普段は水面下にあるコンクリート部分まで見えているではありませんかッ!(えっ?写真では分かり難い?スミマセン。これは一番雨風が強い時で、慌てて窓越しに撮影しているもので・・・。毎日見ているからこそ)これには僕もビックリ!思わず他の場所で作業をしていた職員さんを呼びに行き、「見て!滅多に見れんモンが見える!」と、その説明もいささかコーフン気味!!(笑)。ざっと見たところ普段より1m位は下がってます!いやぁ、不思議なことが起こるものデス。

←午後4時頃

台風の時によく耳にするのは、海の『高潮に注意』ですよね?でもここは湖・・・しかも高くない・・・水面が低くなるってどういうコト?・・・風が水面を押さえ込んでる?・・・台風が琵琶湖の水を吸い上げた?・・・とかッ??!
人間、あまりにも不思議なことにブチ当たると、頭の中はパニック状態になるらしいです・・・後から考えると支離滅裂(笑)。

←午後6時頃

琵琶湖の南湖で発生したこの不思議な現象のメカニズムを、後日新聞報道で詳しく知りました。詳細はコチラ(2018.9/8付 京都新聞)。要するに「台風の低気圧が北湖の水を引っ張る一方、南からの強風が湖水を北へ押し戻した」のが原因らしいのです。いやぁ摩訶不思議。台風に何度も襲撃されるのは御免ですが、このような不思議な現象を目の当たりに出来るのは、文化館が湖上に建っているからこそ気付けた変化で、何だか得した気分となりました。

文化館のテッペンにいる大トンボ君の目にはどのように映っていたのでしょうか。きっと琵琶湖に生じている様々な変化を、誰よりも感じているのかもしれません。

筆:あきつ

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重陽の節句

いきなりですが。。。中国では奇数は縁起の良い”陽”の数とされ、奇数の月と日が重なる日を「節句」と定めて邪気を祓う行事が行われていました。1月1日(元日=のち1月7日「七草の節句」に変更)、3月3日(桃の節句)、5月5日(端午の節句)、7月7日(七夕)といった節句はお馴染ですが、9月にもこのような月と日の数字が重なる節句があるのをご存知ですか?

「9」は奇数の中で一番大きな数です。その「9」が重なる9月9日を『重陽(ちょうよう)』と呼び、この頃は旧暦(新暦で今年は10/17)で菊の見ごろであることから「菊の節句」とも呼ばれ、菊に長寿を祈る日となりました。菊は優れた薬効を持つ植物として古くから知られ、古い中国の書物には、菊が群生している谷を下ってきた水を飲んだ村人たちが長寿になったという話があります。そんな菊の薬効と伝説は、平安時代に日本にもたらされ、季節の行事として定着していったのだとか。

重陽の日には、菊の花を飾って愛でたり、酒に菊の花びらを浮かべた「菊酒」を飲んだりと、楽しみ方は色々とありますが、その内の一つに「菊の着せ綿」と呼ばれる風習があります。重陽の日の前日、菊の花に真綿をかぶせて一晩置くと、菊の香りと夜露がたっぷり染み込みます。翌朝、この綿で顔や肌を拭うと若やぐと言われたことから、若さを保ち長寿を願うとして、特に貴族の女性たちの間で、もてはやされたそうです。清少納言の『枕草子』や、紫式部の『紫式部日記』にもその様子が綴られています。そして、当館所蔵の月岡雪鼎(つきおか せってい)が描いた「十二月図」屏風にも九月にあたる部分に、この場面が描かれています。
手前に描かれている女性が、菊にかぶせた綿に手を触れている様子がうかがえますね。奥に見える高貴な着物を着た女性が、この綿で肌を拭うのでしょうか。。。菊花と描かれる女性たちの様子が喜々としていて、とても美しい作品です。

現代に生きる私たちにとって重陽は、五節句の内の一つでありながら、その風習に馴染み薄くなってしまっているように思われます。菊の季節はまだ少し先ですが、この機会に、大輪に咲く菊花に思いを馳せ、長寿を願ってみてはいかがでしょうか。

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収蔵品の他館への貸出し

8月も残りわずかとなりましたね。季節は間もなく秋、豊穣のシンボル:赤とんぼを街で見かけるようになりました(夏は山にいるそうです)。そんな秋の訪れを、当館でも感じる出来事があります。それは「赤とんぼ」が「あきつ君」のお友達だから?いえいえ、それだけではありません。当館は休館中ですが、他の博物館・美術館さんが、「秋の展覧会」に向けて収蔵品の借用に来られるため、その貸出業務の対応に「まもなく秋」を感じているのでございます。

ということで、今回、東京の三井記念美術館さんが彫刻の仏像8躯を集荷に来られた現場に潜入取材・・・僕:あきつがお邪魔させていただきました。
先ずは「前室」という部屋で、当館の学芸員と先方の学芸員さんが、仏さまの状態をチェックされます。大昔に作られた仏さまですから、決して状態が良いものばかりではありません。個々の仏さまによって注意点はさまざまです。気をつけないといけない箇所はどこか、修理されているところはないかなど、安全に輸送・展示をしていただくために、お互いの目で見て確認し、情報の伝達をするわけです。すべては安全のために。。。
そして梱包(こんぽう)です。梱包と言っても、引っ越しの荷物みたいに箱に入れるだけではありませんよ。仏さまには、どうしても木がもろくなってきている脆弱な箇所というのがあり、指先や耳たぶなど、か弱い部分は特に注意して薄葉紙(うすようし)で保護します。そして、それぞれの仏さまの大きさに合わせて作られた「特注品」とも言える木製の担架に、仏さまに横になっていただき、安定している丈夫な箇所でしっかりと固定をするのです。そうしてようやく箱に入れられる状態となります。

『以前はね、薄葉紙で保護した後、仏さまを晒(さらし)でグルグル巻きにして運んだものだよ』「ミイラ巻きというやつですね。それは開梱する時も大変でしたね」など、学芸員さんが交わされる会話を小耳に挟みつつ。。。
時代と共に輸送技術や輸送トラック、道路事情も良くなってよかったな~なんて思ったりしていました。おかげで仏さまも安心してトーキョーまで行けるのですもの。羨ましい!!

三井記念美術館さんの特別展「仏像の姿」では、当館の他にも近畿圏では京都や大阪、奈良、三重、岐阜などへも集荷に向かわれるそうです。僕の愛すべき滋賀の文化財が、東京の皆さんのお目にも留まりますように・・・。展覧会の成功を祈っていまーす!

筆:あきつ

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