
紙本墨書〔法量 本紙 / 縦 36.3 × 横 49.6 cm〕

琵琶湖文化館の中池にある歌磯碑の歌を詠んだ吉井勇(よしい いさむ・1886~1960)の作品は、昭和36年3月の開館直後に、琵琶湖文化館の収蔵品となりました。歌人として著名な吉井の書は、丸みのある柔らかい筆遣いが特徴で、温かみのある作品として今でも人気があります。
和歌は、明治43年(1910)に詠まれたもので、吉井の歌集「酒ほがい」に収められています。「何かにつけても祇園は恋しい場所で、寝る時も枕の下に白川の水が流れている」という内容の通り、吉井は祇園に足繫く通い、磯田多佳(いそだ たか)が女将として経営した茶屋「大友(だいとも)」は、谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう)をはじめ文人たちの交流の場所となっていました。

「大友」は戦前の空襲に伴う強制疎開のため撤去され、磯田も昭和20年(1945)5月にこの世を去りました。その後、昭和30年(1955)11月8日、吉井の古稀(70歳)のお祝いのために、「大友」の跡地にこの歌碑が建てられました。その発起人には、志賀直哉(しが なおや)や堂本印象(どうもと いんしょう)など錚々(そうそう)たる著名人が名を連ねています。
「かにかくに」の歌は吉井が特に好み、また親しみやすさから、揮毫(きごう)を多く求められたようです。付属の箱には、蓋表に「鴨東竹枝」とあり、これは祇園の花街で詠んだ和歌という意味です。蓋裏に「相聞居あるじ 勇題」ともあり、いずれも吉井本人が書いており、大切な人に贈るためのものだったのでしょう。歌磯碑とともに、吉井にとって思い入れの深い作品が収蔵されたご縁は、新しい琵琶湖文化館においても続いていくことでしょう。
( 寺前 公基 )







