さてさて、不定期に継続中の工房お訪ね日記。今回は文化財の修理工房で見せていただいた「紙の貼り付けの様子」についてご紹介です。
コチラの作業は、本紙(絵を描いている紙)の裏から裏打紙を貼っておられるところです。本紙に密着する肌裏(はだうら)を美濃【みの】紙で、増裏(ましうら)を美栖【みす】紙で、総裏(そううら)を宇陀【うだ】紙で、三度ないし四度重ねて裏打ちするのだそうです。裏打紙は本紙を守ったり補強する意味があり、それぞれ特徴の異なる紙を重ねることで、表装としてのバランスや巻いた時のしなやかさなどを調節されるそうです。
こちらで使われる手漉き和紙は、奈良で特別に「ゴフンを混ぜて作っていただいたもの」と、うかがいました。ここでワタクシ、またもや聞き間違えをしてしまい・・・「え?古墳を混ぜる??それは奈良だから?!」何ノ事ダカ分カリマセン・・・その後の説明で、「胡粉」は貝殻の微粉末から作られ、混ぜる割合によって微妙に紙の風合いが変わるのだと教えていただきました。ほっ。。内心冷や汗~古墳では無理です(笑)。
使っておられた宇陀紙については、もうこの絶妙な風合いで作れる職人さんがいらっしゃらないとのこと。和紙の原料となる楮(こうぞ)が少なくなっているとは聞いてましたが、技術を持った職人さんまで・・・なんてコトでしょ!あきつ、修行の旅に出てもイイデスカ?
工程では、霧吹きで水を吹き、刷毛で古糊をうっすらと伸ばし、湿らした裏打紙を重ねた上から更に乾いた刷毛でシャッシャッと撫でておられました。皺が寄らないように慎重かつ繊細に・・・と、ここで疑問。
使われている糊は、接着力が弱い糊でしたね?そんなに優しく撫でただけでちゃんとくっつくものですか?剥がれてきませんか?ポイントはこの何種類もある刷毛たちです。これらを駆使し使い分けることが重要となります。また手漉きの和紙は、裏から専用の刷毛で叩くと、紙同士が毛羽立って、うまい具合に絡み合い、それで「くっつく」のだそうです。裏打ちの最終段階:総裏ともなりますと、宇陀紙の上からこの見た目にも逞しい極太の刷毛で、
シャッシャッどころか、バンバン、ダンダン、ドンドン、と強く叩いて、紙と紙を絡ませるそうです。どうですか、このでっぷりとした専用の刷毛。風格充分!いいお仕事してくれそうです。ということで、糊は、仲介・仲立ち・助っ人的なお役目だけ!なのでまた何年か後に修理が必要となった場合には、裏から水を吹くだけで、うま~く剥がすことが出来るのですね。これに気付いた昔の人はエライ!尊敬します。
ですがここでも問題が。。。この極太の刷毛も、もう作り手さんがいらっしゃらないそうなんです・・・なんてコトでしょ!あきつ、分身を飛ばして後継者となるべく修行をしてきてもイイデスカ?
さて、次回の工房お訪ね日記はいよいよ最終回となります。
筆:あきつ

千手観音さまや馬頭観音さまに「五郎丸ポーズ」に近い印相をお持ちの仏さまがいらっしゃる・・・とのことでした!残念ながら公開はされていないそうなので、我々が見させていただくことは出来ませんが、意外と身近に五郎丸・・・いらっしゃるかもしれませんね。
壷に保管されていた古糊は、まるでバターの様でしたが、匂いでみると酸っぱくなってしまった甘酒?の様な発酵が進んだ独特の匂いがしました。でもこれが重要な役割をはたします。
作業の中で実はこの糊、私たちが日常使うノリとしての使い方とはまるで使い方が違うとうかがいました。概念が違うとでも申しましょうか。合成糊は、あくまでくっつける「接着剤」としての機能を求めますが、こちらの糊はそれ自体の接着力は弱いのだそうです。だから裏から水を吹いただけできれいに剥がせるのですね~。
12月13日までは「玄武刀八(げんぶとうばつ)毘沙門天三尊像」も特別公開されていますので、そちらもお見逃しなく。
変わった人がいたものだと、ビックリだったことを覚えています。お山へザルを持ってトパーズを探しに行った僕にとっては師匠と呼べる人かも・・・学芸員さんの話では、石亭が集めた貴重な石たちは残念ながら散逸していまい、コレクションの全容を知ることは出来ないということですが、見たかったなぁ~という思いとともに、僕の記憶に石亭の名が刻まれたのでした。
今回の展示では、「伝木内石亭収集奇石類」(栗東歴史民俗博物館蔵)が、彼が集めたであろうその一部が、展示されるそうです。・・・やっぱりちょっと気になります。。。
お仕事中、さぞ煩わしかった事と思います。今思えば大変申し訳なく・・・でもここは気を取り直して!工房で仕入れてきた「あきつ豆知識」を皆さんにしっかりご紹介!させていただきます。。。
こちらの工房で使われていたのは「鹿膠」で、状態を見ながら今回の場合は水に約2%の濃度で溶かして絵の具の剥落止めなどに使うとのことでした。重要な役目を担う膠も実はこんな魅惑の物体。琥珀のような色合いですが、動物の骨や皮、腱などを煮詰めて作られるとのこと。コラーゲンデスカ?会話の途中、頭の中では『ニカワ=煮皮』の漢字を思い浮かべてしまい・・・気持ち的に手を合わせてな~む~。。。ちなみに牛から作った「三千本膠」や「兎膠」というのもあるそうで、「シカ」より「ウサギ」の方が軟らかく、水に溶かす濃度も違うそうです・・・な~む~。。。
修理工程では、裏からたっぷり水を吹きかけた後、裏打紙(肌裏紙)をピンセットと指先で器用に剥がしておられました(解装)。きれいに剥がれるものなのですね~イチイチ驚きです。実はこれには秘密があります。。。
今回はお預かりしていた仏さまも付随する持物も多く、2日間に分けて搬出するので、先ずはその選別から始まります。どの仏さまから運ぶのか、トラックに乗せる順、お堂に納める順、各仏さまの持物の確認、段取りが命の「指令」が飛び交います。
お預かりして約7ケ月、咲いた桜が見事な紅葉に変わるころまで・・・と申し上げていましたが、お寺さまにとってはご本尊がいらっしゃらないお盆やお彼岸を過ごされ、待ちに待ったご帰還であったことでしょう。トラックが到着すると、ご住職さまが鈴を鳴らし般若心経を唱えて仏さまをお迎えされた、とのことでした。地元の方たちも入れ代わり立ち代わり見に来られていたそうです。
文化財の移動、それは失敗が許されないシビアな状況の中で、無事に届けて当たり前のお仕事・・・とは言え、こうして事故無く無事終えることができ、地元の皆さんに喜んでいただけた、それが何よりの励みにもなり、やり甲斐にも繋がっています(お留守番の僕もそう思っています)。


彰徳表
写真を撮って参りました。この方は明治時代の政治家:井上敬之助氏でいらっしゃいます。元治2年(1865)甲賀郡石部村(現:湖南市石部)に生まれ、若くして政治家への道を志して自由党の傘下に入り、明治23年(1890)には、板垣退助が再興した愛国公党に参加しました。明治25年(1892)、27歳の時には県会議員に当選、以降5回当選という経歴を持ち、地方自治の健全強化に大きく貢献ました。
、当時各界の名士の感想文等を拝読して翁の偉大な広く重い人格を伺い知る事が出来た」と書籍「井上敬之助」の中で語っておられます(昭和37年4月発行)。森氏は、井上氏が生活しておられた石部町のお宅を訪ねて参考資料を見せて貰ったり、当時でもあまり見かけなくなったこのマントのような「フロックコート」をわざわざ借りてきて制作にあたるなど、井上氏の持っておられた個性の描写に力を注がれました。

秋晴れの良い天気が続いています。絶好のお出かけ日和だった先週の土曜日、当館の学芸員さんは湖北にある米原市柏原宿歴史館へ出張されていました。お仕事の内容は、その名も「歴史を極める」というお題の講演会。依頼をいただいた米原市教育委員会さんでは、「少しでも多くの方々に歴史に親しみ、かつ極めていただきたい」とシリーズ講座「歴史を極める」を毎年開催されており、今年度のテーマ「和紙を極める」の中で、当館の学芸員さんにもお声が掛かったのでした。

紹介していますので、是非こちらも参考になさって下さいね。
先ず会場に入って目に付いたのが、各席に置いてあったコロンと可愛い物体デス。それはナント渋柿。自身の葉っぱをお皿代わりにちょこんと座したその姿が超らぶり~。渋柿にこんな愛くるしい一面があるなんて・・・食べられなくても、それだけで会話が弾みます。その存在感が素晴らしい!
さぁそこで!楽しい時間とあたたかい気持ちを下さいました皆さまに、何ができるかと悩みまくりの帰り道々。ふと見やると、近江の厳島(いつくしま)とも呼ばれる白髭神社の大鳥居がライトアップされていました。
「導きの神」にお願いして参りました。
これには身内からも「???ワカラナイ???何の事?」と質問されましたが・・・。
今回もそのご縁で、とある展覧会に出張中です。その展覧会は「朝鮮通信使ユネスコ記憶遺産登録推進事業 雨森芳洲と朝鮮通信使~未来を照らす交流の遺産~」。滋賀県の北部にある長浜市で、高月観音の里歴史民俗資料館と長浜城歴史博物館の2会場で同時開催されています。10月17日には記念シンポジウムも予定されているそうですから、滋賀の歴史を探究したい皆さんの欲求も満たされるのでないでしょうか。湖北の秋は散策にもぴったりです。是非お出かけ下さい。
偶然もう1枚のチラシが目に付きました。こちらは名古屋市の蓬左文庫(徳川美術館)で開催中の「日韓国交正常化50周年記念 豊かなる朝鮮王朝の文化-交流の遺産-」展です。



先日のブログで、マイヤー展終了の報告が担当学芸員さんからありました
ただ、台風の影響で交通機関の乱れなどが発生するかもしれませんので、最新情報を確認し、念のため時間に余裕を持って会場へお越しくださいね。
滋賀県とアメリカ・ミシガン州が姉妹州県であることが契機となってフレデリックマイヤーガーデン&スカルプチャーパークで開催されていた滋賀特別展「Splendors of Shiga:Treasures from Japan」が終了し、貸し出されていた作品もすべてが無事にそれぞれの所有者のもとへ帰ってきました。私たちは作品を安全に輸送するため、可能な限りの知識と技術を総動員して万全の対策をとっています。ですが、帰ってきた作品の梱包が開かれる瞬間は、学芸員としてもっとも緊張する場面の一つであり、無事を確認すると心からホッとします。
文化館がこのプロジェクトに関わるようになったのは、3年前。マイヤーガーデンが滋賀の美術品を紹介する展覧会の開催を希望しており、実施の可能性を探るところからのスタートでした。どのような美術館なのかを知るために視察に行き、展覧会の開催準備を進めてきました。お互いの考え方やルールの違いに直面することもありましたが、両国の関係者が歩み寄りながら実現した展覧会でした。
展覧会最終日に出会ったある女性は、「とても素晴らしい展覧会で、本当に話題になった。展覧会が始まる前までは滋賀を知る人はほとんどいなかったが、今ではみんなが知っているよ。」と、どれだけ強いインパクトがあった展覧会かを興奮気味に話しておられました。展覧会は終わってしまえば形は残りませんが、この女性のように多くの人々の心にこの展覧会の感動が残り、それが美術を通じての新たな国際交流の芽となり再び花を咲かせることができたなら、それは素晴らしいことだと思います。
当館の学芸員が講師を務めさせていただきます。
喋ってくださるベテラン学芸員さんです・・・いやいや、僕がそう思っていただけで、実はそれは世を忍ぶ仮の姿・・・だったのかも知れません。。。今回の講座でこの印象がガラリと変わるカモ?ですよ~・・・必見です!

それがコレ!トンボが茎に留まっています!クリップ型のトンボが花のアレンジをお手伝いしているのです!うふん、どこへ行っても働き者~(笑)。最初学芸員さんは、トンボのお城:文化館から来た自分のために用意されたまさかの粋な計らい?!と感激されたそうですが、後から聞けば他の皆の部屋にもトンボクリップはあったらしいです(笑)。偶然でも嬉し素晴らし!有り難う!
今後もこのような展覧会が世界で開催できればいいなぁと、思います。


第4回目となる今回は、「山から下りた梵鐘 ― 菅山寺梵鐘の移動と保存修理 ― 」と題し、滋賀県教育委員会事務局文化財保護課の古川氏にお話ししていただきます。
僕は今まであまり鐘本体の事に注目したことはありませんでした。

