仏堂の前に垂れ下がったひもを振ると、コーンと厳かな音が響きます。この軒下に掛けられた円い仏具は「鰐口(わにぐち)」と呼ばれます。鰐口は、銅または鉄製の円盤を表裏二枚合わせた形をしており、下部の一文字に開いた形状が鰐の口に似ていることからその名があるようです。鰐と言っても爬虫類のワニではなく、昔はサメを指しました。
本品は、日野町の安部居区が所有する鰐口です。「元亨元年辛酉九月七日」(1321年)の刻銘が残り、堂々とした形姿を見せる優品です。昭和51年に町文化財、平成19年には県指定有形文化財の指定を受けました。
本品は銅製。両面とも同文様で、鼓面の外周、内外区の境の圏界、内区と撞座(つきざ)区の圏界には、それぞれ二条の紐帯(ちゅうたい)がめぐらされています。また中央の撞座に鋳出された五弁の蓮華文は、他に例を見ないものです。
片面の外区左右に刻まれた銘文「天徳寺 大願主 沙弥成佛」と「元亨元年辛酉九月七日」から、沙弥成佛という人が願主となって鎌倉時代後期に作らせたものであることが分かります。天徳寺については現在のところ詳細は不明です。
しかしながら、県内に伝来した鰐口の中では比較的古く、年記を伴う基準作として貴重です。くわえて摩耗した撞座からは、多くの参詣者がこの鰐口を叩き鳴らしてきた、連綿と続く篤い信仰がうかがえるようです。
( 田澤 梓 )
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