今回紹介する絵は、琵琶湖文化館の館蔵品台帳に「友禅蹴鞠図一幅・作者不詳」と記載されている一幅で、満開の桜の下、蹴鞠に興じる公達たちが描かれています。しかし、よく見るとこれがただの蹴鞠図でないことがわかってきます。
画面向かって左の室内に、御簾の間より外の様子をうかがう、猫を連れた女性が描かれており、いかにも意味深げな情景です。「蹴鞠」「御簾の間の姫君」「猫」、三題話ではありませんが、これらを合わせると、おのずと答えが見えてきます。
源氏ファンならすでにお分かりのことと思いますが、これは「源氏物語」中の「若菜」巻の一場面で、光源氏の兄・朱雀院の末の内親王で、光源氏に降嫁した女三宮と、光源氏の親友・頭の中将の長男・柏木との衝撃的な出逢いを描いたものです。
本図では、光源氏の邸宅六条院春の町の庭で、蹴鞠に興じる四人の公達の姿が描かれています。春真っ盛り、満開の桜が見事です。屋敷内では、首にひもをつけられた猫が、他の猫を追いかけて走り出したため、御簾が引かれ、その隙間から紐の先を持った女三宮が姿を見せます。高く蹴り上げられた蹴鞠を追う公達の中で、一人振り返って女三宮を見つめるのが柏木です。この瞬間から柏木は女三宮に密かな思慕を募らせるようになります。
その後、柏木は女三宮の姉・二宮と結婚しますが、どうしても女三宮を忘れられず、光源氏の留守時についに不義密通に及ぶのでした。後日、女三宮が懐妊、見舞いにやって来た光源氏は、柏木が女三宮に送った恋文を偶然見つけ、事の真相に気づきます。それを知った柏木は恐怖のあまりに病に臥し、間もなく亡くなってしまいます。女三宮も罪の意識から出家してしまいます。生まれた子は「薫」と名付けられ、光源氏はわが子として育て、生涯その出生の秘密を守り通すことを決意しました。
柏木は才気豊かな貴公子ですが、恋愛には不器用と言えるでしょう。しかし、女三宮に対する一途な思いは本物で、柏木は病床から涙ながらに女三宮へ、「行方なき空の煙となりぬとも おもふあたりは立ち離れじ」(行方しれない空の煙になろうとも、私の思うあなたのそばを離れることはないでしょう)と、最後の文をしたためるのでした。
( 上野 良信 )