
紙本墨書〔法量 本紙 / 縦 31.2 × 横 53.2 cm〕

令和7年(2025年)12月、中神良太氏旧蔵のコレクションが琵琶湖文化館に寄贈されました。コレクションの特徴は、近江に所縁の深い人物やテーマの作品を多く含んでいることです。
この作品の作者である東嶺円慈(とうれい えんじ・1721~1792)は、近江国神崎郡小幡村出町(現在の東近江市五個荘中町)の出身で、同地にある齢仙寺の紹介により能登川の大徳寺にて出家します。23歳の時、駿河国の松蔭寺にて白隠慧鶴(はくいん えかく・1686~1769)に師事し、29歳で印可を受けた際に「我が弟子百人を越えるが、東嶺に優る者なし」と賛嘆したという逸話が遺ります。
作品は、如意という僧が威儀を正すために使う仏具を描いたもので、「意の如く(思いのまま)」という意味を持つことから、仏画の中の仏の持物としても多く描かれました。賛文は、「如意子、化けて龍と作る。乾坤を呑却して了れり。山河大地、甚(いずれ)の処よりか得来らん。」とあり、「如意が化けて龍となり、天地を飲み込んだ。山河大地は何処から来たというのか。」という意味で、「龍が意の如く天地すべてを飲み込んでしまった。それなのに、何故、山河大地はあるというのか。」という、弟子達への問答となっています。
賛文の意味を理解することで、如意の表現が龍が空を跳ぶように見えてきます。東嶺の素朴な書とも相まって、親しみやすい墨画となっています。

( 寺前 公基 )
琵琶湖文化館では東嶺円慈の墨蹟展を一早く企画し、昭和47年(1972)に「東嶺禅師の墨蹟展」(会期は、6月日から30日まで)を、平成5年(1993)に「二百年遠諱記念 東嶺の禅と書」(佐野美術館との共催。会期は、4月10日から5月9日)を開催し、墨蹟を通じてその事績を顕彰しました。(その先見の明たるや、当時の学芸員たちに感服いたします。)







