江戸時代の中ごろの近江には、その名を全国に知られた一人の好事家がいました。木内石亭(きのうち せきてい)です。木内石亭は鉱物学の祖、あるいは考古学の祖、博物学の祖といくつもの名前で呼ばれています。「石のほかに楽しみはなし。」という自身の言葉に象徴されるように、石亭の生涯はまさに石とともにあったと言えます。
石亭は幼名を幾六、諱を重暁といい、石亭は号となります。享保9年(1724)に近江国坂本の拾井氏に生まれましたが、長じて母方の祖父である栗太郡山田村(現 草津市)の木内重実の養子となり、一時膳所藩の郷代官職を勤めていました。職を辞してからの石亭は、幼少のころより強い関心を持っていた「奇石」収集に没頭していきます。なお、ここでいう「奇石」というのは奇なる石、珍しい石のことであり、今日的に言えば鉱物や化石、石器や須恵器などの考古資料のほか、牛や馬といった動物の胆石や腸内結石など多岐にわたります。集めた石は、物産会や薬品会といった「博覧会」に出品され、石亭の名は全国に知られるようになりました。
石亭は、こうして集めた石の実物や情報を「曲玉問答」「奇石産紙」「天狗爪石奇談」などいくつかの著作にまとめており、これらは写本として伝播しました。唯一の刊行物であり、著作を代表するのが『雲根志』です。「雲根」は「石」を指す。雲根志は前編・後編・三編からなる全15冊で構成され、48歳の時に前編を書き上げてから28年という歳月を費やして完成しています。その内容は項目で分類されており、「前編」では霊異類、采用類、変化類、奇怪類、愛玩類の5項目、「後編」では光彩類、生動類、像形類、鐫刻類の4項目、「三編」では寵愛類・采用類・奇怪・変化類、光彩類、鐫刻類、像形類の6項目となっています。霊異類では伝説や不思議ないわれのある石を紹介するほか、色や形が美しいもの、珍しい色や形のもの、実用性があるもの、石器類などが採録されており、詳しい説明とともに挿絵も見られることから人気を博して重版されました。
石亭が集めた多くの石は残念ながら散逸し、そのコレクションの全容を知ることは難しくなってしまいました。しかし、この本を読めば「石の長者」と呼ばれた一人の人物の奇石収集にかけた情熱、その生き様に直接触れることが出来るのです。
※「雲根志」は、令和3年(2021)2月6日から3月21日まで、県立安土城考古博物館で開催された、地域連携企画展「琵琶湖文化館の『博物誌』―浮城万華鏡の世界へ、ようこそ!―」に出展されました。
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