今回ご紹介するのは、四条派の始祖松村呉春(まつむら・ごしゅん 1752~1811)の描いた「養蚕図」です。青々とした山間で営まれる養蚕の様子が緑を基調としたやわらかな色彩で描かれています。左上に「文化乙丑正月写/呉春」とあり、1805年(江戸時代後期)の制作です。本図は中国が舞台となっています。
画面中央に桑の木が描かれて、桑の葉を採取している様子が描かれています。絹織物ができあがるまでにはいくつもの工程がありますが、ここでは桑の木を中心に画面下方から上方に向かって、蚕を飼うところから織物ができあがるまでの様子が描かれています。
①右方の家屋では桑の葉を蚕に与えて飼う様子を描いています。
②その下では繭が入れ物に収められています。これは繭から糸を引き出す作業を描いた場面です。
③人物が箸で壺をかき回して、絹糸を煮ています。繭から引き出した生糸にはセリシンというたんぱく質が付いており、絹糸を煮るのは、これを取り除くためです。
④絹糸を紡ぐ様子が描かれています。
⑤こうして、出来上がった絹糸を機にかけて織り出します。
⑥画面の左下には、絹糸を藍色に染めている様子がうかがえます。
作品の中には母親が子供をあやす姿などもあり、皆で力を合わせて絹織物を完成させる様子がおだやかに描かれています。
養蚕や絹織物の文化は中国を中心とする東アジア独自の文化です。はじめ中国で発達し、日本には弥生時代前期末以前に、中国から直接日本に伝えられたと考えられています。3世紀ごろには日本においても養蚕が行われるようになりました。その後絹織物の生産が盛んになり、様々な染織技術が発達し、日本独自の絹織物の文化を開花させました。
江戸時代には、養蚕図は浮世絵などでもしばしば取りあげられる題材となり、風物図として広く親しまれるようになりました。
( 稲田 素子 )