皆さんは覚えておられるでしょうか?
文化館の小さい方の館:別館の壁に埋め込まれている巨大壁画「舎利供養」。こちらの展示会場は、昭和50年代半ばには一般の公開を取りやめていたので、「記憶にないな~」と言われても無理のないことかもしれません。
本図は、世界的に活躍した宗教画家である杉本哲郎氏(1899-1985大津市出身)が、滋賀県の依頼によって昭和24年(1949)に県立産業文化館において制作され、昭和35年(1960)に琵琶湖文化館に移設されました。
中央の絵がほぼ正方形(縦3.67m×横3.58m)、左右が横長(各縦1.88m×横5.14m)の、とても大きな壁画です。長らく皆さんにご覧いただく機会がございませんでしたが、このたび、
大津市浜大津において令和9(2027)年度に開館を予定している新しい文化館に移設する方針が決まり、2月28日に当館において記者発表が行われました。
滋賀県では、本年度、この壁画の価値評価や設置構造の調査を実施しております。当初、壁画と建物自体のコンクリートがどの程度まで密着しているのか、心配するところでございましたが、躯体との間には空間があり、取り外すことが可能であることが確認されました。
一方で、経年による部分的な絵の具の劣化が見受けられるため、膠(にかわ)などをつかった剥落止めの措置を施し、移設の振動に耐えうるよう、対処する予定となっています。
記者発表の場には、杉本氏の孫である太郎さんも同席され、「祖父もきっと喜んでいるだろう」と感想を述べられました。
杉本氏が、実際に古代インドの仏教画を取材し、その知識と技術を駆使して壁面に直接描いた巨大壁画「舎利供養」。本図は、迫力に満ちています。
新・文化館にて皆さまにご覧いただけるよう、万全の態勢で準備を進めてまいります。


オネエさんの話(!?!)などなど。把握できる限りの情報は、文化館前にある掲示板に貼らせていただいております。近くを通られたら、ぜひ立ち止まってご覧くださいね。
日中の寒さが少しゆるみ、春の気配を感じた27日(日)、守山市にある湖岸沿いの”コーエン(公園)”では、黄色のカンザキハナナ(菜の花)が早春の風に揺られ、人々の目を楽しませておりました。
「おそらく最澄も見たであろう(?!)」時代の仏像の変遷について紹介されました。代表的な仏像を写真で比較すると、確かにそれぞれの時代によって特徴的な違いが・・・。ココは言葉で想像していただきましょう・・・「素材が違う」「8等身」「量感がある」「太ももパンパン」「圧倒的な迫力」「少しスリムになる」「スッキリとしたプロポーション」などなど。講師から紹介される魅惑の言葉に、参加の皆さんは、感心しきりのご様子でした。
締めくくりました。
滋賀県立膳所高等学校の1年生で美術を選択している生徒さん達を対象に、全6回のカリキュラムで文化財に関する連続授業がおこなわれました。
・・・!・・・今、サラリと書きましたがとても気になるワードがありました・・・そう!我らが「琵琶湖文化館」のことを授業に取り入れていただいてます~!特に、令和9年度(2027)に新しく生まれ変わる(仮称)新・琵琶湖文化館での取り組みの具体案、これを生徒の皆さんが一生懸命考え、アイデアを発表してくださるとのこと。なんて画期的なこの授業!わくわく・ドキドキ♪若い皆さんからどんなアイデアが出てくるのか、大人たちはそれはもう興味深々です(笑)。

2月5日より安土城考古博物館にて始まりました
博物館に入ると、先ずお出迎えしてくれるのが、”信長バージョンの飛び出し坊や”です♡(もももしや・・・これは・・・とてもレアキャラなのか??!)ノブナガくんに導かれて会場に向かうと・・・・はい!ドンときたーっつ!!会場の入口です。↓↓↓

とはいえ、昨年9月には、「比叡山焼き打ち」から450年を機に、織田・明智の子孫の方々が延暦寺に招かれ、犠牲者の慰霊法要が営まれていますし、こうして平和な時代に最澄さんにかかわる展覧会を関係方々のご協力を得て、滋賀・安土の地で開催できることに、深く感謝申し上げたい次第です。
展覧会初日には、地元観光ボランティアガイドさんをお招きし、本展の魅力をたっぷりレクチャーさせていただきました。観光で滋賀を訪れる皆さんに、是非とも本展をPRしていただきたい!多くの方々にご来場いただけるよう、お力添えをよろしくお願いいたします!
おや?作品が展示されている会場の様子をまだ紹介していないのに、本日のブログ、もう字数をオーバーしてしまいました・か??おやおや。。。




滋賀県では、古くからさまざまな地域で勧請縄が受け継がれており、県内一円の「近江の勧請吊り習俗」が、県選択無形民俗文化財(記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財)にも選ばれています。
道を横切って両側の立木に渡して吊られます(いわば結界!これを「道きり」という)。
・・・なんだかもう、この「トリクグラズ」っていう呼び方だけで、心の、どこかの、何かを、クスグラれ・・・ませんか?祈祷札が掛けられていたり、トリクグラズが無かったり、小縄がすごく凝ったものであったり・・・形状は地域ごとにバラエティ豊かで、「一つとして同じ形はない!」と言ってもいいくらい。代々地域に伝わるものだから・・・なのか、その曖昧さ加減(?!)、人間臭さ(?!!)、「地元オリジナル感」(!!!)が魅力で、とても“たまらん♡”のデス。
ソトから見ることで、その魅力を知ってしまうのです。それが風習・・・!伝承されたその「当たり前」を愛でてあげたい~~滋賀っていいトコなんですよ!

12月、当館では寄託更新というとても重要なお仕事があります。文化財をお預かりしている県内各地の社寺さまをお訪ねし、今年一年お世話になったお礼と、来年も引き続いて大切な文化財をご寄託いただけるよう、お願いにうかがわせていただきます。
これには全寄託者さま・・・というわけもいきませんが、数日かけて県内を西へ東へ、学芸員が車を走らせます。


「毎年ニュースになるひ○にゃんのお城とどちらが大きいかなぁ」などと考えながら、孤独と戦ってマス。
「館内がまだ終わっていませんよ~」・・・ウッカリです・・・コツコツと進めマス。
当館から見える景色で比べてみると・・・ご覧のとおり!8月お盆明けがだいたい+30cmでしたので、95cmもの大幅ダウン↓↓。こうなると滅多に見ることができないモノが見えてきます。

左が2年前の写真、そして右のワイド画像が現在。



そのタイトルはズバリ「なぜ滋賀は文化財が多いのかーー!!」
叫んでる叫んでる(笑)。
「
皆さんのブログ滞在時間がいつもより長かった(笑)。熟読いただき、ありがとうございました♪
日暮れが早くなりましたね~。日の短さで季節を感じる今日この頃です。

ライトアップされた文化館・・・ステキですね~威風堂々の佇まい♡(自画自賛♪)。
そしてもう一つ!時を同じくして実施されている大津を歩こう企画

皆さまご来場ありがとうございました。高島市で開催しておりました
ならびに関係方々にも、多数ご来場いただいたと聞いております。里帰り展示となりましたこの機会に足をお運び下さいましたこと、深く感謝いたします。改めて地域の宝として、誇りに思っていただければ幸いです。
なお、本展は終了いたしましたが、第2会場であった近江聖人中江藤樹記念館では、
にも足をお運び下さいね(徒歩で10分かかりません)。地域の人々に大切に守られて100年、深い歴史を感じさせてくれる貴重な史跡を、こちらも地元の方が、楽しく説明して下さいます。
ところで皆さん、
問題②誰がどの字を書いたのか、その“人となり”なども
今回は「建造物のさまざまな屋根技法」をテーマとして、県文化財保護課の菅原和之氏にお話しいただきました。 ひとことで“屋根”と言っても、その形や素材は様々。講座では、歴史的建造物の屋根の形状・葺き材とその技法について、スライドの豊富な写真とともに、ひとつひとつ丁寧に説明していただきました。屋根の形状は、切妻造、寄棟造、宝形造、入母屋造など多様にあり、素材も檜皮(ひわだ)や
杮(こけら)、とち、茅、瓦、銅板と様々です。茅葺きでお馴染みの茅材は草の総称であるため、地域によって使用するものが異なるそうです。琵琶湖岸ではヨシですが、山間部ではススキを使用するという、同じ滋賀県でも違いがあるのが印象的でした。形と素材の組み合わせは自由なため、建造物に求める用途や使用年数、地域ごとの気候や資材入手等の条件によって組み合わせが検討されるとのお話には、その奥深さに感嘆するばかり。皆さんからも「屋根について詳しく知る機会がなかったので知ることができてよかった」とのお声を頂きました。
今年度の打出のコヅチは、本講座を持ちまして全てが終了いたしました。新型コロナに悩まされながらも、全6回を無事に開催できたこと、深く感謝いたします。サテライト会場でご参加いただいた皆さんも有り難うございました。アンケートに「このコロナ禍で開催してくれてありがとう」と書いてくださった、そのあたたかいお言葉にも感謝です!
ワクワク・ドキドキ、我らが関係者にとって大変“緊張する”1日を迎えました。この日、会場にお越し下さったのは、
気を引き締めてフォーラムを開催させていただきました。
それを誇りに思ってもらえるような取り組みが必要であると、文化財所有者の立場からお話しくださいました。それは滋賀県が目指す新しい文化館の未来像と重なることでもあります。
パネルディスカッションでは、先のお二人に(公財)秀明文化財団理事の高梨純次氏と、合同会社nagori代表・観音ガールとしても活躍される對馬佳菜子氏が加わり、様々な角度からご意見をいただきました。 特に活動方針の⑤に掲げられる「地域の文化財の保護・活用支援」について、孫の代までつながっていくようなつながりを、地域の皆さんといっしょに勉強しながら育てていくような施設であるようにと、新しい文化館に託されたように感じられました。
新しい文化館について考える、貴重な時間を皆さんと共有できたことに感謝しつつ、今後更に検討を重ね具体化できるよう、皆さまと共に進めていければと願っています。今後ともご支援・ご協力を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
。会場にお集まりいただいた54名の皆さん、ご参加有り難うございました。
皆さんは不思議に思われませんでしたか?展覧会タイトルに名を重ねる3偉人の関係性について。「中江藤樹と熊沢蕃山は分かるわな。近江聖人・中江藤樹先生の門人として教えを受けたのが熊沢蕃山やろ?でも渋沢栄一がわからん。生きた時代も違うのにどう関係があるのか。」疑問の声をよく耳にしました。・・・その答え・・・「講演を聞いてスッキリわかったわ!」と言っていただけたものと確信しております!
渋沢栄一が儒教に傾倒していたことは知られていますが、なかでも特に陽明学、とりわけ「陽明学の祖」と言われる中江藤樹を深く尊崇していたことは、あまり知られていません。しかし、講師の口から語られたのは「渋沢栄一の内面は“滋賀県人”そのものである」というビックリ発言(笑)!
そして第3部では、「未来に守り伝える地域の宝~高島市指定文化財の修理報告~」として坂田さと子氏が講演。自らの工房で手掛ける文化財修理の現場の様子をご紹介くださり、百年先の修理のために「今」出来ることを行う・・・そのご苦労や継承していくことの難しさが語られました。知る機会のなかった業界の興味深いお話に、皆さん”前のめり“です!過去と未来をつなぐ修復の「今」を、大切なことを教えていただきました。
にも、多くのアクセスがありました。皆さんに興味を持っていただいて、本当に感謝!感謝!のランキングとなっています。





そしてこちらの左の写真(←)。皆さんなんだか熱心に展示ケースを覗き込んでいます。実は、ここには中江藤樹の真筆で、彼の教えである「致良知」を大きく書かれた掛軸が展示されています。普段は学芸員の方でも滅多に見ることができない(!)ものだそうで、現在、展覧会に合わせて特別に公開されています。この貴重な機会に皆さんの目はくぎ付けです。
休館中の当館と地域の博物館・資料館が連携し、琵琶湖文化館の収蔵品に親しんでいただく地域連携企画展。今回は湖西地域初!高島市さんと連携して、高島市藤樹の里文化芸術会館と中江藤樹記念館の2会場での開催です。会場周辺には、本展を盛り上げるのぼり旗。これを目印に歩を進め、今日は第一会場である高島市藤樹の里文化芸術会館の様子をご紹介します。

こちらの部屋では、パネル作成に大忙し!展示造作の一環として専門業者さんに委託することもありますが、今回は自分たちで印刷、ノリ付きの発泡スチロールボードに貼っていきます(その方が写真のコダワリ、見せ方など、いろんな面で応用が効くので◎>労力)。おや?文化財講座でもお馴染みの講師先生たちがッ!?! そうです、このお二人が今回の展覧会の”仕掛け人”です。作業は阿吽の呼吸、これが文化館ファミリー的 “全集中の呼吸” なのですヨ♪。
そして別の部屋では、渋沢くんと藤樹さん、蕃山くんが、何やらイラスト風になって大型プリンターから出力されています。おやおやこれは?
今日は、当館から出品する作品の梱包作業がおこなわれています。1点1点作品を確認しつつ、輸送用の箱に収めます。作品は明日、会場へと旅立ち、高島市の皆さんらと協力しながら、展示作業をおこなう予定です。これぞ“地域連携”企画展!開幕を楽しみに、皆さんと共に本展覧会を盛り上げていければ幸いです。
本来は8月に開催の予定が、新型コロナウイルスの感染拡大によりやむなく延期となり、講座の再開は約3ヶ月振りとなります。ようやく再開できました。
会場内からは思わず「おお!」との声が多く上がっていました。県内にも東近江市・善勝寺に、三回忌を迎えた故人の遺骨を納めた貴重な仏像があるということです。



受講を申込されていた方に連絡をした時は、皆さん残念がっておられました。それでも「この時期だから仕方ない。よく決断したよ。」というお言葉もいただき、我々としましても大いに救われました。10月からは宣言も解除され、滋賀県独自の指標「コロナとのつきあい方滋賀プラン」もステージⅢに。。。今月は講座を開催出来そうです♪とはいえ、油断は禁物!感染防止対策はしっかりとしていきたいと思います。

当館のHP「収蔵品紹介/彫刻」で紹介している
モデルとなっているのは服部岩吉(はっとりいわきち:1885~1965)氏。大正から昭和にかけて活躍した政治家で、滋賀県知事を務めるなどし、当館の開館に際しても大変ご尽力いただいた人物でもあります。
これには持ってこられた川澄場長も思わずニタリ・・・窯業技術試験場の焼き物と、その原型となった文化館の石膏像が、半世紀の時を経て、感動の対面を果たしたのです~♪
唯一の違いは、焼き物の側面に残る細いライン。これは、当館の石膏を元に前後で型を取り、貼り合わせた跡が残っているのです。だからですね、石膏がうっすら茶色く汚れているように見えるのは!この石膏が使われていた証拠なんです~♪




おかげさまで、現在の文化館前はこんな感じ。(⇒) 水が引いて歌碑が建つ土台のコンクリートも見えて、これでだいたい△30cmくらい。安定したいつもの景色となりました。
左の写真は、キレイでしょ?







受講の皆さまにはご理解ご協力賜りますよう、お願い申し上げます。
