宗教は教義とともに、決まって独自の儀礼作法を持っています。例えば、身近な宗教儀礼の一つにお葬式(葬送儀礼)がありますが、これも各宗派によって読誦する経典や祭壇の様式が違ったりと多種多様です。
仏教、特に密教の場合においては、この実践される儀礼や修法を教義とともに大変重視します。すなわち、教義のことを「教相(きょうそう)」、儀礼や修法を「事相(じそう)」と位置づけ、ともに偏りなく会得することによって真言密教の悟りの境地に至るとされています。そしてこの儀礼や修法の規範・規則、また本尊や曼荼羅などの造像法を記したものを「儀軌(ぎき)」といいます。このように密教では、教義とともに儀礼や修法が重んじられたため、教説を伝える経典とともに実践方法を示した儀軌が数多く伝えられ、さらに我が国においても独自に撰述されました。
今回ご紹介する収蔵品は、この儀軌の断簡です。本品では、まず儀式を執り行う護摩壇を大きく図示しています。そこでは中央に円形の護摩炉を描き、炉前に導師が坐す礼盤(らいばん)が描かれます。その周囲には修法で用いる密教法具や供物などの配置を細かく図解されています。さらに配置図に続いて護摩供の次第が列記されており、まずは天部の神である火天を勧請する「火天段」について、次いで「部主段」について、この段では礼拝の対象である千手観音の種子、三昧耶形(法体の象徴物)、印相、真言など儀式に必要な内容が記されています。通常はこの後「主尊段」、「諸尊段」などと続きますが、本品は千手観音を礼拝する部分までが伝わっています。なお、内容から鎌倉時代後期以降のもとと考えられますが、現在のところ如何なる作品の断簡であるかは不明です 。
一般の人々にとってはなかなか馴染みの薄いものですが、実際の密教文化の内実を伝えてくれる貴重な資料です。
( 渡邊 勇祐 )
※「儀軌観音」は、令和3年(2021)2月6日から3月21日まで、県立安土城考古博物館で開催された、地域連携企画展「琵琶湖文化館の『博物誌』―浮城万華鏡の世界へ、ようこそ!―」に出展されました。